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逢ふものならば

作者:中臣宅守 出典:[万葉集15]3731/3753
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.19

奈良時代に「にあり」から「なり」と云う言葉が出来たお蔭で、いろいろな活用が利用できるようになった。「逢ふものなら」は未然形。
思ふゑに逢ふものならばしましくも妹が目離れて我れ居らめやも (中臣宅守 [万葉集15]3731/3753)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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