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磐代の岸の松が枝むすびけむ人は帰りてまた見けむかも

作者:長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ) 出典:[万葉集2]143
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.13

助詞「かも」の用例。疑問の「か」を「も」で和らげている。

この歌は、有間皇子のことを歌っている。有間皇子は、所謂「大化の改新」で中大兄皇子に擁立された孝徳天皇と小足媛 (おたらしひめ) との間の子供。遷都後、中大兄皇子を初めとして朝廷の大半に離反された孝徳天皇が失意のうちに崩御した後、先代の皇極天皇が斉明天皇として重祚すると、有間皇子は謀反の疑いで、中大兄皇子の尋問を受け、そして処刑された。この歌は、尋問を承ける為の護送中に有間皇子が、旅行中の安全を願う習俗に従って松の枝を結んだことを歌ったものである。有間皇子は、この松を再び見ることはなかった。

参考 (『万葉集』中の、この歌を含む4首):
  有間皇子、自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首
磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む
(有間皇子 [万葉集2]141)
家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る (有間皇子 [万葉集2]142)
  長忌寸意吉麿、結び松を見て哀咽しぶる歌二首
磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも
(長忌寸意吉麿 [万葉集2]143)
磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ (長忌寸意吉麿 [万葉集2]144)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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