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思ひきや鄙のわかれに衰へてあまの縄たきいさりせんとは

作者:小野篁 出典:[古今和歌集18]961
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.186

「思ひきや」とあって「とは」でとまる例。

係助詞に就いての、室町の頃の物覚え歌「ぞる こそれ 思ひきやとは はり やらん これぞ五つのとまりなりける (作者未確認 歌道秘蔵録)」参照。

ちなみに、この歌は丸谷才一の『新々百人一首』所収歌である(新潮文庫『新々百人一首(下)』p.238-p.247)。その解説は読み応えのあるエッセイになっていて、「鄙の別れ」と「雛の別れ」を結びつけたのは慧眼と云って良い。しかし、「衰えて」を「オチブレテ」とする本居宣長の説を非として、「心が弱り志が萎えて」とすべきだと云う主張には首をかしげる。一首からは落剥の憤懣は感じられるが、志が萎えは感じられない (そもそも、小野篁と云う男は流刑されたからと云って「心が弱り志が萎えて」ような「可愛い玉」ではないのではないか)。

『日本語で一番大切なもの』でも『新々百人一首』でも解は与えられていない。私なりのものを付けておく:「あの時は予想もしなかった。親しい人人と別れ、都から遠く離れた地におちぶれてしまい、網の綱引き魚を取ることになろうとは」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
参考:
[續日本後紀卷第七 仁明天皇 承和5年4月]
 戊申,敕遣唐大使-藤原朝臣-常嗣、副使-小野朝臣-篁,使等本期鳳舉,用涉鼇波,心事多睽,滯留逆旅.朕眷言艱節,憂念于懷.方今信風甫臻,嚴程已迫,如靡盬何.因雲軺往,付之示意.仍遣從四位下-右近衛中將-藤原朝臣-助,勘發之.」
 備前國,飢.賑給之.

[續日本後紀卷第七 仁明天皇 承和5年6月]
戊申,勘發遣唐使-右近衛中將-藤原朝臣-助奏:「副使-小野朝臣-篁,依病不能進發.」

[續日本後紀卷第七 仁明天皇 承和5年12月]
己亥,天皇於清涼殿,修佛名懺悔,限以三日三夜.律師-靜安、大法師-願安、實敏、願定、道昌等,遞為導師.內裏佛名懺悔,自此而始.
 是日,敕曰:「小野篁,內含綸旨,出使外境,空稱病故,不遂國命.准據律條,可處絞刑.宜降死一等,處之遠流.」仍配流隱岐國.初造舶使造舶之日,先自定其次第名之,非古例也.使等任之,各駕而去.一漂迴後,大使上奏,更復卜定,換其次第.第二舶改為第一,大使駕之.於是,副使篁怨懟,陽病而留.遂懷幽憤,作西道謠,以刺遣唐之役也.其詞牽興,多犯忌諱.嵯峨太上天皇覽之大怒,令論其罪.故有此竄謫.

--久遠の絆:新編 續日本後紀卷第七 仁明天皇

次のウェブページも参照:
小野ノヲト
錯乱狂記

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