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寂しくもあるか

作者:山上憶良又は藤原正家 出典:[万葉集16]3863/3885又は[千載和歌集5]306
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.64

「も...か」の呼応は詠嘆を生む。「か」だけでは疑問だが、前に「も」が付くことで、疑問が曖昧になりながら、対象への執着が残る。これが詠嘆を生む。
荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼は寂しくもあるか (山上憶良 [万葉集16]3863/3885)」
夕暮は小野の萩原吹く風に寂しくもあるか鹿の鳴なる (藤原正家 [千載和歌集5]306)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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