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ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮しつ

作者:山部赤人 出典:[新古今和歌集2]104
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.84, p.150

p.84 では、助詞「や」の用例として引用されている。
『日本語で一番大切なもの』における論議:この歌を直訳して「大宮人は桜をかざして今日も暮らしている。いとまがあるからなんだな」と解釈すればいちおう解けるが、これを「暇があるからか」ととるのは無趣味。それを一歩進めると、「いとまもあるはずもないのに」という意味になり、歌柄が良くない。だから「大宮人は暇があるんだな」くらいにとる方がいい。
「や」には、自分の見込み、推定が含まれいてる。

p.150 では、「あれや」の用例として引用されている。
『日本語で一番大切なもの』における論議:この歌は『万葉集』「ももしきの大宮人はいとまあれや梅をかざしてここに集へる (山部赤人 [万葉集10]1883/1887)」からの引き歌で、『万葉集』でもやっはり「暇あれや」と言っているから、「暇があるからなんだな」というのが古い形で、それなら疑いでもあるし、場合によると話者の見込みであるから、反語にもなる。自分の見込んでいる理由を入れる言い方は、『万葉』、『古今』、『新古今』では、『万葉』がいちばんはっきりしていて、だんだん薄れていく。だから『新古今』を読み慣れていると、これを気分で受けとろうとする。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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