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子は祖の心なすいし子にはあるべし

作者:菅野真道 et al. 出典:[続日本紀17]宣命13
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.315

「もの」を意味する「い」の用例。「子供は親の心を行なうものが、本当の子供であるにちがいない」。

参考 (菅野真道 et al. [続日本紀17]宣命13):
從三位中務卿(ちゅうむきょう)石上(いそのかみ)朝臣乙麻呂(おとまろ)宣(の)らく
「現神(あきつみかみ)と御宇倭根子天皇(あめのしたしらしめすやまとねこすめら)が詔旨(おほみこと)らまと宣(の)りたまふ大命(おほみこと)を親王(みこたち)・諸王(おほきみたち)・諸臣(おみたち)・百官人等(ももつかさのひとども)、天下公民(あめのしたのおほみたから)、衆(もろもろ)聞きたまへと宣(の)る。高天原(たかまのはら)ゆ天降(あも)り坐(まし)し天皇(すめら)が御世(みよ)を始めて、中(なか)・今に至(いた)るまでに、天皇(すめら)が御世御世(みよみよ)、天日嗣高御座(あまつひつぎたかみくら)に坐(いま)して治め賜ひ惠(うつくし)び賜ひ來る食國(をすくに)天下(あめのした)の業(わざ)となも、神(かむ)ながらも念(おも)し行(め)さくと宣(の)りたまふ大命(おほみこと)を、衆(もろもろ)聞きたまへと宣(の)る。かく治め賜ひ惠(うつくし)び賜ひ來る天日嗣(あまつひつぎ)の業(わざ)と、今皇(すめら)朕(わ)が御世に當りて坐(いま)せば、天地(あまつち)の心(こころ)を勞(いたは)しみ重(いか)しみ辱(かたじけな)み恐(かしこ)み坐(います)に、聞(き)こしめす食國(をすくに)の東(ひむかし)方(かた)陸奧(みちのおく)國の小田(をだ)郡に金(くがね)出(い)でたりと奏(まを)して進(たてまつ)れり。此(こ)を念(おもほ)せば、種種(くさぐさ)の法(のり)の中には、佛の大御言(おほみこと)し國家(みかど)護(まも)るがたには勝(すぐ)れたりと聞こし召して、食國(をすくに)天下(あめのした)の諸國(くにぐに)に最勝王經(さいしようわうきやう)を坐(いま)せ、盧舍那佛(るしやなほとけ)化(つく)り奉(まつ)るとして天(あめ)に坐(ま)す神・地(くに)に坐(ま)す神を祈禱(いのり)奉(まつ)り、挂(か)けまくも畏(かしこ)き遠(とほ)き我(わ)が皇(おほきみ)天皇(すめら)が御世を始めて拜(をろが)み仕へ奉(まつ)り衆人(もろひと)をいざなひ率(ひき)いて仕へ奉(まつ)る心は、禍(わざはひ)息(や)みて善(よ)くなり危(あやふ)き變りて全(また)く平(たひら)がむと念(おも)ひて仕(つか)へ奉(まつ)る間(あひだ)に 衆人(もろひと)は成(な)らじかと疑ひ、朕(われ)は金(くがね)少(すくな)けむと念(おもほ)し憂へつつ在(あ)るに、三寶の勝(すぐ)れて神(あや)しき大御言(おほみこと)の驗(しるし)を蒙(かがふ)り、天(あめ)に坐(ま)す神・地(くに)に坐(ま)す神の相(あひ)うづなひ奉(まつ)りさきはへ奉(まつ)り、また天皇(すめら)が御靈(みたま)たちの惠(うつくし)び賜ひ撫(な)で賜ふ事(こと)に依(より)て顯(あらは)し示(しめ)し給(たま)ふ物(もの)に在(ある)らしと念(おもほ)し召(め)せば、受け賜はり歡(よろこ)び、受け賜はり貴(たふと)び、進(すす)みも知(し)らに退(しりぞ)きもも知らに、夜日(よくひる)畏恐(かしこ)まり念(おもほ)せば、天下(あめのした)を撫(な)惠(うつくし)び賜ふ事、理(ことはり)に坐(いま)す君の御代に當(あたり)て在(ある)べき物を、拙(をぢな)くたづかなき朕(わ)が時に顯(あらは)し示(しめ)し賜(たまへ)れは、辱(かたじけな)み愧(はづかし)みなも念(おもほ)す。是(ここ)を以(もち)て朕(われ)一人やは貴(たふと)き大(おほ)き瑞(しるし)を受け賜はらむ、天下(あめのした)と共に頂き受け賜はり歡(よろこ)ぶるし理(ことはり)在(あ)るべしと、神(かむ)ながらも念(おもほ)し坐(ま)してなも、衆(もろもろ)を惠(うつくし)び賜ひ治め賜ひ御代(みよ)の年號(な)に字(もじ)加へ賜はくと宣(の)りたまふ天皇(すめら)が大命(おほみことを、衆(もろもろ)聞きたまへと宣(の)る。辭(こと)別(わき)て宣(の)りたまはく、大神宮(おほみかみのみや)を始めて諸神(もろもろのかみ)たちに御戸代(みとしろ)奉(たてまつ)り、諸祝部(もろもろのはふり)治(をさ)め賜ふ。また寺寺(てらでら)に墾田(はりた)の地(ところ)許(ゆる)し奉(まつ)り、僧綱(ほふしのつかさ)を始めて衆(もろもろ)の僧(ほふし)尼(あま)敬(うやま)ひ問ひ、治(をさ)め賜ひ、新(あらた)しく造(つく)れる寺(てら)の寺と成(な)すべきは官寺(おほやけでら)と成(な)し賜ふ。大御陵(おほみささぎ)守(も)り仕(つか)へ奉(まつ)る人等(ひとども)一二(ひとりふたり)治(をさ)め賜ふ。また御世御世(みよみよ)に當(あた)りて天下(あめのした)奏(まを)し賜ひ國家(みかど)護(まも)り仕(つか)へ奉(まつ)る事の勝(すぐ)れたる臣(おみ)たちの侍(はべ)る所には表(しるし)を置(お)きて天地(あめつち)と共に人(ひと)に侮(あなづら)しめず、穢(けが)さしめず治(おさ)め賜へと宣(のた)たまふ大命(おほみこと)を、衆(もろもろ)聞きたまへと宣(の)る。また天日嗣(あまつひつぎ)高御座(たかみくら)の業(わざ)と坐(いま)す事は、進(すす)みては挂(か)けまくも畏(かしこ)き天皇(すめら)が大御名(おほみな)を受け賜はり、退(しりぞ)きてははは大御祖(おほみおや)の御名(みな)を蒙(かがふ)りてし食國(をすくに)天下(あめのした)をば撫(な)で賜ひ惠(うつくし)び賜ふとなも神(かむ)ながらも念(おもほ)し坐(ま)す。是(ここ)を以(もち)て王(おほきみ)たち大臣(おほまへつきみ)の子等(こども)治(おさ)め賜ふいし、天皇(すめら)が朝(みかど)に仕(つか)へ奉(まつ)り、ははに仕(つか)へ奉(まつ)るには在るべし。しかのみにあらず、挂(か)けまくも畏(かしこ)き近江大津宮(あふみのおほつのみや)に大八嶋國(おほやしま)知(し)らしめし天皇(すめら)が大命(おほみこと)として、奈良宮(ならのみや)に大八洲國(おほやしまぐに)知(し)らしめしし我(わ)が皇(おほきみ)天皇(すめら)と御世(みよ)重(かさ)て朕(われ)に宣(のり)たまひしく、『大臣(おほまへつきみ)の御世(みよ)重(かさ)ねて明(あか)き淨(きよ)き心を以(もち)て仕(つか)へ奉(まつ)る事に依(よ)りてなも天日嗣(あまつひつぎ)は平(たひら)けく安(やすら)けく聞(き)こし召し來る。此(こ)の辭(こと)忘(わす)れ給(たま)ふな棄(す)て給(たま)ふな』と宣(の)りたまひし大命(おほみこと)を受(う)け賜(たま)はり恐(かしこま)り、汝(いまし)たちを惠(うつくし)び賜ひ治(をさ)め賜はくと宣(の)りたまふ大命(おほみこと)を、衆(もろもろ)聞(き)きたまへと宣(の)る。また三國(みくに)真人・石川(いしかは)朝臣・鴨(かも)朝臣・伊勢大鹿首部(いせのおほかのおびと)どもは、治(をさ)め賜ふべき人としてなも簡(えら)ひ賜ひ治(をさ)め賜ふ。また縣犬養橘夫人(あがたいぬかひのたちばなのおほとじ)の天皇(すめら)が御世(みよ)重(かさ)ねて明(あか)き淨(きよ)き心を以(もち)て仕(つか)へ奉(まつ)り、皇(すめら)朕(わ)が御世(みよ)に當(あた)りても怠(おこた)り緩(ゆる)ふ事無く助(たす)け仕(つか)へ奉(まつ)り、しかのみにあらず、祖父(おほぢ)大臣(おほまへつきみ)の殿門(とのかど)荒(あら)し穢(けが)す事尤く守(まも)りつつ在(あ)らしし事、いそしみうむがしみ忘(わす)れ給(たま)はずとしてなも孫等(ひこども)一二(ひとりふたり)治(をさ)め賜ふ。また大臣(おほまへつきみ)として仕(つか)へ奉(まつら)へる臣(おみ)たちの子等(こども)、男(をのこ)は仕(つか)へ奉(まつ)る狀(さま)に隨(したが)ひて種種(くさぐさ)治(をさ)め賜ひつれとも、女(めのこ)は冶(をさ)め賜(たま)はず。是(ここ)を以(もち)て念(おもほ)せば、男(をのこ)のみ父(ちち)の名(な)負(を)ひて女(めのこ)はいはれぬ物にあれや、立(た)ち雙(なら)び仕(つか)へ奉(まつ)るし理(ことわり)に在(あ)りとなも念(おもほ)す。父がかくしまに在(あ)れと念(おも)ひておもぶけ教(をし)へけむ事過(あやま)たず失(うしな)はず家門(いへかど)荒(あら)さずして天皇(すめら)が朝(みかど)に仕(つかへ)奉(まつ)れとしてなも汝(いまし)たちを治(をさ)め賜ふ。また大伴(おほとも)・佐伯(さへき)宿禰は、常(つね)も云はく、天皇(すめら)が朝(みかど)守(まも)り仕(つか)へ奉(まつ)る、事顧(ことかへり)みなき人等(ひとども)にあれば、汝(いまし)たちの祖(おや)どもの云(い)ひ來(く)らく『海(うみ)行(ゆ)かば みづく屍(かばね)、山(やま)行(ゆ)かば 草(くさ)むす屍(かばね、 王(おほきみ)のへにこそ死(し)なめ、のどには死なじ』と 云(い)ひ來る人等(ひとども)となも聞(き)こし召(め)す。是(ここ)を以(もち)て遠天皇(とほすめろき)の御世(みよ)を始(はじ)めて今(いま)朕( わ)が御世(みよ)に當(あた)りても內兵(うちのいくさ)と心(こころ)の中(うち)のことはなも遣(つかは)す。故(かれ)、是(ここ)を以(もち)て子(こ)は祖(おや)の心(こころ)成(な)すいし子には在(あ)るべし。此(こ)の心(こころ)失(うしな)はずして明(あか)き淨(きよ)き心(こころ)を以(もち)て仕(つか)へ奉(まつ)れとしてなも、男女(をのこめのこ)並(あは)てせ一二(ひとりふたり)治(をさ)め賜ふ。また五位已上(いつつのくらゐよりかみつかた)の子等(こども)治(をさ)め賜ふ。六位已下(むつのくらゐよりしもつかた)に冠(かがふり)一階(ひとしな)上(あ)げ給ひ、東大寺(とうだいじ)の人等(ひとども)に二階(ふたしな)加(くは)へ賜ひ、正六位上(おほきむつのくらゐかみつしな)には子(こ)一人(ひとり)治(をさ)め賜ふ。また五位已上(いつつのくらゐよりかみつかた)と皇親(わうしん)の年(とし)十三已上(とをあまりみつよりかみつかた)と尤位(くらゐなき)大舍人等(おほとねりども)、諸司(つかさつかさ)の仕丁(つかへよほろ)に至(いた)るまでに大御手物(おほみてつもの)賜ふ。また高年人等(としたかきひとども)治(をさ)め賜ひ、困乏人(まづしきひと)惠(うつくし)び賜ひ、孝義(けうぎ)有る人其(そ)の事(こと)免(ゆる)し賜ひ、力田(りきでん)治(をさ)め賜ふ。罪人(つみびと)赦(ゆる)し賜ふ。また壬生(みぶ)治(をさ)め賜ひ、知物人等(ものしりびとども)治(をさ)め賜ふ。また金(くがね)見出(みい)でたる人と陸奧國(みちのおくのくに)の國司(くにのみこともち)・郡司(こほりのみやつこ)・百姓(おほみたから)に至(いた)るまでに治(をさ)め賜ひ、天下(あめのした)の百姓(おほみたから)衆(もろもろ)を撫(な)で賜ひ惠(うつくし)び賜はくと宣(の)りたまふ天皇(すめら)が大命(おほみこと)を、衆(もろもろ)聞(き)きたまへと宣(の)る」とのたまふ。
岩波書店[新日本古典文学大系]『続日本紀三』p.64-p.73

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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