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わが里に大雪ふれり大原の古りにし里にふらまくは後

作者:天武天皇 出典:[万葉集1]103
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.275

大野晋の説明:「大原の」が「古りにし里」の形容詞になっている。これは、「の」が、「大和の国」のような存在の場所を示すことから広がって、命名したり、指名したりする用法が生じたのである。「吉野の山」と言えば、「吉野にある山」でもあるし、「吉野という山」でもあるのと同じである。それで「の」は「...という」と訳せるのである。

詞書は「天皇、藤原夫人に賜ふ御歌一首」。「天皇」は天武帝。「藤原夫人」は、藤原鎌足の娘、五百重姫。「夫人」は天皇に侍す女性の地位で第3位 (上から順に「皇后」・「妃」・「夫人」・「嬪」)。

「大原」は藤原鎌足誕生の伝承地。『万葉集』中の次歌から、当時藤原夫人がいたことが分かる。天武天皇がいた飛鳥浄御原宮から直線距離で 1km 足らずしか離れていなかった筈であるが、天皇がこちらは大雪が降ったけれど、田舎であるそちらに降るのはこれからだろうと揶揄ったのである。「ふれり」と「古りにし」と「ふらまく」で音が重なり、「大雪」と「大原」で音が重なり、「里」が重出する。

これに対し、藤原夫人は「我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ (藤原夫人 [万葉集2]104)」と、「おかみ」(水神) に頼んで大原で降らせてもらった雪が砕けて、そちらに飛び散ったのでしょうよ、と切り返している (ただし、折口信夫は『水の女』の中で、[万葉集2]104 に就いて「藤原氏の女の、水の神に縁のあった事を見せてゐるのである」と記している)。「岡」は明日香の地名かもしもないが、あるいは、天武御製で「里」とあったのに対比させたか?

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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