« 青柳の糸の細しさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも | トップページ | 汝が命 »

青山を横切る雲のいちしろくわれと咲まして人に知らゆな

作者:大伴坂上郎女 出典:[万葉集4]688/691
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.278

「横切る雲の」の「の」は「...のように」の意味。「の」は、前の言葉の属性を示し、「...雲の」は「雲の属性を持っている」ということである。「いちしろし」は「いちしるし (著し)」の古形。(思い当たることが)はっきり顕れている様子。

大野晋の解釈は「青山を横切る雲のようにはっきりと私と笑みを交わして、人に知られないようにしてください」と言うものだが、私 ([ゑ]) には異論がある。「われと咲まして」を「私と笑みを交わして」とするのはどんなものだろう? まぁ、これが現在通用している解釈かもしれないが、私には全く釈然としない。この歌は「大伴坂上郎女の歌七首」の第6首なのだが、その冒頭歌に曰く「言ふ言の畏き国ぞ紅の色にな出でそ思ひ死ぬとも (大伴坂上郎女 [万葉集4]683/686)」。つまり、大伴坂上郎女から笑顔を返すことは考えにくい。当然「笑みを交わ」すことは成立しづらいだろう。

「われと咲まして」の「と」は、笑顔の対象を指定するものだと云うのが私の意見である。と云う訣で、私なりの解を示しておくと:「草木が青々と繁る山を横切る雲のようにはっきりと私に笑いかけたりして、世間に私たちの事を知られないようにしてくださいね」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足

上記で、「私と笑みを交わして」を「現在通用している解釈かもしれない」と書いたが、調査に遺漏があったようだ。「私に笑いかけたりして」型の従来解釈も少なからず存在する。

「大伴坂上郎女から笑顔を返す」と云う表現も、微妙なのだが(つまり、作中の「我」が大伴坂上郎女本人と看做せるか否かを考えると意外と sensitive な問題なのだ)、今のところは変えるつもりはない。

[万葉集4]683/686-[万葉集4]689/692
  大伴坂上郎女が歌七首
言ふ言の畏き国ぞ紅の色にな出でそ思ひ死ぬとも
(大伴坂上郎女 [万葉集4]683/686)
今は我は死なむよ我が背生けりとも我れに依るべしと言ふといはなくに (大伴坂上郎女 [万葉集4]684/687)
人言を繁みか君が二鞘の家を隔てて恋ひつつまさむ (大伴坂上郎女 [万葉集4]685/688)
このころは千年や行きも過ぎぬると我れやしか思ふ見まく欲りかも (大伴坂上郎女 [万葉集4]686/689)
うるはしと我が思ふ心速川の塞きに塞くともなほや崩えなむ (大伴坂上郎女 [万葉集4]687/690)
青山を横ぎる雲のいちしろく我れと笑まして人に知らゆな (大伴坂上郎女 [万葉集4]688/691)
海山も隔たらなくに何しかも目言をだにもここだ乏しき (大伴坂上郎女 [万葉集4]689/692)

|
|

« 青柳の糸の細しさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも | トップページ | 汝が命 »

『日本語で一番大事なもの』」カテゴリの記事

日本語/和文」カテゴリの記事

詩/文藝」カテゴリの記事

読み物・書き物・刷り物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40172/40406005

この記事へのトラックバック一覧です: 青山を横切る雲のいちしろくわれと咲まして人に知らゆな:

« 青柳の糸の細しさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも | トップページ | 汝が命 »