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駒とめて袖打払ふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ

作者:藤原定家 出典:[新古今和歌集6]671
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.63

これの本歌が「苦しくも降り来る雨か神が崎狭野の渡りに家もあらなくに (長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ) [万葉集3]265/267)」

ちなみに、丸谷才一の『新々百人一首』では、この歌が藤原定家の「一首」とされている([59・73] 新潮文庫『新々百人一首』 p.443-p.463)。「駒とめて」に対する丸谷才一の議論は、議論がややモノモノしすぎるのが気になるものの、概ね首肯できるのだが、結末部で「駒とめて」が恋歌だとして『源氏物語』を引用するあたりで従いて行けなくなる。
実は、私は、かって私は、[nouse: 丸谷才一「新々百人一首(上)」(新潮文庫) その2] (2005年5月24日[火]) で次のように書いた:

藤原定家の歌を丸谷才一が論じたと云うだけで、注意しておく必要があるのだが、今、詳しい議論をする余裕はないから、簡単にだけ書いておく。一首の「本歌」を、万葉集中の「長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ) 苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」よりも、『源氏物語』の「東屋」に置こうとする主張の論理構成は、やや危うい、つまり、立っているとはいえ心柱のようなものが欠けている。だから、一首を恋歌であることが、林望のように「純粋にアカデミックな意味において正しい」と言う気はないが、それでも、肝腎は押さえていると言えるだろう。「東屋」のこととは別に、一首を『新古今集』の歌の配置の中で考えると云う全く正しい手法で、一首が「恋歌」であることを導きだそうとしているのは評価できるし、そして余り鮮やかとは言えないが、ある程度成功している。
今回、改めてザッと読み直してみて、丸谷佐一の議論の中での「東屋」(勿論、その中でも長忌寸奥麻呂の歌は口ずさまれている) への違和感がやはり残った。
この歌の主人公は、鞍上にあると思えるのだが、その前提に立っていうなら、丸谷才一の議論は、「鞍上」と云うことを等閑視しているように見える。薫が乗っていたのは牛車であり、しかも彼が長忌寸奥麻呂の歌を口ずさんだのは、牛車から降りた後だった。
もし私が、この歌の主人公を、時代の前後関係を無視し、また「佐野」が何処かと云う議論も忘れてたとえるなら、「佐野源左衛門常世」と「最明寺時頼」の二人、つまり(勿論、丸谷才一もぬかりなく『新々百人一首』で言及している)謡曲『鉢木』の「いかにもちぎれたる腹巻を着、銹びたる薙刀を持ち、痩せたる馬を自身ひかへたる武者」と「もと見し雪に道を忘れ、今ふる雪に行き方を失い、ただ一所にたたずみて、袖なる雪を打ち払拂ひ打ち拂ひしたまふけけしき」の旅僧を重ね合わせた姿を持ち出すだろう。というか、観阿弥自身が似たようなことを考えたのではないか。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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