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山里は人来させじと思はねど訪はるることぞうとくなりゆく

作者:西行 出典:[新古今和歌集17]1658
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.382

一人称を承ける「じ」は「...ないつもりだ」「...しまい」を意味する。丸谷才一の解は、「この山里に誰も来させまいと思うわけではないければも、訪ねてこられることが次第に少なくなっていく」だが、なんだか微妙だな。
対抗するつもりはないが、私の解も付けておく:「山里に住んだのは、人を来させまいと思ってしていることではないのですが、人に訪問されなくても気にならなくなっています」。この「人」は「あなた」に置き換えてもよいかもしれない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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