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とこしへに君もあへやもいさなとり海の浜藻の寄るときどきを

作者:衣通郎女(そとほしのいらつめ) 出典:[日本書紀13]允恭紀11年3月
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.265

助詞「の」の用例。この「の」に対して、『日本語で一番大切なもの』では丸谷才一が「行為・生産の行なわれる場所を意味」すると考えて良いのかと云う質問に対して、大野晋は「わかりにくい歌ですよね」とだけ答えている (p.265) が、これはむしろ「行為者・生産者・作者を意味する」と解釈したほうが良いのではないか。

「いつでも安心してあなたにお会いしているでしょうか、いや、できなくて、海の浜藻が波に揺られて時々岸の方へ寄る、とおんなじに、時々にしか、お会いしていないではありませんか」と云うのが『日本語で一番大切なもの』における大野晋の釈義。

また、丸谷才一は『新々百人一首』において、「人とはば見ずとやいはむ玉津島かすむ入江の春のあけぼの (藤原為氏 [続後撰和歌集1]41)」の項でこの歌を引用し、註としてその大意を「あなたは絶えず逢つて下さるわけにはゆかないでしょう。夜、ときをり逢つて下さるだけでせう」としている(新潮文庫『新々百人一首(上)』p.78)。

更に、岩波文庫版の『日本書紀』(坂本太郎 et al. ただし、校注者には大野晋も含まれる) では「すっかり安心して、いつも変らずに、あなたにお逢いできるのではございません。海の浜藻の、波のまにまに岸辺に近よりただようように稀にしか、お遭いいたしておりません」と解している(岩波文庫『日本書紀(二)』p.327)。

しかし、私にはどうもこれらの解釈が腑に落ちないのだ。大体、三者とも「いさなとり」の「いさ」が「不知」に掛けてあることを見落としている。「いさ」が「知らない」・「分からない」であることを考えれば、「あへやも」は単純な反語」単純な反語のままで終われないだろう。その上、三者は「ときどきを」の「を」に込めた衣通郎女の思い入れに気付いてやっていない。

そこで、私なりに解をつけるならこうなるだろう。「『いつまでも絶えることなくあなたに逢えるものなのか』などと云うようなことは、私には分りません。けれども、海藻が岸に時どき寄るように、私のもとにいらしてくれる、その時どきを大切にしてお遭いしとうございます」。つまり、これは衣通郎女から允恭天皇への最初の積極的な愛の告白なのだ(その前に、「我が夫子が来べき夕なりささがねの蜘蛛の行ひ是夕著しも (衣通郎女 [日本書紀13]允恭紀8年2月)」があるが、これは積極的なものではなく、現状を受け入れることの表明にすぎない。もっとも、衣通郎女は当初允恭天皇を徹底的に拒否していたから、それだけでも天皇は大喜びしてハシャグのだが)。だからこそ、允恭天皇は、嫉妬深い皇后の怒りを恐れて、衣通郎女に対して、「是の歌、他人にな聆(き)かせそ。皇后、聞きたまはば必ず大きに恨みたまはむ」と釘をさすのだ。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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