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おぼつかなうるまの島の人なれやわが言の葉を知らず顔なる

作者:藤原公任 出典:[千載和歌集11]657
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.132

この歌の詞書中に係助詞「なむ(なん)」の用例がある。係助詞「なむ(なん)」は口語的で、和歌本体ではほぼ使われないが、詞書には出てくる。詞書「うるまの島の人のここに放たれて来てここの人の物言ふを聞きも知らでなんあるといふ頃返事せぬ女に遣はしける (朝鮮の鬱陵島の人が日本に漂流してきて、日本人の言葉を聞いてもわからないでいるという評判の頃に、返歌をしない女に送った歌)」

丸谷才一による本体部分の釈は「心もとないことだ。鬱陵島の人だからだろうか、わたしの贈った和歌に知らぬ顔をしているのは」。うーむ。「なれや」は「でもあるまいし」とか「でもなかろうに」とか訳すと納まりの良い事が多いので、それに従って私なりに解を与えると「分からんな。鬱陵島の人でもなかろうに、私が和歌を贈ったのに素知らぬ顔をしているのは」。なお「おぼつかなし」には「逢いたい」と云う意味もある。

参考 (「なむ」の用例。『日本語で一番大切なもの』p.134 参照):「たもとよりはなれて玉を包まめやこれなむそれとうつせみむかし (壬生忠岑 [古今和歌集10]425)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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