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ひとりのみぬる常夏の露けさは涙にさへや色をそふらむ

作者:伊勢 出典:[新拾遺集3]285
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.238

「さへ」の用例。『新拾遺和歌集』については次のウェブページ参照:。新拾遺集(巻3:夏)

丸谷才一によれば、伊勢は、「さへ」と「添ひ」の組み合わせが好みだったらしい

「常夏」とは「ナデシコ」のこと。「草の花はなでしこ、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」(『枕草子』第67段) とあるが、ここでは順当に「大和撫子」つまり「カワラナデシコ (Dianthus superbus)」を意味するとみなすべきだろう。ちなみに「唐撫子」は「セキチク (Dianthus chinensis)」の意。

一応、解を付けておくと「床(とこ)にひとり寂しく寝ている私、その「とこ」にゆかりの常夏の花に溜まりがち露が、私の涙に彩りを添えるようです」

『源氏物語』に「常夏」の巻があるのは周知のところ。

[源氏物語26]「常夏」
「 なでしこを飽かでも、この人々のたち去りぬるかな。いかで、おとゞにも、この花園、見せたてまつらむ。『世も、いと常なきを』と思ふに。いにしへも、もののついでに、かたり出で給へりしも、「たゞ今のこと」とぞ思ゆる」
とて、すこし、のたまひ出でたるにも、いとあはれなり。
  「 撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人やたづねん
 この事のわづらはしさにこそ、繭籠りも、心苦しう、思ひきこゆれ」
とのたまふ。君、うち泣きて、
  「 山賤の垣ほに生ひし撫子のもとの根ざしを誰れか尋ねん」
はかなげに、きこえない給へるさま、 げに、いと、なつかしく、若やかなり。
(岩波文庫『源氏物語(三)』p.67)

しかし、「常夏又はなでしこの露けさ」と云うことなら、「白露の玉もてゆへるませのうちに光さへそふ常夏の花 (高倉院 [新古今和歌集3]275)」の項で引用した「帚木」からの分はそちらを参照することで済ませるとして、ここでは「紅葉賀」や「葵」の巻から引用した方が良いだろう。

[源氏物語7]「紅葉賀」
わが御かたに臥し給ひて、「胸のやるかたなきを、程過ぐして、大い殿へ」と、おぼす。 御前の前栽の、何となく青み渡れる中に、常夏の、花やかに咲き出でたるを、をらせたまひて、命婦の君のもとに、かきたまふ事多かるべし。
  「 よそへつゝ見るに心はなぐさまで露けさまさる撫子の花
 「花に咲かなん」と思ひ給へしも、かひなき世に侍りければ」
とあり。
(岩波文庫『源氏物語(一)』p.273
(岩波文庫版テキストは若干意味が取りづらかったので、岩波書店「新日本古典文学大系」『源氏物語』及び小学館「日本古典文学全集」『源氏物語』を参考にして変更した。)

[源氏物語9]「葵」
御帳の前に、御硯などうち散らして、手習ひ捨て給へるを、とりて、目をおししぼりつゝ見給ふを、若き人々は、悲しき中にも、ほほゑむもあるべし。あはれなるふることども、唐のも大和のも、書きけがしつゝ、草にも真名にも、さまざまめづらしきさまに、書き混ぜ給へり。「かしこの御手や」と、空を仰ぎて、ながめ給ふ。よそ人に、見たてまつりなさむが、惜しきなるべし。「 ふるき枕、ふるき衾、誰とともにか」とある所に、
  なき魂ぞいとゞ悲しき寝し床のあくがれがたき心ならひに
 又、「霜の花白し」とある所に、
  君なくて塵つもりぬる常夏の露うち払ひいく夜寝ぬらむ
一日の花なるべし、枯れて混じれり。
(岩波文庫『源氏物語(一)』p.341 (文庫版テキスト中の繰り返し記号は、モニター上の見え方を考慮して適宜処理してある。また、岩波書店「新日本古典文学大系」『源氏物語』及び小学館「日本古典文学全集」『源氏物語』を参考にして、テキストをやや変更した。)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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