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独り寝と薦朽ちめやも綾むしろ緒になるまでに君をし待たむ


作者:不詳 出典:[万葉集11]2538/2543
中公文庫版『日本語で一番大事なもの』p.53

「(あなたを待って) 独り寝していて薦が朽ちるかもしれないけれども、綾むしろが糸になるまで待ちましょう」と云うのが表の意味だが、裏に、「あなたがいらして、「を」(「はい」) と返事ができるまで待ちましょう」と云う意味があるのだろう、と云うのが丸谷才一の議論。

「やれやれ、困ったもんだ」と思ってしまう。「朽ちめやも」が反語になることを、丸谷才一は承知していた筈なのに、なにをウッカリしていたのだろう (『日本語で一番大事なもの』p.86-p.89 で堀辰雄の『風立ちぬ』を引き合いに出して、「『風立ちぬ』のせいで、「やも」が誤解されると困るから」などと言っている)。

「やも」は反語である。だから「薦朽ちめやも」は「薦が壊れるなんてことがあるだろうか (いや、ありはしない)」と云う意味だ。

とは言え、告白すると、私もこの歌の意味が分からない。第2句までと、第3句以降が、うまく繋がらないのだ (丸谷才一が「誤解」したのも、少しだけ分かるような気がする)。一応、私なりの解を付けてみると「(共寝をするならともかく) 一人で寝ていても薦が壊れるなんてことがあるでしょうか (ある訣ないでしょう)。(一人で寝ていても) 綾むしろがボロボロになるまであなたを待ちましょう」となるが、書いてみてもサッパリ感興が沸かない。私も「誤解」しているか知らん。

合理化はできることはできる。二通りあって、一つは、「独り寝をしていても、薦と綾むしろとでは壊れ方が違う」と云うものだ。例えば「薦は被る物」、「綾むしろは敷く物」と云うような区別があるならば、薦は壊れなくても、綾むしろは長い間にはボロボロになるかもしれない (薦より綾むしろの方が織りがしっかりしてそうな気もするのだが、ここではそう云う話はしない)。つまり、それほど長い間あなたを待っていますよ、と云う意味になる。この場合、丸谷才一の「裏の意味」にも適う。
もう一つは、独り寝をしている限り薦は壊れない。(「当然」、と付けるべきか)綾むしろも壊れない。その壊れない綾むしろが「緒になるまでに」、と云うことはつまり、「永遠に」あなたを待ちましょう、と云う意味になる (この場合、緒にならないこと前提だから、丸谷才一の「裏の意味」は成立しない)。

まぁ、どちらにしろ、理に落ちて感心しないが、どうしても一つを選べと云うのなら、私は「永遠に待つ」だな。 (以下の補足参照)

ちなみに、この歌は丸谷才一の『新々百人一首』(みちのくのをだえの橋やこれならん踏みみ踏まずみこころまどはす (藤原道雅 [後拾遺和歌集13]751)) 中でも引用されている (新潮文庫『新々百人一首(下)』p.105)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。


補足
改めて考え直した所、この歌は「一人ボケツッコミ」なのだと気付いた。

承諾の「を」と云う返事を頂けるまでいくらでも待つ譬えで「綾むしろ緒になるまで」と云う固定的表現が当時あったのかも知れないし、この表現が作者創案であっても構わないのだが、何れにしろ、「裏に仕掛けがあって、緒というのが『を』で、返事の『を』をかけてあるんだ思います」と云う丸谷才一の指摘は正鵠を射ているようだ。

つまり「綾むしろ緒になるまで君をし待たむ」が、この歌の主意なのだが、それに対して、独り寝したら「綾むしろ緒になるまで」なんて「アリエネーし」と (他人に言われる前に) 自分で自分の譬えにツッコミを入れているのだ。更に、恋の駆け引き上の微妙な、しかし作者にとっては遥かに重要だった筈の話をするなら「綾むしろ緒になるまで」と云う表現を使って、相手の女から「わたしが居ないからと云っても、独り寝はしないわけね」と、一番困るツッコミを招くと云う墓穴を掘りかねない可能性を考えただろう。

従って、この歌の解は「独り寝しているのだから、薦が壊れるなんて本当はありえないけれども、綾むしろがボロボロになって『緒』がでるほどの長い長い時間でも、あなたの『を』と云う承諾の返事をお待ちしましょう」になる。

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