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あしひきの山に行きけむ山人の心も知らず山人や誰

作者:舍人親王 出典:[万葉集20]4294/4318
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.267

形容詞句を作る「の」の例。「山人の」は「山人にある」の意。詞書は「舍人親王、詔に応へて和へまつる歌一首
この歌は、『万葉集』における直前の歌を詞書を含めて参照しなければ、意味が取りづらい。と云う訣で、引用すると:

  山村(やまむら)に幸行(いでま)す時の歌二首。
  先(さきの)太上天皇(おほきすめらみこと)、陪従(べいじゅ)の王臣(わうしん)に詔(みことのり)して曰(のりたま)はく、「それ諸王卿等(しょわうきゃうら)、よろしく和(こた)ふる歌を賦(ふ)して奏(まを)すべし」とのりたまふ。すなはち口号(くちずさ)びて曰(のり)はく
あしひきの山行きしかば山人の我れに得しめし山づとぞこれ (元正上皇 [万葉集20]4293/4317)


二首中「山人」は「仙人」の意。元正上皇が何かを示して、「山に入ったら、山の仙人が私に持たせた山の土産がこれですよ」と和歌を詠んだのに対し、舍人親王が、「上皇御自身が山の仙人なのだから、わざわざ山に入った意図が分からないし、目の前にいる上皇御自身は確かに仙人だが、山の中にいた仙人と云うのは一体何者だろう」と戯れた、というか、これは阿諛追従だな。

「舍人」と云う変わった名を有するこの親王 (と言うか、彼は、確かに首皇子 ––後の聖武天皇–– の「舎人」みたいなものだったのかもしれないが) は、天智天皇の皇子。天武帝系の文武・元明・元正・聖武下の朝廷では、保身に心がけざるを得なかったかもしれない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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