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冬の夜のながきを送る袖ぬれぬ暁がたの四方のあらしに

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集6]614
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.278

助詞「の」を多く使った例。『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。

実は、私 ([ゑ]) にはこの歌が釈然としない。後鳥羽院の趣向と言うか「見立て」が見えてこないのだ。単純に恋人を待っていると考えても良いのだが、そうすると「四方のあらし」が、道具立てとして大袈裟過ぎる。勿論、この歌が『源氏物語』[須磨] の巻の「心尽くしの秋風」の章を踏まえていると云うことは十分あり得るが、だとしても、それなら後鳥羽院は自らを「流竄の王子」に擬えているのだろうか。そうすると第3句までに緊張感が足りない。それとも、この歌に「見立て」はなく、実景だろうか?

一応解を付けておく:「長い長い冬の夜を遣り過ごしていて暁に私は涙する。廻りは全て嵐の風」

ちなみに、この歌は、塚本邦雄『清唱千首』に第645歌として所収。塚本邦雄は「きつぱりとした上・下倒置が、まことに雄々しい」と評する。うーむ。しかし、微妙に倒置ぢゃないんだけどな。

参考 ([源氏物語]12「須磨」):
須磨には、いとゞ心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々は、げに、いと近う聞こえて、またなくあはれなるものは、かゝる所の秋なりけり。御前に、いと人少なにて、うち休みわたれるに、ひとり目をさままして、枕をそばだてて四方の嵐を聞き給ふに、波、たゞこゝもとに立ちくる心地して、涙おつともおぼえぬに、枕うくばかりになりにけり。琴を、すこし掻き鳴らし給へるが、われながら、いと、すごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、
  恋ひわびて泣く音にまがふ浦浪は思ふかたより風や吹くらむ
と、謡ひ給へるに、人びと驚きて、めでたうおぼゆるに、しのばれで、あいなう起きゐつゝ、鼻を忍びやかにかみわたす。
(岩波文庫『源氏物語(二)』p.41-p.42) (繰り返し記号の処理に就いて岩波文庫版と変更がある。)


本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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