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2008年3月の503件の記事

『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合

[nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) において、ヘブライ語の場合は調べがつかないと書いたが、その補足をしておく。

ヘブライ語版の "May the Force be with you." が見つからなかったのは、単に私の浅学の然らしむる處だったのかもしれないが、そのことは不問にして、私の印象を書いておくと、ヘブライ語利用者には "May the Force be with you." をヘブライ語化することを避けて、英語版をそのまま使っているのかの如き節が見られる。「翻訳が難しい」と一言で言っても、その含意は様ざまでありうるので、憶測はしないに限るが、そこに一種の文化的障壁がある可能性は排除できないだろう。

補足 2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" や "יהיה הכוח אתכם" や、更に "יהי הכוח עמך "(このフレーズは正しい並び方で表記されていないようだ。確認画面では期待通りの並び方になるのだが、公表画面では順番が変わってしまう。いろいろ試してみたが修復に到っていていない) と云う表現が実在するが、用例は少ないようで google 検索で前二者はそれぞれ 1件、3番目は数件ヒットするのみである ([nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] 中の「補足」参照)。

この数は微妙な気もするのだが、一応以下の議論はそのままにしておく。

ヘブライ語化を避けている一番端的な例は、ヘブライ語版のウィキクォートの「スター・ウォーズ」の項 "מלחמת הכוכבים" で見られる (ちなみに「英語版」と言うか、その入り口は [Star Wars - Wikiquote] である):

.ברכה נפוצה בסרטי מלחמת הכוכבים - "may the force be with you"

つまり、翻訳を示さないで「映画『スター・ウォーズ』中で頻出する挨拶」と云う説明のみで済ましている。

「スター・ウォーズ」がイスラエルで公開された際 (エピソードⅣの特別版は1997年3月21日イスラエル・リリース)、この科白がどのような扱いをされたか、生憎私の承知する處ではないので、若干知りたくはある。


「常にともにある」と云うのは、ヘブライ語文化、あるいはユダヤ文化では、ヤハウェのみに許される属性であろうから、その属性を有するなにものかを「フォース」と呼んでしまうのは、一種の「偶像崇拝」になる可能性はあるだろう。


付言すると、「そして、Star Wars の中で、"May the Force be with you." は、まさに別れに際する挨拶であったはずです。少なくともこの局面では George Lucas が the Forceを[神]のメタファーとして使っていると、かなりの確度をもって推定できるでしょう」と云うのが [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金]) の結論だったが、George Lucas 自身が、インタヴュー記事 "Wired: Life After Darth - issued May 2005" において、"the Force" と云う言葉が、生命体が高度に複雑な機械にすぎないと主張する人工知能学者 Warren S. McCulloch に反対して映画製作者・監督 Roman Kroitor (IMAX 開発者の一人) が述べた:

"Many people feel that in the contemplation of nature and in communication with other living things, they become aware of some kind of force, or something, behind this apparent mask which we see in front of us, and they call it God."

に影響 ("an echo of that phrase") を受けていることを認めている。

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"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと

このまえ、"May the Force be with you." (「フォースのともにあらんことを」) を、スウェーデン語で何と言うかと云う記事を書いた ([nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] 2008年3月2日[日])。昨年は、ドイツ語で何と言うかに就いても書いてある (nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと 2007年2月23日[金])。

それぞれ、そう云う目的でこのサイトを訪問されたらしい方がいらしたために、余計なお世話を焼いたに過ぎない。

しかし、スウェーデン語とドイツ語 (そして、英語) が分かると、その他の言語では何と言うのか気になってくる。そこで、以下簡単に纏めておく。

ただし、「定訳」が存在していないこともありうるし (このような「決め文句」は、文脈上特段の理由がない限り「定訳」が採用するのが好ましい)、また少なくとも一部の印欧系の言語では第二人称の単複と、それに伴う親称・敬称 (もしあれば) の扱いが問題になるのだが、何れもほぼ考慮せず、ネットで発見してものを収集したにとどまる。

それでも、印欧系言語で第二人称単数親称を使った表現らしいものが見つかった場合は、それが最初に来るようにはした。それは "May the Force be with you" が、基本的には使命を帯びて旅立つ者への「はなむけの言葉」であるからだ ([マタイ]28:20 参照。ただし、そこでのイエスの言葉は1人ではなく11人に言われているけれど)。

引用句の最後はピリオドではなく感嘆符とする例も多多あるのだが (スペイン語では文頭にも付くこともある)、以下では一切付けていないので、適宜補って読んで戴きたい。

イタリア語: Che la Forza sia con te. / Che la Forza sia con voi. / Che la Forza sia con lei. / Che la Forza sia con loro.
スペイン語: Que la Fuerza te acompañe. / Que la Fuerza esté contigo. / Que la Fuerza os acompañe. / Que la Fuerza esté con vosotros. / Que la Fuerza esté con ustedes. / Que la Fuerza lo acompañe. / Que la Fuerza les acompañe.
フランス語: Que la Force soit avec toi. / Que la Force soit avec vous.
ポルトガル語: Que a Força esteja contigo. / Que a força esteja com você. / Que a Força esteja convosco. / Que a força esteja com vocês.

ドイツ語: Möge die Macht mit dir sein. / Möge die Macht mit euch sein. / Möge die Macht mit Ihnen sein.
オランダ語: Moge de kracht met je zijn. / Moge de kracht met jou zijn. / Moge de kracht met u zijn. / Moge de kracht met jullie zijn.

スウェーデン語: Må kraften vara med dig. / Må kraften vara med er.
デンマーク語: Må Kraften være med dig. / Må Kraften være med jer.
フィン語 (フィンランド語): Olkoon Voima kanssasi.
ハンガリー語: Az Erö Legyen Veled.

ギリシャ語: Η Δύναμη μαζί σου. / Η Δύναμη να είναι μαζί σου
ラテン語: Vis tecum sit. / Sit vis vobiscum. (2009-09-24 [木]:"nobiscum" を --vobiscum-- に訂正。)

ロシア語: Да пребудет с тобой Сила. / Да пребудет с Вами Сила.

ポーランド語: Niech Moc będzie z tobą. / Niech Moc będzie z Wami.
クロアチア語: Neka Sila bude s tobom. / Neka je Sila s tobom. / Neka Sila bude s vama. / Neka je Sila s vama.
ブルガリア語: Нека силата бъде с теб. / Нека силата бъде с вас.

中国語: 愿原力与你同在。/ 願原力與你同在。
韓国語: 포스가 함께 하기를。 / 포스가 당신과 함께 하기를 빌겠소。

トルコ語: Güç seninle olsun.

ヘブライ語では何というかに就いては調べがついていないので宿題としておこう。例えば "הכוח" "מלחמת הכוכבים" の組み合わせ (「スター・ウォーズ」と「フォース」) で検索してみたが、はかばかしい結果が得られなかった。

補足 (2008-04-30 [水]):
その後、"יהיה הכוח אתכם" で google 検索してみたところ、1件ヒットした (DEMONS: Under the Sink)。また "יהיה הכוח אתך" では1件もヒットしなかった。

2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" でも1件ヒットする。それは、やはり "Demons: Under the Sink" 中の記事だが、別のページ (Reviews Master)である。更に、"יהי הכוח עמך" と云う言い方もありうる。これは数件ヒットするようだ。おそらく「フォースのともにあらんことを」のヘブライ語訳としては、この二つが最も「それっぽい」のではないか (文脈によっては、対象が二人称複数の形にしてもよいだろう)。

"יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם" ([出エジプト記]10:10) が参考になるかもしれないので、ここに書き留めておく。

参考になるかもしれないサイト:
1. Force (Star Wars) - Wikipedia, the free encyclopedia
2. הכוח (מלחמת הכוכבים)

「"May the Force be with you" を色色な言語で言うと」は、「ネタ」としては平凡なものであるので、同主題で既に幾つもの記事が書かれている。そのうちの一つだけを引用しておく:
[Somewhere in the Middle: Que la Fuerza te acompane!]

このブログ記事は、[nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] と [nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと] の他に次の記事にも関連する:
1. [nouse: "May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])
2. [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])

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等角速度円運動の旅行者における「双子のパラドクス」

通常の「双子のパラドクス」においては、旅行者は所謂「3次元空間」(或いは、誤解を招く表現かもしれないが、「ガリレイ・ニュートン的空間」)で見る限り、直線分上を往復する。しかし、「双子のパラドクス」の本質は、旅行者が「3次元空間」内を運動して「3次元空間」内での「出発点」に戻ることで必然的に生じる加速度運動の結果、「出発点」に静止していた残留者との固有時の経過量に食い違いが起こることにある。つまり、旅行者の空間的経路は直線分である必要はない。従って、「一般化された双子のパラドクス」を考えることができる。

ここで注意しなければならないのは、「双子のパラドクス」を説明するには (「パラドクス」を解消するには) 一般相対論を俟たねばならないのだが、「双子のパラドクス」を叙述するにはミンコフスキー時空内の言葉遣いでなければならないことだ。

ガリレイ・ニュートン的描像では「出発点に戻る」と表現される現象は、ミンコフスキー的描像では、「出発点」と「終点」の空間部座標が一致し、時間部座標が一致しないと云うことだ。つまり、「出発点」と「終点」は time-like に分離している訣であり、これが「双子のパラドクス」が描像可能にとる前提条件になる。

このことから、(「病理学的な例外」が存在しうる可能性は排除できないが)「双子のパラドクス」における旅行者の全行程は、単一のミンコフスキー時空内に収まらねばならないだろうことが言える。

つまり、「双子のパラドクス」が叙述可能なのは (少なくとも、叙述が「自然」なのは)、4次元時空多様体の内、ミンコフスキー時空だけだということだ。さらにそのミンコフスキー時空をマッピングするのが、本来的には元のミンコフスキー時空とは別のミンコフスキー・マップ・セットであるわけで、(私のような無学な人間には、他人様の事は言える筋合いのものではないのだが) 物理的思考に馴染まない人たちには難しいのは仕方がないかもしれない。

このことは、伝統的な (「アインシュタイン・ケース」とでも呼ぶべきか) 「双子のパラドクス」の理解のし難さを、僅かばかり増やしているかもしれない。この場合、出発点を原点とするミンコフスキー・マップを作ると、肝腎の折り返し点における現象の数学的表現が複雑になってしまうのだ。副次的なミンコフスキー・マップを折り返し点を原点にして貼れば、数学的表現は簡単になるが、そのことで物理的描像がボヤけている可能性があるように思われる。(「単一のミンコフスキー・マップ」と云う便法があるのかもしれないが、私は知らない。なお、ここらへんのことについては [nouse: Rindler 計量と「双子のパラドクス」] 《2007年10月12日[金]》も参照して頂きたい)。


実は、旅行者の全行程が、単一のミンコフスキー・マップで簡単に表示できるケースがある。旅行者が、等角速度円運動をする場合である。

このような旅行者は、同じ角速度 (これを \omega とする) で回転する円筒座標系 (z: 円運動の中心軸、r: 中心軸からの距離、\theta: 特定の半径方向を基準とする中心軸周りの角度) で見ると、座標系内の一点に静止しているので、叙述が簡単になる。従って、以下、この座標系を用いて記述する。

さて、この等角速度回転円筒座標系の線素は、[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] (2007年9月30日[日]) にも書いたように:

ds^2 = (c^2 - r^2 \omega^2)\, dt^2 - dr^2 - r^2 d\theta^2 - dz^2 - 2r^2 \omega \, dt \, d\theta

であるが、これは、マッピング関数 (ct, z, r, \theta ) によって貼られたミンコフスキー・マップであると見ることもできることは注意しておいて良かろう。

一般相対論の初歩的な帰結として、線素 g_{ij} の座標系内に静止している「観測者」の場合、座標系において t_{0} から t まで時間が経過する際の、観測者において経過する固有時間 \tau (t) は:

\tau (t) = \int_{t_0}^{t} \sqrt{g_{00}} \, dt

となることが知られているから、これを上記の等角速度回転円筒座標系に当てはめるなら、中心軸から距離 R の円形行程を旅行者が巡航する際、座標時間 t での出発時刻を 0 とすると、その固有時の進み方は

\tau (t) = \int_{0}^{t} \sqrt{\frac{c^2 - R^2 \omega^2}{c^2}} \, dt = \sqrt{1- \frac{R^2 \omega^2}{c^2}} \cdot t

残留者から見て、円筒座標系の原点は静止しているから、残留者の固有時間は、円筒座標系の座標時間と一致することに注意すると、R \omega は、残留者から見た旅行者の接線方向速度に他ならないから \sqrt{1- \frac{R^2 \omega^2}{c^2}} は、旅行者の接線方向の速度に対するローレンツ係数の逆数そのものである。

従って、等角速度円運動をする旅行者の固有時間は、残留者の固有時間に対して、接線速度と同じ速度の等速直線運動に対して特殊相対論的に発生する時間遅延と正確に同一の量の時間遅延を引き起こす。これは、「アインシュタイン・ケース」のような「ほぼ同一」といった留保が必要がない上、時間遅延を引き起こす「加速度」が全行程で同一の大きさの遠心力であるので、イメージが掴みやすいだろう。

ついでに懺悔しておくと、[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] で 『実は、サニャック効果の論理構造は、[双子のパラドクス] とも似ていることも注意しておいて良いだろう。ただし、むしろ「似て非なる」と言っておいた方が良いかもしれない。』と書いたが、これはかなり間拔けな発言だった。その直後のサニャック効果の定式化で、線素とラグランジアンとを比較して私自身が指摘しているように、等角速度円運動の場合、サニャック効果は、線素へのコリオリ力ポテンシャルの寄与分から発生するのと同様に、「双子のパラドクス」は遠心力ポテンシャルの寄与分から発生するのである。「似て非なる」のは当然なのだ、

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メモ:ユニコードファイル二題。テキストソートと xyzzy の設定

私は、xyzzy エディタを用いてテキストを作成している。そのコードは基本的にユニコード (utf-8n) で、改行コードは lf である。以下の話題は、この事実に関する。

[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) で引用文を五十音順 (辞書配列順) にソートする際には ruby を使用した (勿論、テキストソースでは、各引用文冒頭にその読みのひらがな化してソートタグに付けてある)。これは、xyzzy の filter-buffer でバッファ内容を sort.exe に喰わせた所、ゴミを吐き出したためで、恐らくは、xyzzy が呼ぶようになっている sort.exe がユニコードに対応していないのだろう。Windows で動くユニコード対応の sort.exe を少し探してみたが、出てこない。早々と諦めて ruby なら当然ユニコード対応になっているはずだと、方針を切り替えたのだ。

呆気ないほど簡単に [Rubyのほそ道・けもの道] で、テキスト・ファイル全体のソートを行なうスクリプトが見つかった。5行の短いものだが、こうしたものでさえ、私のような素人が作ろうとすると、些細な所で躓いて、ひどい苦労をするものだ。作成者の Minagawa Mitsuo さんに感謝する由縁である (入力ファイル名が "input.txt" 限定、出力ファイル名が "output.txt" 固定だが、一回限りの利用には何の問題もない)。

実際に引用文ファイルを流した所、綺麗にソートされた output.txt が出来た。それに leading 部分を付けたのが、[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] である (フランス語詩と英語詩については別扱いにして最後にもってきてある)。

ただし、うつかりしていて、改行コードが cr+lf のままになってしまっているのが残念だ。


その後、「引用文索引」ファイルから、一行づつ切り取って別々の記事として [nouse: ああしやごしや、ええしやごしや] (2008年3月4日[火]) から [nouse: Oh, to be in EnglandNow that April's there,And whoever wakes in EnglandSee,.....] (2008年3月21日[金]) までの記事としてポストした。

その際、操作の効率化のために、いままで余り使わなかった find-file でファイル名指定をして新規バッファを開き、「引用文索引」ファイルから冒頭一行をカットして、新規バッファにペーストして保存するようにした。其の数、497。

しかし、テキストソートの話を書こうとして、ファイルを幾つか見直した時に、そうして作った「シングルカット」ファイルのコードがユニコードでなく、Shift-JIS になっていることに気付いたのだ。数秒間呆然としたね。全部が Shift-JIS なのか確かめた訣ではない (なにしろ 497 個だから) が、その可能性はある。おいおい。

改行コードは勿論と言うか、何と言うか、cr+lf だ。再び、おいおい。


この記事の冒頭でも書いたが、私はテキストを、コードは基本的にユニコード (utf-8n) で、改行コードは lf で作成する。従って、新規バッファで作成したファイルを、ファイル名を指定して保存する際にはディフォルトで utf-8n, lf になるように、次のような設定を .xyzzy に書き込んである。

; 文字コード : utf8n
(set-buffer-fileio-encoding *encoding-utf8n*)

; 改行コード : LF
(set-buffer-eol-code *eol-lf*)

だから、当然 find-file でファイル名を指定した場合も、この指定が生きていると思いこんでいたのだ。

しかし違うのだな。考えてみれば、これは当然なのだ。関わる関数が違うからね。

と云う訣で [mieki256's diary - xyzzyで特定種類のファイルの文字コードを指定] を参考にして、*find-file-hooks* に add-hook して、取り敢えず find-file でファイルを作成した時は全部 utf-8n, lf になるようにしてしまった。本当は、拡張子でキチンと場合分けをしなければならないのだが、まぁ「取り敢えず」ということで...

それで思い出した。xyzzy の「新規作成」でファイルを作成すると、やはりディフォルトは Shift-JIS, cr+lf なのだった。まぁ、「新規作成」でファイルを作ることは多くないのだが、それでも時々あって、そのたびにコードの変更をしなければならず「ウザイ」と思っていた。ついでに、それも直しておこうと云うことで、次のようなことをしてみた。これで良いのか、自分でも心許ないのだが、一応設定が変わったようだ。

;「新規作成」も utf-8n, lf
(setq *default-buffer-mode* 'text-mode)

(add-hook '*text-mode-hook* 'my-text-mode-hook)

(defun my-text-mode-hook ()
(progn (set-buffer-fileio-encoding *encoding-utf8n*) (set-buffer-eol-code *eol-lf*)))


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Oh, to be in England
Now that April's there,
And whoever wakes in England
See,.....

作者:ブラウニング 出典:"Home thought from Abroad"
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.39

丸谷才一の説明:薄田泣菫の詩「大和にしあらましかば」は、この詩をまねた。しかし、「おお」oh では、あまりしみじみとしない。それで「ああ」としたのだが、これは、「あはれ」 の「あ」に引き摺られたのだろう。

Home thought from abroad
Oh to be in England
Now that April's there,
And whoever wakes in England
Sees some morning, unawares,
That the lowest boughs and the brushwood sheaf
Round the elm-tree bole and in tiny leaf"
While the chaffinch sings on the orchard bough
In England now!
--Robert Browning "Home thought from Abroad"

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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Le vent se lève, il faut tenter de vivre.

作者:ヴァレリー 出典:"Le Cimetière marin"
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.86

Le vent se lève !… il faut tenter de vivre !
L’air immense ouvre et referme mon livre,
La vague en poudre ose jaillir des rocs !
Envolez-vous, pages tout éblouies !
Rompez, vagues ! Rompez d’eaux réjouies
Ce toit tranquille où picoraient des focs !
--"Paul Valéry: Le Cimetière marin" 1920

堀辰雄が、"Le vent se lève, il faut tenter de vivre." を「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳したが、「やも」は反語なので、原文の意味に反する。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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  女をかたらはんとてめのとのもとにつかはしける
かくなんとあまの漁火ほのめかせ磯辺の波の折もよからば

作者:源頼光 出典:[後拾遺和歌集11]607
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.134

口語的な「なん(なむ)」が和歌本体中に使われている例。お姫様を誘惑するために乳母に贈った歌。「かくなん」は乳母のセリフ。
大野晋の解:「お姫様に接近するいい折があったら、『ここです』と、漁火をほのめかせ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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居り明かしも今宵は飲まむほととぎす明けむあしたは鳴き渡らむぞ

作者:大伴家持 出典:[万葉集18]4068/4092
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.385

勧誘の「む」。
丸谷才一による解:「徹夜で今夜は飲みましょう。徹夜で飲んだその翌日にはほととぎすが鳴くことでしょう」
この歌には [二日は立夏の節に応る。このゆゑに、「明けむ朝は鳴かむ」といふ] と云う注記がある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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をとつひも昨日も今日も見つれども明日さへ見まくほしき君かも

作者:橘文成(たちばなのあやなり) 出典:[万葉集6]1014/1019
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.240

「さへ」の用例。
大野晋による解:「一昨日も逢ったし、昨日も逢ったし、今日も逢ったけれども、さらに加えて明日も逢いたいと思うあなたです」

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をち水[ヲ]イ取り来て

作者:不詳 出典:[万葉集13]3245/3259
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、文脈から平面上の移行に関する意味を有すると判断できる動詞の8例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも (作者不詳 [万葉集13]3245/3259)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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をしめども春の限りの今日のまた夕暮れにさへなりにけるかな

作者:読人しらず 出典:[後撰和歌集3]141
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.240

「さへ」の用例。大野晋の解説によると、「さへ」は後になると「...までも...だ」の意味になっていった。歌の意味は「今日で春は終わりだと思いつめているのに、そのまた夕暮れにまでもなってしまったことだなあ」。

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惜しめども散り果てぬれば桜花いまは梢をながむばかりぞ

作者:御白河院 出典:[新古今和歌集2]146
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.99

「である」を意味する「ぞ」は新古今には少ないが、この歌は、丸谷才一の紹介するそうした例。

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岡に寄せ我が刈る草のさ寝がやのまこと和やは寝ろとは言なかも

作者:東歌 出典:[万葉集14]3499/3520
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.366

「かも」の用例。
大野晋の説明:「言なかも」とあって、「かも」は体言を承けるから、その上の「な」は連体形。「まこと和やは寝ろとは言なかも」は、「本当に和やかに一緒に寝ろとはおまえは言わないんだね」の意味になる。

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われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子

作者:与謝野寛 出典:紫
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.39

近代和歌での感動詞「ああ」の用例。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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我のみや世をうぐひすとなきわびむ人の心の花とちりなば

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集15]798
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.129

「や」の用例。
大野晋による解:「あなたの心が花のように散ってしまって、私への思いを捨ててしまったならば、私だけは、世の中がつらいと泣いて力を落とすでしょうね」。
「世をうぐひす」と言う時には、「うぐひす」の「う」だけにかかるのか、あるいは、「憂し」にかかるのか、と云う丸谷才一の質問に対して、大野晋の回答は、「世をうぢ山と人はいふなり」では「世を」は語幹の「う」だけに係っているが、この歌の「世をうぐひす」では、「世を」は「うぐ」に係っていると看做すべきだが、それは長くかかるほうが自然だと云うことだけで、「う」だけに係ると考えてもよい。
私 ([ゑ]) なりにパラフレーズすると「あなたが私を思ってくれる心の花が散ったとしても、私の方はあなたを思い続けて、花を失った鴬が嘆き鳴くように、『この世は憂し』と嘆き泣くでしょうね」。

参考(『古今和歌集』での前後の歌):
色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける (小野小町 [古今和歌集15]797)
思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め (そせい法師 [古今和歌集15]799)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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われし羨しも

作者:大伴宿奈麻呂 出典:[万葉集4]533/536
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.324

「し」の使用例。下に条件句が来ていない例。「難波潟潮干のなごり飽くまでに人の見る子を我れし羨しも (大伴宿奈麻呂 [万葉集4]533/536)」

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われこそは憎くもあらめわが宿の花たちばなを見には来じとや

作者:不詳 出典:[万葉集10]1990/1994
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.143, p.177

「こそ...め」の已然形係結びの例。大野晋の説明と解:男と女が喧嘩して、男が女の家から怒って帰った。女は男に挨拶の歌を贈った。「われこそは憎くもあらめ」の意味は「私のことは憎いでしょうけれど」で (つまり「こそ」の結びは「ど型」)、だから私には会いにこなくてもいい。「(...けれど、)私の家の花たちばながきれいに咲きました。その花は見には来ないと云うわけですか」。

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わびぬれば身を浮草の根を絶えてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ

作者:小野小町 出典:[古今和歌集18]938及び仮名序
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.333

「を」の用例。『日本語で一番大切なもの』中に解は見当たらないので、私なりのものを付けておく:「我が身の上は、浮草と同じに根のない『憂き暮し』をしていて、心細いのですが、浮草である以上、誘ってくれる水があるのなら、そこに流れ去ろうと思います」。已然形 + 「ば」だが、単純な順接ではなく、気分に一旦「溜め」がある。

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海の底おきを深めて生ふる藻のもとも今こそ恋はすべなき

作者:不詳 出典:[万葉集11]2781/2791
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.164

大野晋の解:「いまこそ私の恋のせつなさはなんともするすべがない」

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わたつみの海に出でたる飾磨川絶えむ日にこそわが恋やまめ

作者:遣新羅使 出典:[万葉集15]3605/3627
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.386

「こそ」の用例。
大野晋の解と説明は以下の通り:「海に流れている飾磨川の水が絶えている日はないように、私のこの恋の思いはやむ時はないにちがいない」。「絶ゆる日にこそ」ではなくて「絶えむ日にこそ」と言っている。「絶ゆる日」と言うと、明らかに絶えるのが目の前に確かにある感じになるが、「絶えむ日」と言うと、それは自分の観念の中で思っていることだと云うことを、ちゃんと表わしている。

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忘れても人に語るなうたたねの夢みてのちも長からじよを

作者:馬内侍 出典:[新古今和歌集13]1161
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.346

「を」の用例。丸谷才一によるなら、三通りの解釈が可能:
「二人がいま関係してすぐに明けるであろう夜のことを人に絶対語るな」
「人に語るな、一夜を共にしても長くはあるまいと思われるわれわれの命なのだから」
「人に語るな、うたたねの夢のような恋を味わったのち、すぐに夜は明けるのに(つまり、二人の仲は長く続かないであろうに)」

こう説明されると「ナルホドネー」とでも言うしかないのだが、どうもピンとこないなぁ。まず、「忘れても人に語るな」が係っているのは「うたたねの夢」なのか、「長からじよ」なのか、と考えると、「うたたねの夢」、つまり「儚い逢瀬」と「忘れても人に語るな」とは素直に繋がる。では「長からじよ」と「忘れても人に語るな」の方はどうかと云うと、「『よ』が長くないから、忘れてもいいけれど、人には話さないで」となって、意味不明だ。

「私の読みが浅いのかしらん」と思いながら、仕方がないので、取り敢えず、問題を迂回して、馬内侍の歌で「忘れ」と「人に語るな」の用例を探していたら、[時代統合情報システム 新古今和歌集 巻第十三] では当該歌が、次のように表記されていた:

わすれても-ひとにかたるな-うたたねの-ゆめみてのちも-なからへしよを (馬内侍 [新古今和歌集13]1161)

「長らへしよを」か...。意味が通じてしまうなぁ。こんな感じだろうか:「私たちの恋のことは忘れても構いませんが、人には話さないでくださいね。『うたたねの夢』のようなあの儚い逢瀬が終わった後も、私たちは世の中を生きてきているのですから」。

「時代統合情報システム」は、どこから「なからへしよを」を何処から引っ張ってきたのか不明なので、裏付けの取りようがない。そして、どちらにしろ現状では圧倒的に少数派だ (単独で孤立している?)。私にとっては、「長からじよを」では意味が取りにくいが、「長らへしよを」なら意味が通じると云うことだけが、根據なんだが、無視する気は起こらない。今後の見当材料として、ここに書いておく。

なお、この歌の詞書は「人に物いひはじめて」である。つまり「釘を刺した」ぐらいの意味なんだろう。このことも「なからへしよを」採用の補強証拠になるかもしれない。

参考 (馬内侍の歌の中で「忘れ」や「人に語るな」が詠まれいる例):
  かへる雁をよめる
とどまらぬ心ぞみえん帰る雁花のさかりを人にかたるな
(馬内侍 [後拾遺和歌集1]70)

  忘れじと言ひ侍りける人のかれがれになりて、枕箱とりにおこせて侍りけるに
玉くしげ身はよそよそになりぬとも二人ちぎりしことな忘れそ
(馬内侍 [後拾遺和歌集16]924)

  雪のあした人のまで來て、かくならひて來ずば、いかゞ思ふべきと申しければ
忘れなば越路の雪のあと絶えて消ゆるためしになりぬばかりぞ
(馬内侍 [金葉和歌集(三奏本)8]445)

  左大将朝光、誓言文(ちかごとふみ)を書きて、代りおこせよと責め侍りければつかはしける
ちはやぶる賀茂のやしろの神も聞け君忘れずは我も忘れじ
(馬内侍 [千載和歌集15]909)

やとかへて-にほひおとるな-うめのはな-むかしわすれぬ-ひともあるよに (馬内侍 [続古今和歌集17]1498)

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忘れてはうち嘆かるる夕べかなわれのみ知りて過ぐる月日を

作者:式子内親王 出典:[新古今和歌集11]1035
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.344

「を」の用例。『日本語で一番大切なもの』における説明:接続助詞としての「を」と格助詞としての「を」が重層的になっている。このため「月日を忘れては」とも「月日なるものを」ともとれる。

『新古今和歌集』における、この歌の前後の歌:
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする (式子内親王 [百人一首]89/[新古今和歌集11]1034)
わが戀は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら (式子内親王 [新古今和歌集11]1036)
3首全体の詞書:「百首歌の中に、忍戀を

この歌の重層性に就いては、『日本語で一番大切なもの』p.345-p.355 で丸谷才一と大野晋が語っている通りだが、私なりに補足すると、「うち嘆かるる」、つまり「ふと溜め息をつく」のは無意識的な行為だが、「忘れ」るのは、意識的に意識の外へ追い出したとも、無意識的に意識から消失したともとれることだ。つまり、以下の全ての解が重層的に成立して、共鳴しあっている:
「この秘めた恋を『忘れてしまおう』と忘れてみたら、ふとため息が出た夕べです。私だけが知っている、これまでの月日があるのです」。
「これまでの秘めた恋の月日を『忘れてしまおう』と忘れてみたら、ふとため息が出た夕べです」。
「気が付くと、『秘めた恋』が心の中から消えていて、ふとため息が出た夕べです。私だけが知っている、これまでの月日があるのです」。
「気が付くと、これまでの『秘めた恋』の月日が心の中から消えていて、ふとため息が出た夕べです」。

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分けてやる隣もあれなおこり炭

作者:一茶 出典:七番日記
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.152

「あれな」を使っている例。岩波文庫『一茶俳句集』p.199 [文化後期]。岩波文庫『一茶七番日記(上)』 p.412 文化10年10月

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和気い申してあり

作者:菅野真道 et al. 出典:[続日本紀26]宣命34
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.313

主格にあたる使い方の「い」。

参考 (菅野真道 et al. [続日本紀26]宣命34):
八月庚申の朔、從三位和氣王(わけのおほきみ)、謀反(むへん)に坐(つみ)せらさて乃(すなは)ち誅(ちう)せらる。
詔(みことのり)して曰(のたま)はく、
「今(いま)和氣(わけ)に勅(の)りたまはく、先(さき)に奈良麿(ならまろ)らが謀反(むへん)の事(こと)起(おこ)りて在(あり)し時には、仲麻呂(なかまろ)い忠臣(ただしきおみ)として侍(はべ)りつ。然(しかる)に後(のち)に逆心(さかしまにあるこころ)を以(もち)て朝庭(みかど)を動(うごか)し傾(かたぶ)けむとて兵(いくさ)を備(そな)ふる時に和氣(わけ)い申(まを)して在(あ)り。此(これ)に依(よ)りて官位(つかさくらゐ)を昇(あ)げ賜(たま)ひ治(おさ)め賜(たま)ひつ。かくはあれども仲麻呂(なかまろ)も和氣(わけ)も後(のち)には猶(なほ)逆心(さかしまにあるこころ)以(もち)て在(あり)けり。復(また)己(おの)が先靈(おやのみたま)に祈(いの)り願(ねが)へる書(ふみ)を見(み)るに云(い)ひて在(あ)らく、『己(おの)が心(こころ)に念(おも)ひ求(もと)むる事をし成(な)し給(たま)ひてば、尊(たふと)き靈(みたま)の子孫(うみのこ)の遠(とほ)く流(なが)して在(あ)るをば京都(みやこ)に召(め)し上(あ)げて臣(おみ)と成(な)さむ』と云(い)へり。復(また)『己(おの)が怨男女(あたをとこをみな)二人在(あ)り。此(これ)を殺(ころ)し賜(たま)へ』と云(い)ひて在(あ)り。是(こ)の書(ふみ)を見(み)るに謀反(むへん)の心(こころ)ありとは明(あき)らかに見(み)つ。是(ここ)を以(もち)て法(のり)のまにまに治(をさ)め賜(たま)ふと宣(の)る」とのたまふ。
岩波書店[新日本古典文学大系]『続日本紀四』p.86-p.87

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吾妹子が赤裳の裾のひづちなむ今日の小雨にわれさへ濡れな

作者:不詳 出典:[万葉集7]1090/1094
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.236

「さへ」の用例。丸谷才一の説明:「われさへ濡れな」は「わたしも濡れたい」

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わが故に思ひな痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ

作者:遣新羅使 出典:[万葉集15]3586/3608
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.351

「ものゆゑ」の用例。大野晋の解:「私のことを思って痩せたりしないで下さい。秋風の吹くその月には必ず逢うものと決まっているのだから」。出発に際して男から、残る女へ贈った歌。

出発は天平8年6月だったので、男はすぐにでも帰ってくると詠んだわけだが、実際の帰還は翌天平9年春だった。

参考 (「筑紫を廻り来て、海路にして京に入らむとし、播磨の国の家島に至りし時に作る歌五首」(詞書) の第2歌):
草枕旅に久しくあらめやと妹に言ひしを年の経ぬらく (遣新羅使 [万葉集15]3719/3741)

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わが宿の花たちばなにほととぎす今こそ鳴かめ友に会へるとき

作者:大伴書持(おほとものふみもち) 出典:[万葉集8]1481/1485
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.384

助動詞「む」の用例。催促。『日本語で一番大切なもの』における解:「私の家の花たちばなにいるほととぎすよ、いま友達と会っているこの時に鳴きなさいよ」

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我宿にさける藤浪立ちかへり過ぎがてにのみ人のみるらむ

作者:凡河内躬恒 出典:[古今和歌集2]120
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.400

大野晋の説明:「らむ」とあるが疑の心がない例。時枝誠記が「わが宿に咲いている藤の花を行きすぎることができなくて立ちかえり、人が見ることだな」と云う意味だとした。

「藤浪」は、藤の花房が風に靡いて揺れる様子を波に見立てたもの。

「なみ」、「のみ」、「のみ」と類似音が重なっていることに注意。

[ゑ]補足:「過ぎがてにのみ」の「のみ」は強調。「だけ」と云う意味ではない。「通り過ぎることができず、本当に立ち返って」ぐらいの意味。

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わが身のかくいたづらに沈めるだにあるを......もし我におくれてその志とげず、この思ひおきつる宿世たがはば海に入りね

作者:紫式部 出典:源氏物語[若紫]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.255

大野晋の説明と解:この「だに」は「すら」に近い。「沈んでいるのすら(耐えがたいのに)まして...」

『源氏物語』[若紫]
「さて、その女は」と、問ひ給ふ。
「けしうはあらず、かたち・心ばせなど、侍るなり。代々の國の司など、用意ことにして、さる心ばへ見すなれど、更にうけひかず。『我が身の、かく、いたづらに沈めるだにあるを、この人一人にこそあれ、おもふさま、殊なり。もし、われに後れて、その心ざしとげず、この、おもひおきつる宿世たがはば、海に入りね』と、つねに、遺言しおきて侍るなる」
と聞こゆれば、君もをかしと聞き賜ふ。
岩波文庫『源氏物語(一)』p.166-p.167

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わが欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉そ拾はぬ

作者:中皇命 出典:[万葉集1]12
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.101

助詞「そ」の用例。
大野晋の説明と解:「玉そ拾はぬ」と連体形で終わっている。これは、「拾はぬ(は)玉そ」の倒置である。
「私が見せたいと思った野島は見せた。阿胡根の浦の玉である、まだ拾わないものは」。

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わが袖は手本とほりて濡れぬとも恋忘れ貝取らずは行かじ

作者:遣新羅使 出典:[万葉集15]3711/3733
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.372

条件節を作る「ずは」の用例。「手元」の訓は「たもと」。「恋忘れ貝」は、それを拾うと恋の苦しさを忘れると云う貝。二枚貝のバラバラになった一方、又はアワビを指すと云う。

大野晋の解:「着物の袖が濡れてしまうとしても、私は恋忘れ貝を拾わずには行くまい」。

参考 (前2首及び後1首の中のこの歌):
家づとに貝を拾ふと沖辺より寄せ来る波に衣手濡れぬ (遣新羅使 [万葉集15]3709/3731)
潮干なばまたも我れ来むいざ行かむ沖つ潮騒高く立ち来ぬ (遣新羅使 [万葉集15]3710/3732)
我が袖は手本通りて濡れぬとも恋忘れ貝取らずは行かじ (遣新羅使 [万葉集15]3711/3733)
ぬばたまの妹が干すべくあらなくに我が衣手を濡れていかにせむ (遣新羅使 [万葉集15]3712/3734)


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わが袖はしほひに見えぬ沖の石の人こそしらねかわく間もなし

作者:二条院讃岐 出典:[百人一首]92/[千載和歌集12]760
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.371

「見えぬ」。「ぬ」は否定の助動詞「ず」の連体形。

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わが背子が来まさぬ宵の秋風は来ぬ人よりもうらめしきかな

作者:曽禰好忠 出典:[拾遺和歌集13]833
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.294

大野晋の説明:「が」は、本来体言と体言とを結ぶものだったが、この歌では「わが背子が宵」に「来まさぬ」が入っている。

「背子」は女性が夫・恋人を呼ぶ場合にも、男性が男性の友人を呼ぶ場合にも使われるが、この歌は『拾遺和歌集』の「恋三」に収められているから、女性の立場で詠んだものとしておいてよいだろう。「あの人が来てくれない夕方に秋風が吹くと、あるいは、飽きられてしまったのかもしれないと気を揉んで、あの人が来てくれないことよりも、本当はどうなのかと、そちらの方が気にかかりつづけます」

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わが背子がイ立たせりけむ厳橿がもと

作者:額田王 出典:[万葉集1]9
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
この句は、『万葉集』中の難訓歌に登場する。参考:
莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子がい立たせりけむ厳橿が本 (額田王 [万葉集1]9)

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わが里に大雪ふれり大原の古りにし里にふらまくは後

作者:天武天皇 出典:[万葉集1]103
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.275

大野晋の説明:「大原の」が「古りにし里」の形容詞になっている。これは、「の」が、「大和の国」のような存在の場所を示すことから広がって、命名したり、指名したりする用法が生じたのである。「吉野の山」と言えば、「吉野にある山」でもあるし、「吉野という山」でもあるのと同じである。それで「の」は「...という」と訳せるのである。

詞書は「天皇、藤原夫人に賜ふ御歌一首」。「天皇」は天武帝。「藤原夫人」は、藤原鎌足の娘、五百重姫。「夫人」は天皇に侍す女性の地位で第3位 (上から順に「皇后」・「妃」・「夫人」・「嬪」)。

「大原」は藤原鎌足誕生の伝承地。『万葉集』中の次歌から、当時藤原夫人がいたことが分かる。天武天皇がいた飛鳥浄御原宮から直線距離で 1km 足らずしか離れていなかった筈であるが、天皇がこちらは大雪が降ったけれど、田舎であるそちらに降るのはこれからだろうと揶揄ったのである。「ふれり」と「古りにし」と「ふらまく」で音が重なり、「大雪」と「大原」で音が重なり、「里」が重出する。

これに対し、藤原夫人は「我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ (藤原夫人 [万葉集2]104)」と、「おかみ」(水神) に頼んで大原で降らせてもらった雪が砕けて、そちらに飛び散ったのでしょうよ、と切り返している (ただし、折口信夫は『水の女』の中で、[万葉集2]104 に就いて「藤原氏の女の、水の神に縁のあった事を見せてゐるのである」と記している)。「岡」は明日香の地名かもしもないが、あるいは、天武御製で「里」とあったのに対比させたか?

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わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり

作者:源有仁 出典:[新古今和歌集11]1027
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.223

丸谷才一の指摘:『国歌大観』に載っている歌の中でただ一つ「我が恋も」とある歌。
大野晋の説明:この歌では、「わが恋も」と「軒のしのぶも」と二つ並べて肯定しているので、「も」の新しい使い方。

「しのぶ」は、「(恋を)隠す」と云う意味での上二段動詞「しのび」(連用形) を掛けてある。「私の恋も今はもう顔色に出てしまえば良いのに。(恋を隠すために吊るした)軒の忍草の葉も色が変わっていましたよ」。シノブグサ (ノキシノブ) は常緑性なので、基本的には「紅葉・黄葉」しない筈だが、何らかの事情で変色したか?

参考(詞書):「忍草の紅葉したるにつけて、女のもとに遣はしける

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わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風騒ぐなり

作者:慈円 出典:[新古今和歌集11]1030
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.220, p.291

丸谷才一の紹介する所では、窪田敏夫に、王朝和歌の本質は謎と答えであると云う説がある。それを、この歌に当て嵌めると、「わが恋は松を時雨の染めかねて」と云う謎に対して「真葛が原に風騒ぐなり」と云う答えを出す形になっている。

「真葛が原に風騒ぐなり」は「うらみ」に掛けてあるのだろう。『日本語で一番大切なもの』では解はあたえられていない。強いて付けるならば「私の恋のことを言うならば、いくら時雨に濡れても松が色を変えないように、いくら待ってもあの人の心は変わらないのだ。その代わりに、葛の生い茂った野原である真葛が原に風が吹き騒いで一面の葛の葉の裏が見えるように、私の心は『うらみ』で一杯になるくらいあの人への思いが吹き騒いでいる」。

p.291 では、地名は「が」で承けることが多い例として引用 (「真葛が原」)。

参考 (「嵐吹く真葛が原」):
嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらん (俊恵法師 [新古今和歌集5]440)

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わが恋はしる人もなし堰く床の涙もらすな黄楊の小枕

作者:式子内親王 出典:[新古今和歌集11]1036
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.213

提題の「は」の典型例。
丸谷才一の解:「わたしの恋は知っている人もいない。せきとめている私の涙をもらすな、枕は人に告げ口をするといわれる、その黄楊の枕よ」
([ゑ]補足。パラフレーズすると「わたしの恋を知る人はいない。せっかく床が私の涙をせき止めてくれているのに、漏らさないでおくれ、黄楊の枕よ」。「人にもらすな」ということだが「涙をもらすな」をかけいてる)

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わが恋は知らぬ山路にあらなくにまどふ心ぞわびしかりける

作者:紀貫之 出典:[古今和歌集12]597
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.287

「わが恋」。内扱いの助詞「が」の用例。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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わが心なぐさめかねつ更科やをばすて山に照る月を見て

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集17]878
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.72

地名+「や」で「...の」、「...にある」を意味する例。

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若草の や 妹も乗せたり あいそ 我も乗せたり や 船かたぶくな 船かたぶくな

作者:未確認又は該当情報なし 出典:神楽歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.68

丸谷才一の説明:この終助詞「や」は掛け声。

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わが門の片山椿まこと汝我が手触れなな土に落ちもかも

作者:物部広足(もののべのひろたり) 出典:[万葉集20]4418/4442
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.365

「汝」の訓は「なれ」。大野晋の説明によれば、「我が手触れな」の「な」は上代東国方言「なふ」の未然形とは言えない。この型の例は10例たらずあるが、上野国、武蔵国など「なふ」の分布と同じ国で使われる。しかし、用例をみると、「な」は連体形である。この歌場合も「なな」の下の「な」は、助詞「に」の訛りと見られるから、この場合も上の「な」は連体形。文脈上、「なな」は「ずに」、「ぬに」と解釈されるので、終止形又は連体形だが、どちらかは決めがたいが、未然形ではない。

参考 (原文):
和我可度乃 可多夜麻都婆伎 麻己等奈礼 和我弖布礼奈々 都知尓於知母加毛

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わが門の榎の実もり喫む百千鳥千鳥は来れど君そ来まさぬ

作者:不詳 出典:[万葉集16]3872/3894
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.101

助詞「そ」の用例。「も り」は「もぎ」の子音交代形。
大野晋の説明:「君そ来まさぬ」は、「来まさぬ(人は)君そ」の倒置で、「来まさぬ」は「人」に係るから連体形になる。それが、倒置されれば、その連体形が下にくることになる。こうして、連体形で終わる形の係結びが成立した。
「わたしの家の門のところに植えてある榎の木の実をもぎ取って食べにいろいろな鳥はくるけれど、あなたの方は来ない」。

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わが命も常にはあらぬか昔見し象の小川をゆきてみむため

作者:大伴旅人 出典:[万葉集3]332/335
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.67

「も...か」の呼応だが、万葉集で「も...ぬか」となっているときは願望になる。
丸谷才一の解:「昔見たことのある象の小川をもう一度みるために、私の命もずっとあってほしいものだ」。

大伴旅人が太宰帥の時の詠歌。この歌は、次の5首作の第2歌:
  帥大伴卿が歌五首
我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ
(大伴旅人 [万葉集3]331/334)
我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため (大伴旅人 [万葉集3]332/335)
浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも (大伴旅人 [万葉集3]333/336)
忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため (大伴旅人 [万葉集3]334/337)
我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にありこそ (大伴旅人 [万葉集3]335/338)

大伴旅人が「象の小川」に何時何度行ったかに就いては未調査。

参考:「「昔見し象(さき)の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも (大伴旅人 [万葉集3]316/319)」

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らんは全く疑也。故にらんと留るは上に疑の詞にても、てにはにても有へしとぞ。疑の詞は〽いつ〽いづれ〽たれ〽など〽さぞ等也。疑のてにはは、かの字やの字也

作者:栂井道敏 出典:てには網引綱
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.399

「らん(らむ)」の上には「いつ」、「いづれ」、「たれ」などが来ると云うことを言っている。

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夜ひかる玉といふとも酒飲みて情をやるにあに若かめやも

作者:大伴旅人 出典:[万葉集3]346/349
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.360

『万葉集』における「あに」の使用例。
「夜ひかる玉」は伝説上の宝珠。

参考:
[《述異記》卷上]:南海有明珠,即鲸魚目瞳。鲸魚死而目皆無精,可以鑒,謂之夜光。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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夜やくらき道やまどへる郭公わが宿をしもすぎがてに鳴く

作者:紀友則 出典:[古今和歌集3]154
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.128

大野晋の説明:『古今集』になると、「や」の使い方が少し広くなって、疑いや、不明のことに使うようになった。この歌は、形としては倒置だが、倒置として直訳すると、もう通じない。
丸谷才一は、「夜やくらき」が、係結びであることが分っていないと「くらき道」と誤読すると云う話を紹介している。
大野晋の解は「郭公がわが宿をすぎにくくてわが宿で鳴いている。おまえさん、夜が暗いのかい、道を間違えて迷っているのかい」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはで音をのみぞ泣く

作者:藤原実頼 出典:[新古今和歌集14]1234
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.122

「夜ごとにあなたを可哀想だな可哀想だなと思いながら、口に出すことができないで自分だけで泣いているんですよ」。この歌の前に、何かあって、それに対する言い訣。この「宵々」を逆手にとられて「君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなる心地かはする (読人しらず [新古今和歌集14]1235)」と切り替えされてしまった。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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宵なは来なに明けぬしだ来る

作者:東歌 出典:[万葉集14]3461/3480
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.365

上代東国方言の例。
大野晋の説明:「な」は、体言を承ける助詞「に」の前にあるから、「な」は連体形である。「宵なは来なに明けぬしだ来る(宵ニハ訪ネテ来ズニ、夜ガ明ケタトキニ訪ネテ来ル)」と相手を責めている。

あぜと言へかさ寝に逢はなくにま日暮れて宵なは来なに明けぬしだ来る (東歌 [万葉集14]3461/3480)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
「あぜ」は上代東国方言。「どうして・なぜ」や「どう・いかに」を意味する。「しだ」も上代東国方言らしい。「(...する)時」を意味する。現代語の「行きしな」、「帰りしな」の「しな」の古語。
「あぜと言へか」については、「どういうわけか」、「何と言うか」などの釈義が与えられるのが普通らしいが、私自身の判断はここでは控える。

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世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり

作者:大伴旅人 出典:[万葉集5]793/796
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.26, p.28

気付きの助動詞「けり」の用例。「いよよますます悲しかりけり」の形で p.28 に再出。
神亀5年6月23日の作歌。大伴旅人は神亀5年4月初旬に妻の大伴郎女を失っていた (その前にも、弟の大伴宿奈麻呂が亡くなっていたらしい)。従って、勿論、この歌は「哀傷」なのだが、「悲し」には、現代語と重なる意味の他に「愛おしい」と云う意味もあることは無視してはならないだろう。このことに引き寄せた解を示しておくと:「生きることのはかなさ知った今、生きることがますます愛おしくなりました」。

参考 (「愛おしい」と云う意味の「悲し」の用例):
大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の子と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂しく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄る辺なみ 左夫流その子に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ [佐夫流と言ふは遊行女婦が字なり] (大伴家持 [万葉集18]4106/4130)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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世にふるも更に宗祇の宿り哉

作者:芭蕉 出典:[虚栗]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.350

詞書:「手づから雨のわび笠をはりて」。
安藤次男は「前書がなければこの句に俳はない」と断じていて (文春文庫『芭蕉百五十句』p.283) そのこと自体には反論しづらいが、前書き込みで俳味があれば、そうするのが正しい味わい方なのではあるまいか。宗祇の句も二条院讃岐の歌も、当然のこととして文彩的借景とすべきだろう。
世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくもすぐる初時雨かな (二条院讃岐 [新古今和歌集6]590)」
世にふるもさらに時雨の宿り哉 (宗祇 [新撰菟玖波集20]3801)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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世にふるもさらに時雨の宿り哉

作者:宗祇 出典: [新撰菟玖波集20]3801
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.350

世にふるもさらに時雨の宿り哉」は [新撰菟玖波集20]3801 (「時代統合情報システム:新撰菟玖波集」参照) 以外にも [時代統合情報システム:萱草]、[発句判詞]、[自然斎発句]1355 に見られる。因みに、この発句は、次の句に和したものである:
  応仁の頃、世の乱れ侍りし時、東に下りてつかうまつりける
雲はなほ定めある世の時雨かな
(権大僧都心敬 [新撰菟玖波集20]3800)

参考:
世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくもすぐる初時雨かな (二条院讃岐 [新古今和歌集6]590)
世にふるも更に宗祇の宿り哉 (芭蕉 [虚栗])

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくもすぐる初時雨かな

作者:二条院讃岐 出典:[新古今和歌集6]590
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.349

「ものを」の用例。「人間は世の中を苦労しながら生き渡るものなのに、初時雨の方は、槙葺きの屋根をやすやすと過ぎ渡っていくことですね」。「世」は「夜」を、「ふる」は「経る」と「降る」を掛け、さらに「すぐる」と対応する。また「苦しき」と「やすく」とが対比する。「真木の屋」と「時雨」は縁語。

参考 (類歌及び派生):
まきの屋に時雨の音のかはるかな紅葉や深く散り積るらむ (藤原実房 [新古今和歌集6]589)
音にさへたもとをぬらすしぐれな眞木の板屋の夜半の寐覚めに (源定信 [千載和歌集6]403)
まばらなる真木の板屋に音はしてもらぬしぐれや木の葉なるらん (藤原俊成 [千載和歌集6]404)
まきの屋の時雨の音を聞く袖に月のもり来てやとりぬるかな (西行 [西行法師家集 冬]294)
世にふるもさらに時雨の宿り哉 (宗祇 [新撰菟玖波集20]3801)
世にふるも更に宗祇の宿り哉 (芭蕉 [虚栗])

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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よしさらば後の世とだに頼めおけつらさにたへぬ身ともこそなれ

作者:藤原俊成 出典:[新古今和歌集13]1232
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.172

「こそ」による係結びの例。「もこそ」は、「もぞ」同様、危惧、懸念を表わす。藤原俊成が、藤原定家の母になることになる女性 (美福門院加賀) に贈った歌。

大野晋の解:「よし、それならばせめてあの世で (一緒になろうと) だけでも頼みにさせておいてくれ、そのあなたの態度の辛さに耐えない身になってしまうといけないから」。

うーむ。私 ([ゑ]) の理解は少し違う。「頼めおけ」が命令形であることに注意しなければならない。この言葉は美福門院加賀には向けられえない。藤原俊成にかけられてこそ意味がある「諭し」なのだ。つまり、この歌は、藤原俊成が自分自身に言い聞かせている形だ (勿論、女に聞いてもらいたい「独り言」なのだが)。だから解を付けるなら「よしそう云うことなら、来世だけでも当てにするのだ。この恋の苦しさに堪えられなくなるようだから」になる。つまり、「このままでは恋の苦しさに死んでしまうにちがいない。それでも、来世だけでも当てにしながら死んでいこう」ということだろう。女が冷淡なので、拗ねているのだ。

返歌は「頼めおかんたださばかりを契りにて憂き世の中の夢になしてよ (藤原定家母/美福門院加賀 [新古今和歌集13]1233)」。こちらの方の解は「『来世だけでも当てにするのだ』と思えてしまえるのですね。では、それぐらいのご縁だと云うことで、あなたの恋心を、儚いこの世の夢と云うことにしてください」

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。

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能く渟れる水かな

作者:未確認又は該当情報なし 出典:常陸風土記
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.11, p.20

奈良時代の「かな」の用例はこれ一つ。

奈良時代に「かな」の用例が他に存在しないので、「かな」が上代東国方言であろうと推定されるが、(以下『日本語で一番大切なもの』p.28) 厳密には上代東国語にそうした例があるとだけしか言えない。

参考 ([常陸國風土記])
郡の東十里に桑原の岳あり。昔、倭武の天皇、岳の上に停留り給ひて御膳を進奉りき。時に水部をして新ち清井を掘らしめしかば、出泉淨く香り、飲み喫ふに尤好かりき。勅り給ひしく「能く渟れる水かな」 [俗によくたまれるみづかなといふ] と宣り給ひき。是に由りて、里の名を田餘と謂ふ。[以下略す] (岩波文庫『風土記』 p.55)

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由良のとを渡るふな人かぢをたえ行方も知らぬ恋の道かも

作者:曽禰好忠 出典:[百人一首]46/[新古今和歌集11]1071
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.22, p.332

この歌では「かも」と「かな」の異同が甚だしい。丸谷才一の説明によれば、岩波古典体系の『新古今和歌集』では「かも」。 東洋文庫にある素庵加筆本『百人一首』、後水尾院宸筆本の『百人一首』、私家集大成の『曽丹集』は「かな」。朝日古典全書の『新古今和歌集』も「かな」だが、その底本では「かも」で、校訂者の小島吉雄が流布本に従って直したものである。

p.332 での引用形は「ゆらの戸をわたる舟人かぢを絶えゆくへも知らぬ恋のみちかも」。橋本進吉は「かぢを絶え」の「かぢを」を客語ととらえて「楫を絶たれ」と解釈するが (丸谷才一の紹介)、大野晋は、これに反対して「かぢを」は「梶緒」であるとする。

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夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりそ今も寝ねがてにする

作者:不詳 出典:[万葉集11]2588/2593
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.103

「ぞ」による係結びの例。倒置表現であることがはっきりしている。大野晋の解:「今になっても眠れないのは、夕方になったらあなたが来るだろうと、昨夜から一晩中待っていた、そのなごりです」

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夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつ空なる人を恋ふとて

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集11恋歌1]484
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.108

「ぞ」による係結びの例。「はたて」は「はて」の意。

[ゑ]補足:「あまつ空なる人」を「高貴な人」と解釈することが行なわれているようだが、私は、これには異論がある。なるほど「身分差」はあるかもしれないが、「手が届かぬほど」とは思えない。ここで「あま (天)」とあるのは、「雲のはたて」の縁語として置かれていることを忘れてはならない。そして、「あま」は「あまつ空なる人」と云う形で「空なる人」、つまり「不実な恋人」を導く。そうした恋人に如何しようもなく惹かれてしまっている (「恋ふ」) ために、これからの成り行きに自信が持てず悩んでいる (「物ぞ思ふ」) のだ。ただ、私には「夕ぐれは雲のはたてに」が、微妙に分からない。あるいは、(夕焼け)雲で占いをしているのか、それとも、恋人からの連絡がない憂愁を雲を見て遣り過ごしているのかとも思うが、それを判断する材料がない。
私なりの解を与えておくと「夕暮れの空の雲の果てを眺めながら、私は恋の先行きをなやむ。上の空の態度をとるあの人に如何しようもなく惹かれてしまっているので」。

参考 (「そらなる人」の例。[源氏物語39]「夕霧」)
山がつの籬をこめて立つ霧も心そらなる人はとゞめず (岩波文庫『源氏物語(四)』p.209)

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湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

作者:久保田万太郎 出典:流寓抄以後(昭和38年)
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.9

戦後俳句の代表作。

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ゆくものはかくのごときか昼夜をおかず

作者:孔子 出典:[論語]子罕
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.119

参考 (『論語』[子罕第九]):「子在川上曰。逝者如斯夫。不舎晝夜。」『論語の新研究』(宮崎市定。東京。岩波書店。1974年) p.253

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行春や鳥啼き魚の目は泪

作者:芭蕉 出典:[奥の細道]千住旅立ち
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74, p.75

俳句の切字「や」の例。p.75 では「行春や」の形で引用されている。

参考 ([奥の細道]千住旅立ち):
彌生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は在明にて光おさまれる物から、不二の峰幽かにみえて、上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝく。
  行春や鳥啼魚の目は泪
是を矢立の初として行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。
岩波文庫『奥の細道』p.10

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ゆく年のをしくもあるかな増鏡みるかげさへにくれぬと思へば

作者:紀貫之 出典:[古今和歌集6]342
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.65

「も」を「かな」で承けている例。『日本語で一番大切なもの』での説明:「な」を付けることで字余りになってしまっているが、「をしくもあるか」で切ったのでは強くなりすぎるので、「な」を付けたのだろう。

『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。

実は、私 ([ゑ]) は、この歌の大意を掴めないままでいる。「かげさへにくれぬと思ふ」であって「かげさへくれぬと思ふ」ではないから、「くれぬ」は「年」だけに係っていると考えて良いだろう(大体、「かげさへくれぬ」では意味が取りづらい)が、しかし、それでは「みるかげ」と「としくれぬ」とは、どう繋がるのかと云うと、私には説明が付かない。「増鏡」が只の枕詞で意味を担わないとすると、「かげ」の含意がまとまらなくなるから、「みるかげ」が「鏡に映る自分の姿」であることは動かせないから、そこから「としくれぬ」を導かねばならないのだが、すっきりした筋道がたてられないでいるのだ。
ただし、「年」と「増」が縁語になっているから、この歌は、単純に鏡に映った自らの姿の老醜を嘆くようなものではないにしろ (「現状が続いてほしい」と思っている初二句に注意)、抗いがたい時の流れへの嘆きを詠っていることは確かだ。
一応、疑問点を残したまま、解を作るとこうなる:「今年が終わってしまうのが残念でたまらない。鏡の中に映る自分の姿を見てさえ『また一年が終わってしまう (また一つ年を取ってしまう)』と思うので」。

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ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし

作者:鴨長明 出典:方丈記
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.119

『方丈記』の冒頭部分。

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雪のうちに春は来にけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらん

作者:二条后 出典:[古今和歌集1]4
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.391

うぐひすの泪のつらら打解けて古巣ながらや春を知るらん (惟明親王 [新古今和歌集1]31)」の本歌。

この歌に契沖が注を付けて、鳥が泣くことはないから、泪は流さないと云うのは散文的な考え方だとした。

丸谷才一『新々百人一首』所収歌 (新潮文庫『新々百人一首(上)』p.41-p.p.70)。

『日本語で一番大切なもの』には(また『新々百人一首』にも) 解は与えられていないようなので、私なりものを付けておく:「雪はまだ降っているのに立春の日が来てしまいましたね。冬の間ないて出来た鶯の涙のつららは、今溶けていることでしょう」。

参考(『古今和歌集』における前後の歌):
春霞立てるやいづこみ吉野の吉野の山に雪は降りつつ (よみ人しらず [古今和歌集1]3)
梅が枝にきゐるうぐひす春かけてなけどもいまだ雪は降りつつ (よみ人しらず [古今和歌集1]5)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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雪とのみふるだにあるを桜花いかにちれとか風の吹くらむ

作者:凡河内躬恒 出典:[古今和歌集2]86
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.121, p.393

p.121 では係助詞「か」の用例として引用されている。丸谷才一の解:「まるで雪のように桜の花が降っているのに、つまり、これだけでも十分なのに、これ以上どんなふうに散れと風が吹くのだろうか」。
「だに」は、本来否定・推量・仮定・意思・願望・命令 (不確定な表現) で終わり、「せめて...だけでも」を意味し、特に否定表現で終わるばあいには「せめて...だけでもと願っても、それもない」を意味した。しかし、「...だにある」と肯定的に終わる場合には、「...まである」、「...すらある」、「...さえある」を意味する。

p.393 では、「か」をを受ける理由の推量の「らむ」の用例として引用されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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山より出づる北時雨、行くへや定めなかるらん

作者:金春禅竹 出典:能「定家」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.402

「かな」に相当する「らん」の例。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足 (金春禅竹 「定家」)
山より出づる 北時雨、山より出づる 北時雨、行くへや定め なかるらん
(岩波日本古典文學大系「謡曲集(下)」p.47)

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山の際ゆ出雲の子らは霧なれや吉野の山の嶺にたなびく

作者:柿本人麻呂 出典:[万葉集3]429/432
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.146

已然形の用法。「なれ」+「や」で「なれや」の場合。
大野晋の説明によれば、恋人が死んで、吉野の山で火葬にして、その火葬の煙がたなびいていると云う歌である、と云うのだが、「出雲の子」が柿本人麻呂の恋人でなくても成立するだろう。
「出雲の子らは霧であるんですかね」と、相手に聞く形で、そんなはずはないとそれを否定している。「なれ」と云う已然形で「あるので」と云う部分までを含んでいる。平安時代になると已然形には、「ば」か「ど」を付けて、「ば」の場合か「ど」の場合かをはっきり示すようになった。

詞書は、「溺れ死にし出雲娘子を吉野に火葬る時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌二首」。「火葬る」の訓は「やきはぶる」。もう一首は「八雲さす出雲の子らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ (柿本人麻呂 [万葉集3]429/432)」。
一応私なりの解をを付けておく:「出雲娘子は霧である訣はないだろうに、煙が山間を抜けて去って、吉野の山の嶺にたなびいている」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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山里は冬ぞさびしさまさりけるひとめも草もかれぬと思へば

作者:源宗于(みなもとのむねゆき) 出典:[百人一首]28/[古今和歌集6]315
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.421

「ぞ」による係結びの例。「ぞ」で「冬ぞさびしさまさりける」と云う倒置が起こっているが、歌全体でも、初三句と下二句とが倒置されている。
『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。そこで一応私なりのものを付けておくが、その際注意したいのは、「ひとめ」は、通常「人目」、つまり「人の訪問」と説明されているが、そればかりではなく、「め」が「芽」に掛けてあるだろうことだ。「『山里』と云うものは、冬に寂しさが一層増すことが分りました。人の訪問も絶え、木の芽も草も見当たらなくなったり枯れてしまうことを考えますと。」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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山里は人来させじと思はねど訪はるることぞうとくなりゆく

作者:西行 出典:[新古今和歌集17]1658
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.382

一人称を承ける「じ」は「...ないつもりだ」「...しまい」を意味する。丸谷才一の解は、「この山里に誰も来させまいと思うわけではないければも、訪ねてこられることが次第に少なくなっていく」だが、なんだか微妙だな。
対抗するつもりはないが、私の解も付けておく:「山里に住んだのは、人を来させまいと思ってしていることではないのですが、人に訪問されなくても気にならなくなっています」。この「人」は「あなた」に置き換えてもよいかもしれない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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八百日行く浜の沙もわが恋にあに益らじか沖つ島守


作者:笠女郎 出典:[万葉集4]596/599
中公文庫版『日本語で一番大事なもの』p.360

『万葉集』における「あに」の使用例。「八百日」の訓は「やほか」。「沙」の訓は「まなご」。「益らじ」の訓は「まさらじ」。「笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌二十四首」(詞書) のうちの1首。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

--付記(2010-04-08 [木] 07:56)入力ミスを訂正した:


  1. [益らじ > 益らじか] ([nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』引用文索引]の対応部分も同様に修正)

  2. [大切 > 大事"] (引用書名)


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社し無かリせば

作者:佐伯赤麻呂 出典:[万葉集3]404/407
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.323

「し」の使用例。下に条件句が来ている。「ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを (作者不詳(娘子) [万葉集3]404/407)」。この歌の詞書は「娘子、佐伯宿禰赤麻呂が贈る歌に報ふる一首」。「粟蒔かまし」に「逢はまかまし」を掛けている。「佐伯宿禰赤麻呂が贈る歌」は見当たらない。

参考 (この歌に続く2首):
  佐伯宿禰赤麻呂がさらに贈る歌一首
春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし
(佐伯赤麻呂 [万葉集3]405/408)
  娘子がまた報ふる歌一首
我が祭る神にはあらずますらをに憑きたる神ぞよく祭るべし
(作者不詳(娘子) [万葉集3]406/409)
「社」や「神」が、赤麻呂の「妻」をたとえるのに使われいてる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ヤア虎が涙のしるしが見えて、空が曇つた

作者:近松門左衛門 出典:心中刃は氷の朔日
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.425

「ぞ」から「が」への移行は、江戸時代に入ると確立する。「空が曇つた」も、そうした一例。([ゑ]注:この例は連体形終止がハッキリしていないようだ。)

「虎が涙」:陰暦5月28日に降る雨。愛人曾我十郎祐成の討ち死にを悲しむ大磯の遊女虎御前の涙が雨となって降ると伝える。虎が雨。曾我の雨。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ももしきや古き軒ばのしのぶにもなほあまりある昔なりけり

作者:順徳院 出典:[百人一首]100/[続後撰和歌集18]1205
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74

地名に添える「や」から発展して、普通名詞に添える間投助詞「や」が出てきて、『新古今和歌集』では、普通名詞+間投助詞「や」の形が非常に多くなるが、この歌もそうした『新古今』時代の作。
「しのぶ」は「しのぶ草」と動詞「しのぶ」の両方が掛けてある。動詞「しのぶ」は「昔を偲ぶ」の意 (もともとは四段動詞、平安時代には上二段活用する例も出てきた)。

「しのぶ」は「隠す」を意味する上二段動詞である場合もあるが、その場合は連体形が「シノブル」となり、この歌の「しのぶにも」とは合致しない。

参考 (「シノブグサ」に「隠す」の意味の「しのぶ」が掛けてある例)
わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり (源有仁 [新古今和歌集11]1027)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮しつ

作者:山部赤人 出典:[新古今和歌集2]104
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.84, p.150

p.84 では、助詞「や」の用例として引用されている。
『日本語で一番大切なもの』における論議:この歌を直訳して「大宮人は桜をかざして今日も暮らしている。いとまがあるからなんだな」と解釈すればいちおう解けるが、これを「暇があるからか」ととるのは無趣味。それを一歩進めると、「いとまもあるはずもないのに」という意味になり、歌柄が良くない。だから「大宮人は暇があるんだな」くらいにとる方がいい。
「や」には、自分の見込み、推定が含まれいてる。

p.150 では、「あれや」の用例として引用されている。
『日本語で一番大切なもの』における論議:この歌は『万葉集』「ももしきの大宮人はいとまあれや梅をかざしてここに集へる (山部赤人 [万葉集10]1883/1887)」からの引き歌で、『万葉集』でもやっはり「暇あれや」と言っているから、「暇があるからなんだな」というのが古い形で、それなら疑いでもあるし、場合によると話者の見込みであるから、反語にもなる。自分の見込んでいる理由を入れる言い方は、『万葉』、『古今』、『新古今』では、『万葉』がいちばんはっきりしていて、だんだん薄れていく。だから『新古今』を読み慣れていると、これを気分で受けとろうとする。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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もみぢ葉の流れざりせば立田川水の秋をば誰かしらまし

作者:坂上是則 出典:[古今和歌集5]302
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.120

係結び「誰かしらまし」の使用例。係結びが形式化してきている。「鶯の谷よりいづる声なくは春くることを誰かしらまし (大江千里 [古今和歌集1]14)」を参照。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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もとなし恋ば

作者:大伴坂上郎女 出典:[万葉集4]723/726
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.323

「し」の使用例。下に条件句が来ることが多いが、そうした例。「もとな」は「とめどもなく」、「みだりに」の意。
常世にと 我が行かなくに 小金門に もの悲しらに 思へりし 我が子の刀自を ぬばたまの 夜昼といはず 思ふにし 我が身は痩せぬ 嘆くにし 袖さへ濡れぬ かくばかり もとなし恋ひば 故郷に この月ごろも 有りかつましじ (大伴坂上郎女 [万葉集4]723/726)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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最上川のぼればくだる稲舟の否にはあらずこの月ばかり

作者:東歌 出典:[古今和歌集20]1092
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.43

否定の返事「いな」の例。丸谷才一の説明:第一句から第三句までは序。男から口説かれた女が「嫌ではないのだけれど、いまだけは月の触りがあるから」と否んでいる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

作者:斎藤茂吉 出典:『白き山』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.9

現代和歌での「けるかも」の用例。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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紫のひともとゆゑに武藏野の草はみながらあはれとぞ見る

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集17]867
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.106

「ぞ」による係結びの例。「みながら」は「全部そのままで」の意。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも

作者:天武天皇 出典:[万葉集1]21
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.77

あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる (額田王 [万葉集1]20)」への返歌。
額田王では「紫野」は具体的に紫草を栽培している草園を指しているが、天武天皇の歌では、同音の「紫草の」は「にほへる」(美しい顔である) に係る枕詞である。
女の方が、不倫が露見するかもしれない軽率な行動を男がとっていることを叱っているのに対し、男の方が「だって好きなんだから人妻でもしょうがないよ」とずれた答えをして、取り合わないでいる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足:2008-09-09[火]
「美しい女性よ。あなたに腹を立てているのだとしてら、(無理だろうとは思いつつも) 人妻であるあなたを何とかして手に入れたいなどと思うでしょうか?」
([nouse: 「先生」・「先生」・「先生」の聲] 参照)

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虫のごと声にたててはなかねども泪のみこそ下に流るれ

作者:清原深養父 出典:[古今和歌集12]581
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.273

「こと」は「同じ」と云う意味。「虫と同じようには声にたててなかないけれども」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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向つ岡の若楓の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも

作者:不詳 出典:[万葉集7]1359/1363
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.316

「い」の本義は「これ」と解釈することができる。「向つ岡の-若楓の木-下枝取り」の訓は「むかつをの-わかかつらのき-しづえとり」。
「向かいの岡から採ってきた若楓の木の下枝の花が咲くのを待っている、この今、私は溜息をついてしまった」。

参照:「青柳の糸の細しさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも (作者不詳 [万葉集10]1851/1855)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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昔こそ難波田舎と言はれけめ今は京引き都びにけり

作者:藤原宇合(ふじわらのうまかい) 出典:[万葉集3]312/315
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.176

「こそ」による係結びの例。「京引き都びにけり」の訓は「みやこひきみやこびにけり」。
大野晋の解は「昔『こそ』は難波は田舎だといわれたろうけれど、いまはもう都がそこに移って、本当に都らしくなったなあ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや

作者:額田王 出典:[万葉集1]18
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.78, p.250

p.78 では、助詞「や」の用例として引用されている。「隠すか」は疑問よりも、詰問している。せめて雲だけでも情があってほしいと、相手をなじり、そして「隠さふべしや」は反語になっている。

p.250 では、助詞「だに」の用例として引用されている。

大野晋曰く:自分(額田王)は、三輪山のふもとの飛鳥の地の大海人皇子(おおあまのみこ)と一緒にいたかった。それが天智天皇により近江の都に連れられていく。「(奈良山を越えようとして南を見ると、ちょうど三輪山に雲がかかってきている)三輪山をこんな風に隠すのか、せめて雲だけでも心があってもらいたい。あの懐かしい三輪山を隠すべきではないのに」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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神山の山下とよみ行く水の水脈し絶えずは後もわが妻

作者:不詳 出典:[万葉集12]3014/3028
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.415

「ずは」の用例。この「ずは」は、「よりも」でも「ずに」でも解釈できない。大野晋は「水の流れが絶えない限り、お前は私の妻だぞ」と解釈すべきと、極めて妥当な判断をしている。「神山」の訓は「みわやま」。

大野晋の「ずは」に対する説明の要旨は、その先行部分が示す事態が「1.既に成立している」、「2.未だ成立していない」、「3.成立するはずがない」の3通りのそれぞれで含意が異なると云うものである。

「ずは」の他の用例:
かくばかり恋ひつつあらずは高山の岩根し枕きて死なましものを (磐姫皇后(磐之媛命, 磐姫, 仁徳天皇妃) [万葉集2]86)
立ちしなふ君が姿を忘れずは世の限りにや恋ひ渡りなむ (上総国郡司妻女等 [万葉集20]4441/4465)
見渡せば近きものから岩がくりかがよふ玉をとらずは止まじ (読人しらず [万葉集6]951/956)

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見わたせば柳さくらをこきまぜて都ぞ春の錦なりける

作者:素性法師 出典:[古今和歌集1]56
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.106

「ぞ」による係結びの例。

参考 (柴田清熙「見わたせば」-- [小学唱歌集(初)] 明治14年11月)
見わたせば、あおやなぎ、
花桜、こきまぜて、
みやこには、みちもせに、
春の錦をぞ。
さおひめの、おりなして、
ふるあめに、そめにける。
(岩波文庫『日本唱歌集』p.15)

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見渡せば近きものから岩がくりかがよふ玉をとらずは止まじ

作者:読人しらず。笠朝臣金村歌集所収歌。或いは車持朝臣千年の作かとも。 出典:[万葉集6]951/956
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.414

「ずは」の用例。この「ずは」は、「よりも」でも「ずに」でも解釈できない。「光っている玉を取らないではいられない」。

なお、ネット上では「岩」は「いそ」ではなく「いは」と読む例が多い (白文を示しておこう「見渡者 近物可良 石隠 加我欲布珠乎 不取不巳」) が、「岩波古語辞典」では「磯隠れ」(「いそがくれ」下二段動詞連用形) を採用して、この歌を用例としてあげている。語義は「海辺の石のかげに隱れる」。ちなみに、同辞典では「岩隠り」(「いはがくり」四段動詞連用形) には「亡くなる」の語義を与えている。

『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。一応私なりの解を付けておくと:「見渡したので近くにあることは確かだと分っている。海辺の石のかげに隱れて光り輝いている玉を取らないでおくものか」。

この歌は、やはり「ずは」の用例になっている次の歌と対 (掛け合い?) になっている:
大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ (読人しらず。笠朝臣金村歌集所収歌。或いは車持朝臣千年の作かとも。 [万葉集6]952/957)

「ずは」の他の用例:
かくばかり恋ひつつあらずは高山の岩根し枕きて死なましものを (磐姫皇后(磐之媛命, 磐姫, 仁徳天皇妃) [万葉集2]86)
立ちしなふ君が姿を忘れずは世の限りにや恋ひ渡りなむ (上総国郡司妻女等 [万葉集20]4441/4465)
神山の山下とよみ行く水の水脈し絶えずは後もわが妻 (作者不詳 [万葉集12]3014/3028)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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見る夢のうつつになるは世の常ぞ現つの夢になるぞ悲しき

作者:読人しらず 出典:[拾遺和歌集14]920
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.98

「ぞ」の用例。「世の常ぞ」の「ぞ」は「である」の意。丸谷才一の解は「夢解きが的中して、夢見が正夢で現実になるこの世間でよくあること。この仕合わせな現実が、いつかはかない夢になってしまうと思うと悲しい」。

私の解釈は、少し違う。私には、この歌から恋愛の臨場感 (勿論、この歌は恋歌である。そもそもからして、『拾遺和歌集』巻十四「恋四」所収) が伝わってこないのだ。なんとなく「他人事」と言って悪ければ、恋愛を感じていないで、恋愛を論じている風とでも言うべきか。それを踏まえて、解を作ると「見た夢が正夢で、現実になるなどは陳腐である。本物だと思っていた恋が夢と儚く消えることの方が、印象が深いのだ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足 (「世の常」の用例)
[枕草子]182
村上の前帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、「これに歌よめ。いかが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花の時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなむいひがたき」とぞ仰せられける。

おなじ人を御供にて、殿上に人さぶらはざりけるほど、たたずませ給ひけるに、炭櫃にけぶりの立ちければ、「かれは何ぞと見よ」と仰せられければ、見て帰りまゐりて、
  わたつ海の沖にこがるる物見ればあまの釣してかへるなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りて、焼くるなりけり。

(岩波文庫『枕草子』p.230-p.231)

ちなみに「雪月花の時」は『和漢朗詠集』[交友] 中の「琴詩酒の友は皆我を抛つ、雪月花の時最も君を憶ふ/琴詩酒友皆抛我 雪月花時最憶君 (白居易)」を踏まえる。

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見らくしよしも

作者:[万葉集]中で6首該当。大伴坂上郎女, 大伴坂上郎女, 柿本人麻呂, 尾張連, 大伴駿河麻呂, 大伴家持 出典:[万葉集6]983/988, [万葉集6]992/997, [万葉集7]1247/1251, [万葉集8]1421/1425, [万葉集8]1660/1664, [万葉集19]4167/4191
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.324

「し」の使用例。下に条件句が来ていない例。
山の端のささら愛壮士天の原門渡る光見らくしよしも (大伴坂上郎女 [万葉集6]983/988)
故郷の飛鳥はあれどあをによし奈良の明日香を見らくしよしも (大伴坂上郎女 [万葉集6]992/997)
大汝少御神の作らしし妹背の山を見らくしよしも (柿本人麻呂 [万葉集7]1247/1251)
春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも/春山の咲きのをゐりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも (尾張連 [万葉集8]1421/1425)
梅の花散らすあらしの音のみに聞きし我妹を見らくしよしも (大伴駿河麻呂 [万葉集8]1660/1664)
時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも (大伴家持 [万葉集19]4167/4191)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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み吉野の吉野の山の春がすみ立つを見る見るなほ雪ぞ降る

作者:紀貫之 出典:[風雅和歌集1]32
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.263

「み吉野吉野春がすみ」。この「の」は「...にある」の意味。丸谷才一の説では、この貫之の歌は、単なる風景描写ではなく、秋の収穫を祈るおまじないの歌である。「春の雪」は豊年をあらかじめ祝う、めでたいものだった。

この歌の「みるみる」は「確かに見えているにもかかわらず」だろう。
「吉野にある吉野山に春霞が立っているのが確かに見えてはいるけれど、春の雪はまだ降っている」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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み雪降る冬の林に飄風かもい巻き渡ると思ふまで

作者:柿本人麻呂 出典:[万葉集2]199
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.320

動詞に接頭語「い」が付いている例。「飄風」の読みは「つむじ」。大野晋曰く:この「い」は「息」と云う意味ではないか。

参考 (柿本人麻呂 [万葉集2]199):
  高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのうへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首并せて短歌
かけまくも ゆゆしきかも [一云 ゆゆしけれども] 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ [一云 掃ひたまひて] 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと [一云 掃へと] 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も [一云 笛の音は] 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに [一云 聞き惑ふまで] ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の [一云 冬こもり 春野焼く火の] 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に [一云 木綿の林] つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く [一云 諸人の 見惑ふまでに] 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ [一云 霰なす そちより来れば] まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに [一云 朝霜の 消なば消とふに うつせみと 争ふはしに] 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと [一云 かくしもあらむと] 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を [一云 刺す竹の 皇子の御門を] 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども
(柿本人麻呂 [万葉集2]199)
これは、万葉集中最長歌である。

ちなみに、反歌は2首あって:
ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも (柿本人麻呂 [万葉集2]200)
埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ (柿本人麻呂 [万葉集2]201)

さらに:
  或書の反歌一首
哭沢の神社にみわ据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
(柿本人麻呂 [万葉集2]202)
   右一首は、類聚歌林には「桧隈女王、泣沢の神社を怨むる歌なり」といふ。 日本紀を案ふるに、曰はく、「十年丙申の秋の七月辛丑の朔の庚戌に、後皇子尊薨ず」といふ。
「神社」の読みは「もり」。

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宮柱したつ磐根にしきたてて露もくもらぬ日のみかげかな

作者:西行 出典:[新古今和歌集19]1877
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.262

助詞「つ」の用例。丸谷才一の説明:「したつ磐根(いはね)」は『時代別国語辞典』にもないが、西行の独創ではなく大祓の祝詞にある。この場合の「したつ磐根」は、まさに自分の外界にある。

参考:
六月晦大祓〔十二月も此に准へ〕
集侍はれる親王 諸王 諸臣 百官人等諸聞食せと宣る
天皇が朝廷に仕奉る 比礼挂くる伴男 手襁挂くる伴男 靫負ふ伴男 剱佩く伴男 伴男の八十伴男を始めて 官官に仕奉る人等の 過犯しけむ雑雑の罪を 今年の六月の晦の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸聞食せと宣る
高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて 八百万の神等を 神集に集賜ひ 神議に議賜て 我が皇孫之尊は 豊葦原の水穂の国を 安国と平けく所知食と事依し奉き
如此依し奉し国中に荒振神達をば 神問しに問し賜ひ 神掃に掃賜ひて 語問し磐根樹の立草の垣葉をも語止て 天磐座放ち 天の八重雲を伊頭の千別に千別て 天降依し奉き
如此依さし奉し四方の国中と 大倭日高見之国を安国と定奉て 下津磐根に宮柱太敷立て 高天原に千木高知て 皇御孫之命の美頭の御舎仕奉て 天之御蔭日之御蔭と隠坐て 安国と平けく所知食む国中に成出む 天の益人等が 過犯けむ雑々の罪事は
天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 許々太久の罪を 天津罪と法別て
国津罪と 生膚断死膚断 白人胡久美 己が母犯罪己が子犯罪 母と子と犯罪子と母と犯罪 畜犯罪 昆虫の災 高津神の災 高津鳥の災 畜仆し蟲物為罪 許々太久の罪出でむ
如此出ば 天津宮事を以て 大中臣天津金木を本打切末打断て 千座の置座に置足はして 天津菅曾を本苅断末苅切て 八針に取辟て 天津祝詞の太祝詞事を宣れ
如此乃良ば 天津神は天磐門を押披て 天之八重雲を伊頭の千別に千別て所聞食む 国津神は高山乃末短山之末に登坐して 高山の伊穂理短山の伊穂理を撥別て所聞食む
如此所聞食てば 皇御孫之命の朝廷を始て 天下四方国には 罪と云ふ罪は不在と 科戸之風の天之八重雲を吹放事之如く 朝之御霧夕之御霧を朝風夕風の吹掃事之如く 大津辺に居る大船を 舳解放艫解放て大海原に押放事之如く 彼方之繁木が本を焼鎌の敏鎌以て打掃事之如く 遺る罪は不在と 祓賜ひ清賜事を 高山之末短山之末より 佐久那太理に落多支都速川の瀬に坐す瀬織津比咩と云神大海原に持出なむ 如此持出往ば 荒塩之塩の八百道の八塩道之塩の八百会に坐す速開都比咩と云神 持可可呑てむ 如此可可呑ては 気吹戸に坐す気吹主と云神 根国底之国に気吹放てむ
如此気吹放ては 根国底之国に坐す速佐須良比咩と云神 持佐須良比失てむ
如此失てば 今日より始て罪と云ふ罪は不在と 高天原に耳振立聞物と馬牽立て 今年の六月の晦日の 夕日之降の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸聞食せと宣る
四国の卜部等 大川道に持退出て祓却と宣る
--六月晦大祓祝詞 - Wikisource

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見むと言はば否といはめや梅の花散りすぐるまで君が来まさぬ

作者:中臣清麻呂 出典:[万葉集20]4497/4521
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.43

否定の返事「いな」の用例。「遭いたいと言えば、嫌とは決して申しませんのに」だろうと、大野晋は言っているが (そして、この歌だけを読むなら、そうした解釈もあながち不自然ではないのだが)、この「見む」は、素直に「梅の花が見たい」の意味だろう。何故なら、この歌は「式部大輔中臣清麻呂朝臣が宅にて宴する歌十首」と詞書のある一連の和歌 ([万葉集20]4496/4520-[万葉集20]4505/4529) の第2首なのだが、その第1首は、「恨めしく君はもあるかやど梅の散り過ぐるまで見しめずありける (大原今城真人 [万葉集20]4496/4520)」なのである。つまり、宴に招かれた客である大原今城真人が、主人宅の梅の花が散ってしまっているのをみて「見せてくれなかったのは残念」と揶揄ったのに対して、主人の中臣清麻呂は、まともに「『見たい』ということなら『いや』と言うことがありうるでしょうか。梅の花が散りきってしまうまであなたがいらっしゃらなかったじゃありませんか」と、まともに答えたのだ。所謂「ボケ殺し」である。

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みは上におのれつちのと下につきすでにやむのみなかばなりけり

作者:未確認又は該当情報なし 出典:物覚え歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.139

物覚え歌。漢字の「巳」、「己」、「已」の字形の違いを歌っている。

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皆是レ金光明経ノ力ナリケリ

作者:未確認又は該当情報なし 出典:西大寺本「金光明最勝王経」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.25

気付きの助動詞「けり」の用例。「ケリ」は、現在の事を述べている。

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水上やたえだえ氷る岩間より清滝川に残る白波

作者:藤原良経 出典:[新古今和歌集6]634
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74

『新古今和歌集』では、普通名詞+間投助詞「や」の形が非常に多くなる。この歌は、その一例。この歌の「清滝川」は、京都愛宕山麓より保津川に注ぐものを指すと思われる。「清滝川の水源近く、ところどころ氷った岩の間には、『清滝川の白波』が残っている」。

参考:
降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川の水の白波 (西行 [新古今和歌集1]27)
いしばしる水の白玉かず見えて清滝川に澄める月かげ (藤原俊成 [千載和歌集4]284)

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みつみつし久米の若子がイ触れけむ磯の草根のかれまく惜しも

作者:河辺宮人 出典:[万葉集3]435/438
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.329

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
みつみつし久米の若子がい触れけむ礒の草根の枯れまく惜しも (河辺宮人 [万葉集3]435/438)」

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水鳥の発ちの急きに父母に物言ず来にて今ぞ悔しき

作者:有度部(うとべの)牛麿 出典:[万葉集20]4361/4337
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.104

助詞「ぞ」の用例。防人の歌。「水鳥の」は様ざまな言葉に係る枕詞。この歌では「たち」に係っている。「急いで出発してきたために、父母に言うべきことも言わずに来てしまったのが『今ぞ悔しき』」。「今ぞ悔しき」と云う成句が当時あって、それをこの歌の中に入れたのだろう、と云うのが丸谷才一の説。私も大野晋と同様に「なるほど」と言いたい。

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水茎の岡の木の葉を吹き返へしたれかは君を恋ひんと思ひし

作者:読人しらず 出典:[新古今和歌集11]1056
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.126

反語「かは」を使っている例。「水茎の」は「水城」、「岡」に係る枕詞。丸谷才一 の解は、「岡の木の葉を吹き返す風が吹いているが、吹き返すようにくり返して恋しく思うのは誰だろうか(つまり自分である)」。しかし、「吹き返すようにくり返して恋しく思う」には、引っ掛かる物を感じる。あるいは、「あなたが私を恋しく思ってくれるお返しに、もっとずっと強くあなたを恋しく思うのは誰でしょう(、他ならぬ、私です)」ではないか。荒井由美の「少しだけ片思い」を少しだけ連想させる。

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道の隅イつもるまでに

作者:額田王 出典:[万葉集1]17
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、文脈から平面上の移行に関する意味を有すると判断できる動詞の8例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや (額田王 [万葉集1]17)」

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みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも

作者:東歌 出典:[古今和歌集20]1088
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.206

これは、「いづく」と云う疑問詞を「は」で受けている珍しい例。大野晋の説明によれば、この場合、「みちのくはいづく」と云うのが一纏まりなのである。「春は (何時がいちばんいいかと言うと) あけぼの」と同じ形式であって「みちのくはどこ (が一番か)」と考えられる。次の「あれど」は、奈良時代でも平安時代でも「ともかく」の意味で使われている。だから全体としては「みちのくはどこ (が一番かと云うこと) はともかくとして、しおがまの浦こぐ舟の綱手は非常に心をしみじみと打つ」。

『日本語で一番大切なもの』中では特に問題にされていないが、私には何故「しほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも」なのかが、もうひとつ釈然としない。これは宿題にしておく。

参考 (後世への影響):
世の中はつねにもがもな渚こぐあまの小舟のつなでかなしも (鎌倉右大臣/源実朝 [百人一首]93/[新勅撰和歌集8]525/[金槐和歌集]594)

[奥の細道]「末の松山」(曾良随行日記によれば「元禄2年5月8日」)
それより野田の玉川・沖の石を尋ぬ。末の松山は寺を造て末松山といふ。松のあひあひ皆墓はらにて、はねをかはし枝をつらぬる契の末も、終はかくのごときと悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを聞。五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、 籬が島もほど近し。蜑の小舟こぎつれて肴わかつ聲々に、「つなでかなしも」とよみけん心もしられて、いとゞ哀也。其夜、目盲法師の琵琶をならして、奥上るりと云ものをかたる。平家にもあらず舞にもあらず、ひなびたる調子うち上て、枕ちかうかしましけれど、さすがに邊土の遺風忘れざるものから殊勝に覚らる。 (岩波文庫『奥の細道』p.28)

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道しあればおのが越路のふるさとも同じ春とや雁のゆくらん

作者:後醍醐院 出典:[続後拾遺和歌集]53
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.230

「ふるさとも」の「も」を、推量の「雁のゆくらん」で受ける。(新編国歌大観第1巻歌集p.526)
「越路と云う帰る道はあることであるし、越路 (北国) にある自分の故郷もやはり春になっているのかと雁は行くのだろうな」

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三島江や霜もまだひぬ芦の葉につのぐむほどの春風ぞ吹く

作者:源通光 出典:[新古今和歌集1]25
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.72

「...では」を意味する 地名+「や」の例。動詞「つのぐみ」(連用形) は「新芽が角のように出始める」こと。

参考 (詞書):
詩をつくらせて歌に合せ侍りしに、水郷春望といふことを
「三島江」は、現大阪府高槻市あたり。万葉以来の歌枕。

参考 (「三島江」の歌):
三島江の入江の薦をかりにこそ我れをば君は思ひたりけれ (作者不詳 [万葉集11]2766/2776)
三島江の玉江の薦を標めしより己がとぞ思ふいまだ刈らねど(作者不詳 [万葉集7]1348/1352)
みしま江につのぐみ渡る蘆のねの一よのほどに春めきにけり(曾禰好忠 [後拾遺和歌集1]42)
三島江や蘆の枯葉の下ごとに羽がひの霜をはらふをし鳥 (藤原忠通 [夫木和歌抄17]6979)

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みかりする交野のみ野にふる霰あなかままだき鳥もこそ立て

作者:崇徳院 出典:[新古今和歌集6]685
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.42

感動詞「あな」の用例。「あなかま」は口語性が強い。

崇徳院が実際に行なったかどうかは、浅学にして私 ([ゑ]) は不案内だが、皇室の遊猟地があった「交野が原」における鳥の狩りの情景だろう。折あしく霰が降ってきたので、鳥が逃げてしまうと心配しているのである。

参考:
床近しあなかま夜半のきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ (藤原基俊 [新古今和歌集15]1387)」。「床」の訓は「ゆか」。

[新古今和歌集6]685-[新古今和歌集6]688
  百首歌めしける時
御狩する交野のみ野に降る霰あなかままだき鳥もこそ立て
(崇徳院 [新古今和歌集6]685)
  内大臣に侍ける時、家歌合に
御狩すと鳥だちの原をあさりつつ交野の野邊に今日も暮しつ
(法性寺入道前関白太政大臣/藤原忠通 [新古今和歌集6]686)
  京極關白前太政大臣高陽院歌合に
御狩野はかつ降る雪にうづもれて鳥立も見えず草がくれつつ
(前中納言匡房/大江匡房 [新古今和歌集6]687)
  鷹狩のこころをよみ侍ける
狩りくらし交野の真柴折りしきて淀の川瀬の月を見るかな
(藤原公衡 [新古今和歌集6]688)

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みかの原わきて流るる泉川いつみきとてか恋ひしかるらん

作者:藤原兼輔 出典:[百人一首]27/[新古今和歌集11]996
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.62

「か」の用例。実際に経験したことを意味する「みき」を「いつ...とてか」で曖昧にしている。また「みか」、「みか」、「みき」が隠されている。
「泉川」までが序で「いつみき」を導いているが、序詞部分で、わき上がる水のイメージとわき上がる思いのイメージが交錯するようになっている。その一方で、「わきて」で二人の間が分かれていることを表わしている。
「契りを交わしたことなどない筈なのに、まるで契りを交わしたことがあるように恋しく思われるのはどうしてだろう」。

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み吉野の 吉野の鮎
鮎こそは 島辺もよき え苦しゑ
水葱の本 芹の本 吾は苦しゑ

作者:未確認又は該当情報なし 出典:[日本書紀27]天智紀10年12月
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.50

「え苦しゑ」。感動詞「え」の用例。「吉野」の読みは「えしの」、「水葱」の読みは「なぎ」。

大野晋の解説によれば、これは、天武天皇が吉野に逃げ込んだ時のことを諷刺している。吉野に逃げ込んでいるのはとても苦しいことで、いずれ良くないことが起こるだろうと云う意味だろう。「鮎ならば水のほとりの島辺に押し込められてもいいだろうけれども、私は鮎ではないから、こんな水葱や芹のあるところに押し込められて苦しい」。

参考 ([日本書紀27]天智紀10年12月):
十二月(しはす)の癸亥(みづのとのゐ)の朔(ついたち)乙丑(きのとのうしのひ)に、天皇(すめらみこと)、近江宮(あふみのみや)に崩(かむあが)りましぬ。癸酉(みづのとのとりのひ)に、新宮(にひみや)に殯(もがり)す。時に、童謠(わざうた)して曰はく、
  み吉野の 吉野の鮎 鮎こそは 島傍(しまへ)も良(え)き え苦しゑ 水葱(なぎ)の下(もと) 芹(せり)の下(もと) 吾(あれ)は苦(くる)しゑ 其一
  臣(おみ)の子(こ)の 八重(やへ)の紐(ひも)解(と)く 一重(ひとへ)だに いまだ解(と)かねば 御子(みこ)の紐(ひも)解く 其二
  赤駒(あかごま)の い行(ゆ)き憚(はばか)る 真葛原(まくずはら) 何(なに)の伝言(つてこと) 直(ただ)にし良(え)けむ  其三

(岩波文庫『日本書紀(五)』p.64)

十二月癸亥朔乙丑、天皇崩于近江宮。癸酉、殯于新宮。于時、童謠曰、
  美曳之弩能、美曳之弩能阿喩、々々擧曾播、施麻倍母曳岐、愛倶流之衛、奈疑能母騰、制利能母騰、阿例播倶流之衛 其一
  於彌能古能、野陛能比母騰倶、比騰陛多爾、伊麻拕藤柯泥波、美古能比母騰矩 其二
  阿箇悟馬能、以喩企波々箇屡、麻矩儒播羅、奈爾能都底擧騰、多拕尼之曳雞武 其三

(岩波文庫『日本書紀(五)』p.390)

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。


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御足跡作る 石の響きは 天に到り 地さへ揺すれ 父母がために 諸人のために

作者:文室智努(ふんやのちぬ) 出典:仏足石歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.287

「父母」は内扱いする「が」で承け、「諸人」は外扱いする「の」で承けている。「御足跡」の訓は「みあと」。

この歌は、所謂薬師寺仏足石歌碑に刻まれた21首の第1番。ちなみに、薬師寺仏足石と薬師寺仏足石歌碑とは異なる。仏足石は、仏足が刻まれた上面が平坦なるも、やや不規則な形の白っぽい岩塊 (角礫岩だと云う)。仏足石歌碑は、黒っぽい色をした粘板岩からなる典型的な板碑。

この機会に、「仏足石歌」に就いて纏めておく。まず、薬師寺仏足石歌碑に刻まれているものだが、ネット上を検索しても、その第1番歌はともかく、それ以外はなかなか見当たらない。ようやく、探し当てたのが、次の3つのウェブページだった。

  1. 石造文化財の旅「薬師寺仏足石・仏足跡歌碑」
  2. 文室眞人智努の生涯 -天平一知識人の憂愁-
  3. 佛足石歌碑歌の位相-「ますらを」「もろもろ」の語を手がかりに-
しかし、この全てを併せても、全21首をカヴァーすることはできなかった。

ちなみに言う、[奈良薬師寺 公式サイト] には仏足石歌碑への言及はあっても、それに刻まれた仏足石歌の紹介は1字も見当たらない。おそらく、平成の薬師寺には、仏足石歌を衆生に施さなくても自らの極楽往生が極まった高僧ばかりが揃っているのであろう。

結局、現状では薬師寺仏足石歌の全容を窺えるのは折口信夫の『万葉集辭典』「ぶつそくせきのうた」の項 (中公文庫『折口信夫全集』第6巻 p.291-p.292) のみであるようだ。以下、若干表現を整えて再録する。なお、以下何度か登場する「足跡」の読みは「あと」である。:

御足跡作る 石の響きは 天に到り 地さへ揺すれ 父母がために 諸人のために (薬師寺仏足石歌碑1番歌)
三十あまり 二つの相 八十くさと 備れる人の 踏みし足跡どころ まれにもあるかも (薬師寺仏足石歌碑2番歌) 「三十」の読みは「みそぢ」、「相」の読みは「かたち」、「備れる」の読みは「そだれる」。
よき人の まさめに見けむ 御足跡すらを 我はえ見ずて いはにゑりつく 玉にゑりつく (薬師寺仏足石歌碑3番歌)
この御足跡 やよろづ光を 放ち出だし もろもろすくひ わたし給はな すくひ給はな (薬師寺仏足石歌碑4番歌)
いかなるや 人にいませか いはの上を土と 踏みなし あと遺るらむ 貴くもあるか (薬師寺仏足石歌碑5番歌) 「遺る」の読みは「のける」。
ますらをの 進み先立ち 踏める足跡を 見つつ慕はむ ただに逢ふまでに まさに逢ふまでに (薬師寺仏足石歌碑6番歌)
ますらをの 踏み置ける足跡は 石の上に 今も残れり 見つつしのへと 長くしのへと (薬師寺仏足石歌碑7番歌)
この御足跡を たづね求めて よき人の ゐます国には われもまゐてむ もろもろをゐて (薬師寺仏足石歌碑8番歌)
釋迦の御足跡 いはにうつしおき うやまひて 後の仏に ゆづりまつらむ ささぎまうさむ (薬師寺仏足石歌碑9番歌)
これの世は うつり去るとも とことはに さ残り坐せ 後の世のため 又の世のため (薬師寺仏足石歌碑10番歌)
ますらをの おあ...(以下欠落) (薬師寺仏足石歌碑11番歌)
さきはひの あつきともがら 参到りて まさめに見けむ 人の羨しも うれしくもあるか (薬師寺仏足石歌碑12番歌) 「羨し」の読みは「ともし」。
をぢなきや 我に劣れる 人を多み わたさむためと うつし奉れり 仕へ奉れり (薬師寺仏足石歌碑13番歌)
釋迦の御足跡 いはに写しおき 行きめぐり 敬ひまつり わが世は終へむ この世は終へむ (薬師寺仏足石歌碑14番歌)
くすり師は 常のもあれど まらひとの 今のくすり師 尊かりけり めぐしかりけり (薬師寺仏足石歌碑15番歌)
この御足跡 まはりまつれば 足跡ぬしの たまの裝ひ おもほゆるかも 見る如もあるか (薬師寺仏足石歌碑16番歌)
大御足跡を 見に来る人の いにしかた 千代の罪さへ 滅ぶとぞ言ふ 除くとぞ聞く (薬師寺仏足石歌碑17番歌)
人の身は 得難くあれば 法の為の よすかとなれり つとめもろもろ すすめもろもろ (薬師寺仏足石歌碑18番歌) 「為」の読みは「た」。
四つの蛇(へみ) 五つのものの あつまれる 穢き身をば 厭ひすつべし 離れ棄つべし (薬師寺仏足石歌碑19番歌) 「蛇」の読みは「へみ」。
いかづちの 光の如き これの身は しにのとほきみ つねにたぐへり おづべからずや (薬師寺仏足石歌碑20番歌)
(上句欠落)ひたる 人の為に くすり師求む よき人もとむ 醒さむがために (薬師寺仏足石歌碑21番歌) 「為」の読みは「た」。

『万葉集』にも「仏足石歌」が収められいてる:
弥彦 神の麓に 今日らもか 鹿の伏すらむ 皮衣着て 角つきながら (作者不詳 [万葉集16]3884/3906)

これは「弥彦おのれ神さび青雲のたなびく日すら小雨そほ降る [一云 あなに神さび] (作者不詳 [万葉集16]3883/3905)」と対をなしている訣だが、この「あなに神さび」を、第6句と見做すと、こちらの方も仏足石歌ということになる。

このほか、仏足石歌としては、しばしば『古事記』と『播磨国風土記』に一首ずつあると説明されているのが普通であるが、具体的に引用されているものは、少なくともネット上では見つからなかった。皆さんが、実地に当たらないまま、子引き、孫引き、曽孫引きしている訣のものでもないのだろうが、如何せん、見当たらないものは仕方がない。

実際に探してみたところでは『古事記』所収の仏足石歌とは、次の歌を指しているのではないかと思われる:

[古事記]「下巻/清寧記」
大君の みこの柴垣 八節結り 結り廻し 切れむ柴垣 焼けむ柴垣 (志毘臣 [古事記]歌謡109) 岩波文庫『古事記』p.197-p.198。 「八節結り」の読みは「やふじまり」、「結り廻し」の読みは「しまりもとほし」。

では『播磨国風土記』はどうかと云うと、これが見当たらないのだな。「歌謡」は、どうやら次の3首 (ただし「逸文」中に1首ある。下記参照) だけのようだが、そのどれも所謂「仏足石歌体」ではない。

うつくしき 小目の小竹葉に 霰ふり 霜降るとも な枯れそね 小目の小竹葉 岩波日本古典文學大系『風土記』p.345。「小目の小竹葉」の訓は「をめのささば」
たらちし 吉備の鐵の 狹??持ち 田打つ如す 手拍て子等 吾は儛ひせむ (岩波日本古典文學大系『風土記』p.351)「??」は「鍬」の異体字。unicode 936b。「鐵」の訓は「まがね」。「如す」の読み「なす」。「手拍て」の読みは「てうて」。
淡海は 水渟る國 倭は 青垣 青垣の 山投に坐しし 市邊の天皇が 御足末 奴僕らま (岩波日本古典文學大系『風土記』p.351)「山投に坐しし」の読みは「やまとにましし」、「御足末」の読みは「みあなすゑ」。

また、『播磨国風土記』逸文 (卜部兼方 [釋日本紀8]) には、次の歌が見られる:
住吉の 大倉向きて 飛ばばこそ 速鳥と云はめ 何か速鳥 (岩波日本古典文學大系『風土記』p.484)「住吉」の読みは「すみのえ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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まつむしの声すなり

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集4]202
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.244

『日本語で一番大切なもの』p.244 大野晋の発言中に「すずむしの声すなり」とあるも出典不詳。あるいは、「秋の野に人松虫の声すなり我かと行きていざ訪はむ (読人しらず [古今和歌集4]202)」か? 平安時代、「鈴虫」と「松虫」の呼称が、後世と逆転していたと云う説(屋代弘賢『古今要覧稿』)がある。「松虫」とされているものが実は「鈴虫」だったと云う知識があると逆に混同しやすくなるだろう。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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松が根の岩田の岸の夕すずみ君があれなと思ほゆるかな

作者:西行 出典:山家集/[玉葉和歌集14]1939
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.304

大野晋の説明:破格だが、「君があれな」は、「きみがあらば(イイノニ)と思ほゆるかな」と解釈できる。
詞書:夏野へ參りけるに岩田と申す所に涼みて下向しける人につけて京へ同行に侍りける上人の許へ遣しける

『新古今』歌人としては「あれな」の利用は西行に特徴的。参考:
あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬ嘆きを (西行 [新古今和歌集13]1230)
さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべん冬の山里 (西行 [新古今和歌集6]627)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校

作者:俵万智 出典:『サラダ記念日』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.426

丸谷才一の説明:未知の情報を承ける「が」。万智ちゃんが先生と呼ばれる意外な、新鮮な感じが「が」で表現されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
サラダ記念日』は、俵万智 (1962年12月31日-) の第1歌集。河出書房新社1987年5月8日初版発行。ISBN4-309-00470-9。

俵万智の自選百首が「万智の一人百首」で見られる。

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まちちゃんと我を呼ぶとき青年のその一瞬のためらいが好き

作者:俵万智 出典:『サラダ記念日』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.428

大野晋の説明:情意の対象の「が」。「見たい」「好き」など、欲望や好みの対象は、みな瞬時に現われてくるものとして「が」で承ける。「水が飲みたい」と云う言い方と同じ。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
サラダ記念日』は、俵万智 (1962年12月31日-) の第1歌集。河出書房新社1987年5月8日初版発行。ISBN4-309-00470-9。

俵万智の自選百首が「万智の一人百首」で見られる。

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またや見ん交野のみ野の桜がり花の雪散る春のあけぼの

作者:藤原俊成 出典:[新古今和歌集2]114
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.131

助詞「や」の用例。「見ん (は) またや」と云う読みは不適。
大野晋の説明:「ぞ」や「か」は、古くからの伝統があるので、ひっくり返してみると、ちゃんと本へもどる形の例をもっているが、「や」は、係結びがそうとう発達したあとで、疑問の「か」の位置を占めたから、どうも古い形を持っていない。
なお、桜に関するさまざまな言葉がみんな使われている (「あけぼの」まで)。

現在の大阪府交野市北部から枚方市にかけてのなだらかな丘陵地は、平安時代「交野が原」と呼ばれ、皇室の遊猟地であり、また貴族達の桜狩りの名所であった。「天皇が狩りをすることもある交野が原での桜狩り。春の夜明けに花吹雪がして...もう一度見たいものだがな」(「またや見ん交野の」は「またや見がたし」を匂わせているだろう)。

参考 (皇室の遊猟地としての「交野」):
みかりする交野のみ野にふる霰あなかままだき鳥もこそ立て (崇徳院 [新古今和歌集6]685)

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大夫は友の騒きに慰もる心もあらめわれそ苦しき

作者:不詳 出典:[万葉集22]2571/2576
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.144

「出来るでしょうけれど」を意味する已然形「め」。「男のあなたは友達と騒いで心の憂さを晴らせるでしょうけれど、私の方は苦しいのよ」

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ますらをと思へる吾をかくばかりみつれにみつれ片思ひをせむ

作者:大伴家持 出典:[万葉集4]719/722
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.343

「を」の用例。自分を「ますらを」だと思っていたことへの執着がある。そうした執着が破れたことにより「吾」が第3人称的になり、さらに末尾の助動詞「む」が反語的になる。動詞「みつれ」(連用形) は「疲れ果てる」・「窶れる」の意。「一人前の大人の男だった筈のこの私が、これほど窶れるような片思いをしようとは」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ますらをが山かたつきて住む庵の外面にわたす杉のまろ橋

作者:順徳院 出典:[風雅和歌集16]1768
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.297

助詞「が」の用例。「外面」の訓は「そとも」。丸谷才一の説明と解:おそらく順徳院が佐渡に流されてからの歌。それで、自分のことを「ますらを」と言っている。「身分の低い男である私が、山の近くに住んでいる庵のすぐ外のところに渡してある杉の丸太橋」。

[ゑ]補足:『日本語で一番大切なもの』では「ますらを」を簡単に「身分の低い男」と云う説明で済ましてあるが (勿論、会話の流れの中ではそれで構わない)、実際は、漁師・猟師・農夫など、もう少し具体的イメージのある言葉である。ただし、困ったことに、この歌の場合は、それほど具体的なイメージでは歌われていない。身分の落差を強調するため使われているだけである。それでも、なお、この「ますらお」には「身分の低い男」に留まらないイメージの喚起力がある。
要するに、落剥して男 (私) が暮している庵の裏手には山が迫り、正面には渓流が流れていて、そこに杉の丸太橋が渡してある、と云うことなんだが、これを体言止めである程度絵画的に纏めようとすると難しい。逆に、それで順徳院の手練の見事さが分かる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
読み返すと、私 ([ゑ]) の説明が「説明」になっていないような気がしたのだが、しかし、どこを直すと云う訣にもいかないようなので、しばらくはこのままにしておく。

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枕だに知らねばいはじ見しままに君かたるなよ春の夜の夢

作者:和泉式部 出典:[新古今和歌集13]1160
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.258

「だに」の 用例。「(寝床の事を知ると云う) 枕でさえ (外してしまったので) 何も知らないのだから話す筈はないのですよ。あの春の一夜の夢を、自分で見たのだと言うことだけで吹聴しないで下さいね」

参考:
しるといへば枕だにせでねしものを塵ならぬ名の空に立つらむ (伊勢 [古今和歌集13]676)

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待つ人も来ぬものゆゑに鶯の鳴きつる花を折りてけるかな

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集2]100
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.352

「ものゆゑ」の用例。『日本語で一番大切なもの』で大野晋が的確な説明をしている。
「ものゆゑ」の意味には、「...に決まっているから」と云う場合と「...に決まっているのに」と云う場合があるが、これは「のに」の方。「待っているあの人は、いくら待っても来る筈はない。それは分っているのに、鴬が留まって鳴いた花の枝を折ってしまったの (見せることもできないのに)」

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堀江漕ぐ伊豆手の船の楫つくめ

作者:大伴家持 出典:[万葉集20]4460/4484
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.266

「伊豆手の船」。生産者・作者を表わす「の」の用例。「堀江漕ぐ伊豆手の舟の楫つくめ音しば立ちぬ水脈早みかも 大伴家持 [万葉集20]4460/4484」
古代、伊豆国 (いずのくに) 製の船は上等とされていたらしい。「楫」は「船をこぎ進めるための道具である櫓や櫂の総称」だが、ここでは「櫓」のことか。ただし、「楫つくめ」或いは「つくめ」の語義には諸説あり、確定していないらしい。一応、私の解を当てておく。「伊豆国製の船で運河を行く。しっかりと握っているのに櫓が何度も音を立てたぞ。水の流れが速いのかもしれないぞ」。

参考:
防人の堀江漕ぎ出る伊豆手船楫取る間なく恋は繁けむ (大伴家持 [万葉集20]4336/4360)

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法師らがひげの剃杭馬つなぎいたくな引きそ法師は泣かむ

作者:不詳 出典:[万葉集16]3846/3868
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.289

助詞「が」の用例。
大野晋の説明:本来外扱いすべき対象を意図的に内扱いにすると、馬鹿にしたり軽蔑したりする意味になる。法師を馬鹿にして「法師らがひげ」と言っている。

歌の詞書は「戯れて僧を嗤ふ歌一首」。そして、次の歌では法師の方が仕返しの歌 (詞書「法師が報ふる歌一首」) を詠んでいる:「壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ (作者不詳 [万葉集16]3847/3869)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集1]2
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.181

大野晋の説明:「来にけらし」で「こそ」の係りが不鮮明になっている例。丸谷才一の説明:この「けらし」は「けるらし」の短縮形で確かに已然形だが、「こそ」を受ける感じがあまりしない。

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(補足:2008-08-31[日])
大意を付けておく。その為には、当然ながら、まず、この歌が [新古今和歌集] 第1巻 [春上] の第2歌であって、その詞書が「春のはじめの歌」であることだ。つまり、一首は立春を詠っている (あるいは歌そのものは、立春以降数日にして詠まれたのかも知れないが、いづれにしろ、歌題は「立春」)。そこには「立春にはなったものの、『里』はまだまだ春めいていない」と云う底意がある。

「ほのぼのと」が意外と訳しづらいのだが、こんな感じだろう。
「『立春』と云うことでやってきたらしい『春』の証しが、空には微かに現れている。天の香具山に霞がたなびいているのだ。」

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霍公鳥鳴きて越ゆなり今し来らしも

作者:大伴家持 出典:[万葉集20]4305/4329
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.245

伝聞の「なり」の用例。
大野晋の解:「霍公鳥(ほととぎす)がその山を鳴いて越える声が聞こえる、ああ、やってくるらしいな」
木の暗の茂き峰の上を霍公鳥鳴きて越ゆなり今し来らしも (大伴家持 [万葉集20]4305/4329)」

[ゑ] 補足:この歌の詞書は「霍公鳥を詠む歌一首」と当たり前だが、左註が「右の一首は、四月に大伴宿禰家持作る」とあって、注意を引く。大伴家持は、霍公鳥 (ホトトギス) を愛し、この鳥が立夏の日に鳴くことにこだわった。立夏までにホトトギスが鳴かないと、不満を表わす歌を詠んだりしているほどである。この歌が詠まれた天平勝宝6年の立夏は、4月8日であったらしいが、この歌では素直に期待感とその成就が顕れているから、おそらく立夏のころ、少なくとも立夏には遅れずに詠まれたのだろう。さらに、この歌の一首前の「山吹の花の盛りにかくのごと君を見まくは千年にもがも (大伴家持 [万葉集20]4304/4328)」は3月25日での祝宴で作られている (主賓の橘諸兄が宴を中止したために謡われなかったが) から、3月26日から4月8日の間に詠まれたのではないだろうか。ちなみに、彼は4月5日に、少納言から転じて、従五位上として兵部少輔に任じられている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
「大野晋の解」に補足するなら、気分としては木が鬱蒼と繁った山(「木の暗の茂き峰」)であるからこそに、ホトトギスの姿が見えず、声だけが聞こえると云う含みがあるのだろう。

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北面の下﨟、さては金行といふ御力者ばかりぞまいりける。

作者:未確認又は該当情報なし 出典:[(覚一本)平家物語3]「法王被流(ほうおうながされ)」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.423

鎌倉時代の終わり頃には、引用文中にあるような「ぞ」は「が」で置き換えてもいいようになってきていた。(岩波文庫『平家物語一』p.368)

Web 上で「﨟」を、『「藹」の「言」に代えて「月」』とか、『「臈」の「くさかんむり」を字全体に』とか、『草冠に「臈」』とか表現されていることがあるが、現時点の unicode には収録されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
[平家物語3]「法王被流」
さて御車に召されけり。公卿・殿上人一人も供奉せられず。たゞ北面の下臈、さては金行といふ御力者ばかりぞ参りける。御車の尻には、尼ぜ一人参られたり。この尼ぜと申は、やがて法皇の御乳の人、紀伊二位の事也。七条を西へ、朱雀を南へ御幸なる。あやしのしづの男、賎女にいたるまで、「あはや法皇の流されさせましますぞや」とて、泪を流し、袖をしぼらぬはなかりけり。去七日の夜の大地震も、かゝるべかりける先表にて、十六洛叉の底までもこたへ、乾牢地神の驚きさわぎ給ひけんも理かなとぞ、人申ける。(岩波文庫『平家物語一』p.368)

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古人の食へしめたる吉備の酒病まばすべなし貫簀たばらむ

作者:丹生女王 出典:[万葉集4]554/557
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.264

「吉備の酒」。行為・生産の行なわれる場所を意味する、助詞「の」の用例。「食へ」の訓は「たまへ」。「古人 (ふるひと)」とは「大伴旅人」のこと。

「貫簀(ぬきす)」とは「簀の子」のこと。吐いたりする時に前に置いて着物を汚さないようにする。大野晋の解:「気持ちが悪くなったらなんとも仕方がありません。どうか貫簀(ぬきす)をください」。

この歌の詞書は、「丹生女王、太宰帥大伴卿に贈る歌二首」で、もう一首は「天雲のそくへの極み遠けども心し行けば恋ふるものかも (丹生女王 [万葉集4]553/556)」。
作者「丹生女王」は、[万葉集3]420/423-[万葉集3]422/425 の作者「丹生王」と同一人物とされている。成る程、たしかに、この [万葉集4]554/557 は、大伴旅人に宛てた歌に似つかわしいが、もう一首の 長歌である[万葉集4]420/423 への反歌とした方が似つかわしい。想像を逞しゅうするに、丹生王は石田王を失った後、酒に沈淪したのかもしれない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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故郷も恋ひしくもなし旅の空みやこもつひのすみかならねば

作者:平重衡 出典:[平家物語10]海道下(かいどうくだり
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.230

大野晋の説明:「も」は本来、不確定・不確実を表わすので、その後は否定や願望の言葉が続くことが多い。「故郷も恋ひしくもなし」でも、「も」の下が否定の言葉「なし」になっている。

参考 (『平家物語』[海道下]):
さらでもたびは物うきに、心を尽すゆふまぐれ、池田の宿にもつきたまひぬ。彼(かの)宿の長者、ゆやがむすめ、侍従がもとに其夜は宿せられけり。侍従、三位中将を見たてまッて、「昔はつてにだに思ひよらざりしに、けふはかゝるところに入らせたまふふしぎさよ」とて、一首のうたをたてまつる。
  旅の空はにふのこやのいぶせさにふる郷いかにこひしかるらむ
三位中将返事には、
  故郷もこひしくもなしたびのそらみやこもつひのすみかならねば
(岩波文庫『平家物語四』p.52)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ふるさとは吉野の山しちかければひと日もみゆきふらぬ日はなし

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集6]321
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.205

助詞「は」の用例。

大野晋の説明:「は」は先行部分に就いて提題して、その下に何がしかの求める。この文の仕組みは、「ふるさとは (どうした状態かと言うと) 吉野の山が近いから、一日でも雪の降らない日は (どうしたのかと言うと) ありません」

「ふるさと」は「吉野行宮」を指す。『日本語で一番大切なもの』では話題にされていないが、「ひと日もみゆきふらぬ日はなし」を「かっての (持統帝の?) 吉野行幸が日々過去のものになっていく」と云う読み方も成立すると思う。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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古池や

作者:芭蕉 出典:[蛙合]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.75

俳句の切字「や」の例。「古池や蛙飛びこむ水の音 (芭蕉 [蛙合])」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
「蛙合」の内容に就いては、次のウェブページ参照:古池蛙

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冬の夜のながきを送る袖ぬれぬ暁がたの四方のあらしに

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集6]614
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.278

助詞「の」を多く使った例。『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。

実は、私 ([ゑ]) にはこの歌が釈然としない。後鳥羽院の趣向と言うか「見立て」が見えてこないのだ。単純に恋人を待っていると考えても良いのだが、そうすると「四方のあらし」が、道具立てとして大袈裟過ぎる。勿論、この歌が『源氏物語』[須磨] の巻の「心尽くしの秋風」の章を踏まえていると云うことは十分あり得るが、だとしても、それなら後鳥羽院は自らを「流竄の王子」に擬えているのだろうか。そうすると第3句までに緊張感が足りない。それとも、この歌に「見立て」はなく、実景だろうか?

一応解を付けておく:「長い長い冬の夜を遣り過ごしていて暁に私は涙する。廻りは全て嵐の風」

ちなみに、この歌は、塚本邦雄『清唱千首』に第645歌として所収。塚本邦雄は「きつぱりとした上・下倒置が、まことに雄々しい」と評する。うーむ。しかし、微妙に倒置ぢゃないんだけどな。

参考 ([源氏物語]12「須磨」):
須磨には、いとゞ心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々は、げに、いと近う聞こえて、またなくあはれなるものは、かゝる所の秋なりけり。御前に、いと人少なにて、うち休みわたれるに、ひとり目をさままして、枕をそばだてて四方の嵐を聞き給ふに、波、たゞこゝもとに立ちくる心地して、涙おつともおぼえぬに、枕うくばかりになりにけり。琴を、すこし掻き鳴らし給へるが、われながら、いと、すごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、
  恋ひわびて泣く音にまがふ浦浪は思ふかたより風や吹くらむ
と、謡ひ給へるに、人びと驚きて、めでたうおぼゆるに、しのばれで、あいなう起きゐつゝ、鼻を忍びやかにかみわたす。
(岩波文庫『源氏物語(二)』p.41-p.42) (繰り返し記号の処理に就いて岩波文庫版と変更がある。)


本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ふもとまで尾上の桜ちりこずはたなびく雲と見てやすぎまし

作者:藤原顕輔 出典:[新古今和歌集2]124
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.374

条件節を作る「ずは」の用例。大野晋の解:「尾上の桜がもしふもとまで散ってこないなら、遠くに棚引く雲と見過ごしていただろうに、散ってくるから桜だとわかる」

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船の舳のイはつるまでに

作者:大伴家持 出典:[万葉集18]4122/4146
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、文脈から平面上の移行に関する意味を有すると判断できる動詞の8例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
天皇の 敷きます国の 天の下 四方の道には 馬の爪 い尽くす極み 舟舳の い果つるまでに いにしへよ 今のをつづに 万調 奉るつかさと 作りたる その生業を 雨降らず 日の重なれば 植ゑし田も 蒔きし畑も 朝ごとに しぼみ枯れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳乞ふがごとく 天つ水 仰ぎてぞ待つ あしひきの 山のたをりに この見ゆる 天の白雲 海神の 沖つ宮辺に 立ちわたり との曇りあひて 雨も賜はね (大伴家持 [万葉集18]4122/4146)」

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不尽の嶺を高みかしこみ天雲もい行きはばかりたなびくものを

作者:高橋虫麻呂 出典:[万葉集3]321/324
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.347

詠嘆の終助詞「ものを」の用例。これから、接続助詞としての「ものを」が派生する。

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深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け

作者:上野岑雄(かみつけのみねお) 出典:[古今和歌集16]832
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.263

助詞「の」の用例。「深草」も「野辺」も作者にとっては自分の外界にある。
「深草の野辺」は「深草にある埋葬地」の意。

『源氏物語』[薄雲]の引き歌。藤壷が亡くなったあとで光源氏が「今年ばかりは」とつぶやく。その一句を言うだけで和歌全部を引いたことになる。

参考 ([源氏物語19]「薄雲」):
をさめたてまつるにも、世の中ひゞきて、「悲し」と思はぬ人なし。殿上人など、なべて、ひとつ色に黒みわたりて、ものの映(はへ)なき春の暮なり。二條院の御前の櫻を御覧じても、花の宴の折など、思し出づ。「今年ばかりは」と、ひとりごち給ひて、人の、見とがめつべければ、御念誦堂にこもりゐ給ひて、日一日、泣き暮らし給ふ。夕日、花やかにさして、山ぎはの木ずゑ、あらはなるに、雲の薄く渡れるが、鈍色なるを、なにとも御目とどまらぬ頃なれど、いと物あはれに思さる。 (岩波文庫『源氏物語(二)』p.237)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
この歌は、太政大臣藤原基経 (836年-891年) が亡くなった際のもの。詞書は「ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける時に、深草の山におさめてけるのちによみける」。

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昼は 日の暮るるまで 夜は 夜の明くる極み

作者:「岡本天皇」とあり、舒明天皇又は皇極天皇(斉明天皇)のいづれか不確定 出典:[万葉集4]485/488
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.276

助詞「の」の用例。

大野晋の説明:『万葉集』では、助詞「の」の下に動詞が来ても、それは連体形に限り、結局はその下に体言が来ることになる。「極み」は名詞であるし、「まで」と云う助詞も、本来は「両手(まて)」と云う名詞なので、「の」は下の名詞にかかっていると言える。

参考:
神代より 生れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群の 通ひは行けど 我が恋ふる 君にしあらねば 昼は 日の暮るるまで 夜は 夜の明くる極み 思ひつつ 寐も寝かてにと 明かしつらくも 長きこの夜を (「岡本天皇」とあり、舒明天皇又は皇極天皇(斉明天皇)のいづれか不確定 [万葉集4]485/488)

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昼解けば解けなへ紐の我が背なに相寄るとかも夜解けやすけ

作者:東歌 出典:[万葉集14]3483/3503
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.365

「なへ」は上代東国の否定の助動詞「なふ」の連体形。

大野晋の解:「昼間解こうとすると解けない下紐が、恋しい我が夫に相よるというつもりでか、夜は解けやすいこと」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひもの緒のイつがり合ひてにほどりの二人並び居

作者:大伴家持 出典:[万葉集18]4106/4130
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.329

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の子と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂しく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄る辺なみ 左夫流その子に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ [佐夫流と言ふは遊行女婦が字なり] (大伴家持 [万葉集18]4106/4130)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひとりのみぬる常夏の露けさは涙にさへや色をそふらむ

作者:伊勢 出典:[新拾遺集3]285
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.238

「さへ」の用例。『新拾遺和歌集』については次のウェブページ参照:。新拾遺集(巻3:夏)

丸谷才一によれば、伊勢は、「さへ」と「添ひ」の組み合わせが好みだったらしい

「常夏」とは「ナデシコ」のこと。「草の花はなでしこ、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」(『枕草子』第67段) とあるが、ここでは順当に「大和撫子」つまり「カワラナデシコ (Dianthus superbus)」を意味するとみなすべきだろう。ちなみに「唐撫子」は「セキチク (Dianthus chinensis)」の意。

一応、解を付けておくと「床(とこ)にひとり寂しく寝ている私、その「とこ」にゆかりの常夏の花に溜まりがち露が、私の涙に彩りを添えるようです」

『源氏物語』に「常夏」の巻があるのは周知のところ。

[源氏物語26]「常夏」
「 なでしこを飽かでも、この人々のたち去りぬるかな。いかで、おとゞにも、この花園、見せたてまつらむ。『世も、いと常なきを』と思ふに。いにしへも、もののついでに、かたり出で給へりしも、「たゞ今のこと」とぞ思ゆる」
とて、すこし、のたまひ出でたるにも、いとあはれなり。
  「 撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人やたづねん
 この事のわづらはしさにこそ、繭籠りも、心苦しう、思ひきこゆれ」
とのたまふ。君、うち泣きて、
  「 山賤の垣ほに生ひし撫子のもとの根ざしを誰れか尋ねん」
はかなげに、きこえない給へるさま、 げに、いと、なつかしく、若やかなり。
(岩波文庫『源氏物語(三)』p.67)

しかし、「常夏又はなでしこの露けさ」と云うことなら、「白露の玉もてゆへるませのうちに光さへそふ常夏の花 (高倉院 [新古今和歌集3]275)」の項で引用した「帚木」からの分はそちらを参照することで済ませるとして、ここでは「紅葉賀」や「葵」の巻から引用した方が良いだろう。

[源氏物語7]「紅葉賀」
わが御かたに臥し給ひて、「胸のやるかたなきを、程過ぐして、大い殿へ」と、おぼす。 御前の前栽の、何となく青み渡れる中に、常夏の、花やかに咲き出でたるを、をらせたまひて、命婦の君のもとに、かきたまふ事多かるべし。
  「 よそへつゝ見るに心はなぐさまで露けさまさる撫子の花
 「花に咲かなん」と思ひ給へしも、かひなき世に侍りければ」
とあり。
(岩波文庫『源氏物語(一)』p.273
(岩波文庫版テキストは若干意味が取りづらかったので、岩波書店「新日本古典文学大系」『源氏物語』及び小学館「日本古典文学全集」『源氏物語』を参考にして変更した。)

[源氏物語9]「葵」
御帳の前に、御硯などうち散らして、手習ひ捨て給へるを、とりて、目をおししぼりつゝ見給ふを、若き人々は、悲しき中にも、ほほゑむもあるべし。あはれなるふることども、唐のも大和のも、書きけがしつゝ、草にも真名にも、さまざまめづらしきさまに、書き混ぜ給へり。「かしこの御手や」と、空を仰ぎて、ながめ給ふ。よそ人に、見たてまつりなさむが、惜しきなるべし。「 ふるき枕、ふるき衾、誰とともにか」とある所に、
  なき魂ぞいとゞ悲しき寝し床のあくがれがたき心ならひに
 又、「霜の花白し」とある所に、
  君なくて塵つもりぬる常夏の露うち払ひいく夜寝ぬらむ
一日の花なるべし、枯れて混じれり。
(岩波文庫『源氏物語(一)』p.341 (文庫版テキスト中の繰り返し記号は、モニター上の見え方を考慮して適宜処理してある。また、岩波書店「新日本古典文学大系」『源氏物語』及び小学館「日本古典文学全集」『源氏物語』を参考にして、テキストをやや変更した。)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひとり寝やいとど寂しきさを鹿の朝臥す小野の葛のうら風

作者:藤原顕綱 出典:[新古今和歌集5]450
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74

丸谷才一の説明:『新古今和歌集』では、普通名詞+間投助詞「や」の形が非常に多くなる。この歌は、その一例。

「『新古今和歌集』巻第五 秋歌下」の冒頭「下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ (藤原家隆朝臣 [新古今和歌集5]437)」から「過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く声も惜しくやあるらむ (権大納言長家 [新古今和歌集5]452)」ぐらいまで同じモチーフ (寂しさ、さを鹿、小野、葛、風) の作例が並んでいる。

一応、解を付けておく:「あなたを待ちながらのひとり寝がとうとう朝になり、ますます寂しさが増してきました。私はまるで妻を恋しく思って鳴きながら得られず朝の野の中に臥している牡鹿と同じです。その野に繁る葛の葉が秋風にあおられて裏が見えて...あなたをおうらみいたします。」

参考:
下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ (藤原家隆朝臣 [新古今和歌集5]437)
野分せし小野の草ぶし荒れはててみ山に深きさをしかの声 (寂蓮法師 [新古今和歌集5]439)
嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらん (俊恵法師 [新古今和歌集5]440)
われならぬ人もあはれやまさるらむ鹿鳴く山の秋のゆふぐれ (土御門内大臣 [新古今和歌集5]443)
鳴く鹿の声に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思を (前大僧正慈円 [新古今和歌集5]445)
夜もすがらつまどふ鹿の鳴くなべに小萩が原の露ぞこぼるる (権中納言俊忠 [新古今和歌集5]446)
寝覚して久しくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる (源道済 [新古今和歌集5]447)
過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く声も惜しくやあるらむ (権大納言長家 [新古今和歌集5]452)
わが恋は松を時雨のそめかねて真葛が原に風さわぐなり (前大僧正慈円 [新古今和歌集11]1030)
いかにせむ葛のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を (相模 [新古今和歌集13]1166)
来ぬ人をあきのけしきやふけぬらむうらみによわるさをしかの声 (寂蓮法師 [新古今和歌集14]1321) (「まつ虫の声」のヴァリアント)
秋風の吹き裏返し葛の葉の葉の裏見れば恨めしきかな (平貞文 [古今和歌集15]823)

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独り寝と薦朽ちめやも綾むしろ緒になるまでに君をし待たむ


作者:不詳 出典:[万葉集11]2538/2543
中公文庫版『日本語で一番大事なもの』p.53

「(あなたを待って) 独り寝していて薦が朽ちるかもしれないけれども、綾むしろが糸になるまで待ちましょう」と云うのが表の意味だが、裏に、「あなたがいらして、「を」(「はい」) と返事ができるまで待ちましょう」と云う意味があるのだろう、と云うのが丸谷才一の議論。

「やれやれ、困ったもんだ」と思ってしまう。「朽ちめやも」が反語になることを、丸谷才一は承知していた筈なのに、なにをウッカリしていたのだろう (『日本語で一番大事なもの』p.86-p.89 で堀辰雄の『風立ちぬ』を引き合いに出して、「『風立ちぬ』のせいで、「やも」が誤解されると困るから」などと言っている)。

「やも」は反語である。だから「薦朽ちめやも」は「薦が壊れるなんてことがあるだろうか (いや、ありはしない)」と云う意味だ。

とは言え、告白すると、私もこの歌の意味が分からない。第2句までと、第3句以降が、うまく繋がらないのだ (丸谷才一が「誤解」したのも、少しだけ分かるような気がする)。一応、私なりの解を付けてみると「(共寝をするならともかく) 一人で寝ていても薦が壊れるなんてことがあるでしょうか (ある訣ないでしょう)。(一人で寝ていても) 綾むしろがボロボロになるまであなたを待ちましょう」となるが、書いてみてもサッパリ感興が沸かない。私も「誤解」しているか知らん。

合理化はできることはできる。二通りあって、一つは、「独り寝をしていても、薦と綾むしろとでは壊れ方が違う」と云うものだ。例えば「薦は被る物」、「綾むしろは敷く物」と云うような区別があるならば、薦は壊れなくても、綾むしろは長い間にはボロボロになるかもしれない (薦より綾むしろの方が織りがしっかりしてそうな気もするのだが、ここではそう云う話はしない)。つまり、それほど長い間あなたを待っていますよ、と云う意味になる。この場合、丸谷才一の「裏の意味」にも適う。
もう一つは、独り寝をしている限り薦は壊れない。(「当然」、と付けるべきか)綾むしろも壊れない。その壊れない綾むしろが「緒になるまでに」、と云うことはつまり、「永遠に」あなたを待ちましょう、と云う意味になる (この場合、緒にならないこと前提だから、丸谷才一の「裏の意味」は成立しない)。

まぁ、どちらにしろ、理に落ちて感心しないが、どうしても一つを選べと云うのなら、私は「永遠に待つ」だな。 (以下の補足参照)

ちなみに、この歌は丸谷才一の『新々百人一首』(みちのくのをだえの橋やこれならん踏みみ踏まずみこころまどはす (藤原道雅 [後拾遺和歌集13]751)) 中でも引用されている (新潮文庫『新々百人一首(下)』p.105)

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補足
改めて考え直した所、この歌は「一人ボケツッコミ」なのだと気付いた。

承諾の「を」と云う返事を頂けるまでいくらでも待つ譬えで「綾むしろ緒になるまで」と云う固定的表現が当時あったのかも知れないし、この表現が作者創案であっても構わないのだが、何れにしろ、「裏に仕掛けがあって、緒というのが『を』で、返事の『を』をかけてあるんだ思います」と云う丸谷才一の指摘は正鵠を射ているようだ。

つまり「綾むしろ緒になるまで君をし待たむ」が、この歌の主意なのだが、それに対して、独り寝したら「綾むしろ緒になるまで」なんて「アリエネーし」と (他人に言われる前に) 自分で自分の譬えにツッコミを入れているのだ。更に、恋の駆け引き上の微妙な、しかし作者にとっては遥かに重要だった筈の話をするなら「綾むしろ緒になるまで」と云う表現を使って、相手の女から「わたしが居ないからと云っても、独り寝はしないわけね」と、一番困るツッコミを招くと云う墓穴を掘りかねない可能性を考えただろう。

従って、この歌の解は「独り寝しているのだから、薦が壊れるなんて本当はありえないけれども、綾むしろがボロボロになって『緒』がでるほどの長い長い時間でも、あなたの『を』と云う承諾の返事をお待ちしましょう」になる。

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人は正しうなければ、人が用いぬぞ

作者:「作者」未確認 出典:『周易秘抄』下
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.379

陳述の意味を表わす形容詞「なし」の例。『周易秘抄』に就いては未確認。 岩波書店『國書總目録第四巻』p.236 によれば、写本が大阪府立中之島図書館にある由。「用いぬぞ」は「用ゐぬぞ」か??

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人はいさ心も知らずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける

作者:紀貫之 出典:[百人一首]35/[古今和歌集1]42
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.44, p.231, p.371

p.44 では、「知らない」、「分からない」を意味する「いさ」の用例として引用されている。丸谷才一の解は「さあ人はどういう心なのか知らないけれども、私が訪ねてきた昔なつかしいこの土地では、花は昔のとおりに咲いている」。
うぅむ。丸谷才一は「人/花」と「心/香」の二項対立の対応を見落としている。更に、細かいことを言うなら、気付きの「ける」を無視している。一応、私なりの解を付けておく。「久しぶりにやってきたこの懐かしい所で、人の心は昔どおりであるかはとにもかくにも、花の香は昔どおりでしたね」。

p.231 及び p.371 では、「心も知らず」が、「も」に否定の「ず」が承けている例として引用されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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人はいさ飽かぬ夜床に留めつる我が心こそ我を待つらめ

作者:源頼政 出典:[千載和歌集13]805
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.45

「知らない」、「分からない」を意味する「いさ」の用例。「あなたのことは分りませんが、昨夜の寝床のことでは満足できなかった私の心がしっかりと寝床に残っていて、私を待っているようですよ」。

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一つ松幾代かへぬる吹く風の音の清きは年深みかも

作者:市原王 出典:[万葉集6]1042/1046
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.118

係助詞「か」の用例。「幾代かへぬる」は「へぬる (は) 幾代か」の倒置。
大野晋の解:「一つ松よ、おまえさんがへてきたのは幾代なんだ、そのおまえさんから吹いてきて鳴る風の音の清く澄んで聞こえるのは、年長くここに立っているからか」。
「年深み」に就いては、「いにしへの古き堤は年深み池の渚に水草生ひにけり (山部赤人 [万葉集3]378/381)」がある。

この歌の詞書は「同じ月十一日に、活道(いくぢ)の岡に登り、一株(ひともと)の松の下に集ひて飲(うたげ)する歌二首」である。「年」は天平16年甲申。「月」は正月、元旦は「丙申」だったから、その1月11日は「丙午」だった筈である (閏正月のあった年だが、「閏」であったとの証拠はない。ただし、「閏正月」であった場合は、正月11日は「乙亥」)。つまり、この宴は「子の日」ではなかった。

「二首」のうちのもう一首は、「たまきはる命は知らず松が枝を結ぶ心は長くとぞ思ふ (大伴家持 [万葉集6]1043/1047)」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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人しれぬ思ひをつねにするがなる富士の山こそわが身なりけれ

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集11]534
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.178

「こそ」の用例。大野晋の解と説明:「人知れぬ思いをつねにするするがの国の富士の高嶺こそ、私とそっくりだなあ」となって詠嘆調になっている (「こそ」は単なる強調になっている)。

『日本語で一番大切なもの』の解は、「思ひ」の「ひ」が「火」と掛けてあることを組み込んでいない。確かに難しいのだが、強引に作ると「わたしは『片思ひ』と云う『火』を常にするがの富士の高嶺なのだなあ」

平安時代、富士山を「火の山」だった。たとえば、『竹取物語』は次のように結ばれている:
かの奉れる不死の藥の壺に、御文具して御使に賜はす。勅使には、調の岩笠といふ人を召して、駿河の國にあなる山の頂に持て行くべきよし仰せ給ふ。嶺にてすべきやう教へさせ給ふ。御文不死の藥の壺竝べて、火をつけてもやすべきよし仰せ給ふ。そのよし承りて、兵士ども數多具して山へ登りけるよりなむ、その山をばふじの山とは名づけける。その煙、未だ雲の中へ立ち昇るとぞいひ傳へたる。--[Taketori monogatari (UVa Library Etext Center: Japanese Text Initiative)]

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。

補足 (2008-04-26 [土]):

ふしのねの-たえぬおもひを-するからに-ときはにもゆる-みとそなりぬる (柿本人麻呂? [柿本集])
--和歌データベース:柿本集

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人知れず絶えなましかばわびつつも無き名ぞとだに言はましものを

作者:伊勢 出典:[古今和歌集15]810
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.252

「だに」の用例。
丸谷才一の解:「わたしたちの恋が人に知られいないうちに別れていたならば、悲しいことは悲しいけれど、でも、その話は浮きなもうけですよ、本当はそんなことはありませんでした、と言えたのに」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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他国に君をいませていつまでか吾が恋ひ居らむ時の知らなく

作者:狭野弟上娘子 出典:[万葉集15]3749/3771
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.375

「知らなく」は「知らぬアク」で、「分からないことよ」の意 (「アク語法」)。「他国」の訓は「ひとくに」。
大野晋の解:「よその国にあなたを置いておいて、いつまで私が恋続けていることだろう、その時(期限)の分からないことよ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ

作者:紀友則 出典:[古今和歌集2]84
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.393

「らむ」の用例。『日本語で一番大切なもの』における所説は以下の通り:この「らむ」は、詠嘆の意味ととって、一応「こんなに光がのどかに出ている春の日に、落ち着いた心もなく花はちることよ」と訳せはする (本居宣長は、「かな」に通う「らむ」と云うことを言っている。そこで、「らむ」を「かな」で置き換えると「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るかな」となって、それでも良いようにも思える) が、「なぜ」を補って、理由・原因を推量すると云うようにも訳せる (本居宣長も但し書きを付けて、「らむ」が詠嘆であると云う断定に含みを持たせている)。「らむ」には本質的に曖昧なところがある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。

作者:本居宣長 出典:詞の玉緒
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.395

『日本語で一番大切なもの』p.393 で引用されている「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ (紀友則 [古今和歌集2]84)」に対する本居宣長の評註。この本居宣長の書き方は、非常に但書きが多くて、含みのある言い方 (丸谷才一)。但書きでぬかりが無いようにしてある (大野晋)。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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久堅のあめにしをるる君ゆゑに月日もしらで恋ひわたるらん

作者:柿本人麻呂 出典:[新古今和歌集8]849
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.396

丸谷才一の説明:この歌の元の歌は 「久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも ([万葉集2]200)」である。つまり、『新古今集』は「かも」を「らん」に変えたか、あるいは、そう云う伝承が以前からあったことになる。とすると、『新古今』の歌人たちにとっては、「かも」も「らむ」も非常に近いものだったと言える。

詞書「ならの帝ををさめたてまつりけるを見て

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久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも

作者:柿本人麻呂 出典:[万葉集2]200
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.397, p.398

「かも」の用例。『日本語で一番大切なもの』p.396 に引用されている「久堅のあめにしをるる君ゆゑに月日もしらで恋ひわたるらん (柿本人麻呂 [新古今和歌集8]849)」の元の形。末尾の「かも」と「らん」との違いに注意。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひさかたの天照る月は見つれども吾が思う妹に遇はぬころかも

作者:不詳 出典:[万葉集15]3650/3672
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.293

大野晋の説明と解:「ア(吾)ガ」は、じかに「思ふ」にかかるのではなく、本来はその下の「妹」にかかるので「アガ妹」、つまり恋人にかかる。しかし、言葉の上では時間的な順序として「アガ」の次に「おもふ」と云う動詞がある。そこで「アガおもふ」と云う結び付きが強く意識されるようになる。
「大空を渡っていく月は見たけれども、私が胸の中に抱いている恋人にはこの頃は逢うことができない」。

参考 ([万葉集15]3644/3666 から [万葉集15]3651/3673 に対する詞書):
佐婆の海中にしてたちまち逆風に遭ひ、漲ぎらふ浪に漂流す。経宿の後に、幸くして順風を得、豊前の国の下毛の郡の分間の浦に到著す。ここに追ひて艱難を怛みし、悽惆しびて作る歌八首

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひさかたの天つみ空に照る月の失せなむひこそわが恋ひやまめ

作者:不詳 出典:[万葉集12]3004/3018
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.145

「こそ...め」の已然形係結びの例。
大野晋の解:「ひさかたの天つみそらに照る月がたしかになくなってしまう日があったら、その日にこそ、私の恋はやむでしょうけれど」

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火打箱が見えぬ。

作者:近松門左衛門 出典:曾根崎心中
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.425

「ぞ」から「が」への移行は、江戸時代に入ると確立する。「火打箱が見えぬ」は連体形終止になっている。岩波文庫『曾根崎心中・冥途の飛脚・他五篇』[曾根崎心中] p.41

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
[曾根崎心中]
亭主奥にて目をさまし。「今のはなんぢや。女子共 有明の火も消えた。起きてとぼせ」と起されて 下女は眠そに目をすりすり。丸裸にて起出で「火打箱が見えぬ」と。探り歩くを触らじと あなたこなたへ這いまつはるゝ玉葛、苦しき闇の現なや。やうやう二人手を取合ひ。門口迄そつと出で 掛金は外せしが、車戸の音 いぶかしく 明けかねし 折から、下女は火打をはたはたと。打つ音に紛らかし ちやうど打てば そつと開け。かちかち打てば そろそろ明け。合はせ合はせて身を縮め 袖と袖とを槙の戸や。虎の尾を踏む心地して 二人続いて つつと出で。顔を見合はせ「アヽうれし」と 死にゝ行く身を喜びし。あはれさ つらさ あさましさ、跡に火打の石の火の 命の末こそ 短けれ。 (岩波文庫『曾根崎心中・冥途の飛脚・他五篇』 p.41)

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はるる夜の星か川べの蛍かもわが住む方のあまのたく火か

作者:在原業平 出典:[伊勢物語]87/[新古今和歌集17]1589
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.21

疑問を表わす「かも」の用例。
『伊勢物語』にれよば「わが住む方」は「蘆屋の里」(現兵庫県芦屋市付近)。知人達と自宅前の海岸に出た後、そこから山の上の方の滝を見に行った帰るさ、日が暮れてしまった時に、自宅の方を見た情景を詠んだと云うことになっている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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春の野に鳴くやうぐひすなつけむとわが家の園に梅が花咲く

作者:算師志氏大道(さんししじのおほみち) 出典:[万葉集5]837/841
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.69

「や」の用例。下二段動詞「なつけ」(連用形) は「なつかせる」の意。「家」の訓は「へ」。

大野晋の説明:「春の野に鳴くやうぐひす」は「春の野に鳴くうぐひす」と云うこと。丸谷才一の説明:複数の人間の間で歌う唄だったのが、単数で歌う和歌に変わった時に、掛け声の「や」が間投助詞の「や」に変わる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集2]93
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.383, p.394

p.383 では、第3人称に付いた「じ」(打ち消しの推量) の用例として引用されている。

秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮 (鴨長明 [新古今和歌集4]366)」の本歌。

p.394 では、「らむ」の用例として引用されている。この「らむ」は疑問とも詠嘆の思い入れともとれる。本居宣長は、こうした「らむ」を「かな」に通う (つまり、詠嘆である) とは言っているが、多くの但し書きをつけて、断定に含みを持たせてある。

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春の雨にありけるものをたちかくれ妹が家道にこの日くらしつ

作者:不詳 出典:[万葉集10]1877/1881
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.351

「ものを」の用例。大野晋の説明によれば、この歌は「(帰ろうと思えば帰れる)春の雨でしかないのに、それを口実にして恋人の家に入り浸って自分の家に帰らなかった」と云うことで、「本当は帰らねばならないのに」と云う気分が「ものを」に出ているなのだそうだが...
うーん。しかし「妹が家路」だから、「恋人の家」ではなくて「恋人の家へと続く道」だろう。大野晋の解釈は成り立たないと思う。「春の雨にありけるものを」の「を」には、「春雨だから濡れても行けるのに」と云う気分であるのは大野晋の言う通りだろうが、「本当は恋人の家から帰らねばならないのに」ではなくて「本当は恋人の家に行かねばならないのに」と理解すべきなのだ。だから、解としては「『春の雨』だったのに、つい雨宿りをしていたら、恋人の家に行く途中で日が暮れてしまったよ」になる。
まぁ、男のために想像してやるなら、雨宿りをしていて、「これなら、そのうち止むだろうから、止んでから出て行こう」と云う (ただし、「春雨じゃ、濡れて行こう」と言える程度の) 小雨が夕暮れまで降り続けたのだろう。夕方になって、なんだ「春雨」 だったではないか、「小雨決行」すべきだったと気付いたのだが、「後悔先に立たず」と云うことだろう。

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春されば吾家の里の川門には鮎児さばしる君待ちがてに

作者:不詳(娘等) 出典:[万葉集5]859/863
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.362

「に」を否定と見ると、「待ちきれずに」で、「ずに」に当たる。しかし、格助詞の「に」と混線して「がてに」が「できなくて」になった。「鮎児」の訓は字面通り「あゆこ」。

この歌は、[万葉集5]853/857 から [万葉集5]863/867 までの、松浦川 (現佐賀県「玉島川」) に題をとる一連の作品に属する。その第1首には大伴旅人による序文が付されているが、それは以下の通り:

   松浦川に遊ぶ序
  余、たまさかに松浦の県に往きて逍遥し、いささかに玉島の潭に臨みて遊覧するに、たちまちに魚を釣る娘子らに値(あ)ひぬ。花容双びなく、光儀匹ひなし。柳葉を眉の中に開き、桃花を頬の上に発く。 意気は雲を凌ぎ、風流は世に絶れたり。
  僕、問ひて「誰が郷誰が家の子らぞ、けだし神仙にあらむか」といふ。娘子ら、みな咲み答へて「児等は漁夫の舎の児、草庵の微しき者なり。郷もなく家もなし。何ぞ称り云ふに足らむ。ただ性水に便ひ、また心を山に楽しぶ。あるいは洛浦に臨みて、いたづらに玉魚を羨しぶ、あるいは巫峡に臥して、空しく烟霞を望む。今たまさかに貴客に相遇ひ、感応に勝へず。すなはち欵曲を陳ぶ。今より後に、あに偕老にあらざるべけむ」といふ。下官、対へて「唯々、敬みて芳命を奉はらむ」といふ。 時に日は山の西に落ち、驪馬去なむとす。
  つひに懐抱を申べ、よりて詠歌を贈りて曰はく、
あさりする海人の子どもと人は言へど見るに知らえぬ貴人の子と
(大伴旅人 [万葉集5]853/857)

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春雨ににほへる色もあかなくに香さへなつかし山吹の花

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集2]122
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.237

「さへ」の用例の歌だが、「にほふ」が色だとはっきり分かる例。『日本語で一番大切なもの』p.236 の「手にとれば袖さへ匂ふをみなへしこの白露に散らまく惜しも (作者不詳 [万葉集10]2115/2119)」を参照。

[ゑ] 補足:ヤマブキの花には香と言えるような香はなかったと思うので、やや不審。ただし、「色も香もなつかしきかな蛙鳴く井手のわたりの山吹の花 (小野小町 [新後拾遺和歌集2]145)」と云うものもあることはある。

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春風に朱のそほ舟歌ふらん

作者:蕪村 出典:「ほうらいの(三つ物三組)其三」/安永四年春帖
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.404

「かな」に通う「らん」。

参考 (講談社『蕪村全集2連句』p.331):
其一
ほうらいの山まつりせむ老の春 (蕪村)
  金茎(きんけい)の露一盃(いっぱい)の屠蘇 (我則)
閣(かく)寒く楼(ろう)あたゝかに梅咲て (月渓)

其二
みよし野ゝ(の)旅出(で)て撰ばんはつ暦(ごよみ) (月渓)
  花の都やみなさくら人 (蕪村)
おぼろ月堤(つつみ)の小家(こいへ)ゆかしくて (我則)

其三
富士の夢さめ行(ゆく)窓(まど)や初霞 (我則)
  よゝと雑煮をくらふ家の子 (月渓)
春風に朱(あけ)のそを(ほ)舟哥ふらん (蕪村)」

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祝部らが斎ふ社の黄葉も標縄越えて散るといふものを

作者:不詳 出典:[万葉集10]2309/2313
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.296

助詞「が」の用例。

丸谷才一の説明:「祝部(はふり)ら」で神官(男)。「紅葉ば」には幣のイメージが入っている。「祝部たちが祭祀をしている神域の紅葉もしめ縄を越えて散るではないですか (どうしてあなたは掟を守ってばかりいて私になびいてくれないのか)」。
参照「祝子(はふりこ)がいはふ社の紅葉ばもしめをば越えて散るといふものを (読人しらず [拾遺和歌集17]1135)」。

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祝子がいはふ社の紅葉ばもしめをば越えて散るといふものを

作者:読人しらず 出典:[拾遺和歌集17]1135
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.296

助詞「が」の用例。

丸谷才一の説明:「祝子(はふりこ)」なので女。「紅葉ば」には幣のイメージが入っている。「祝子が祭祀をしている神域の紅葉もしめ縄を越えて散るではないですか (どうしてあなたは掟を守ってばかりいて私になびいてくれないのか)」。
参照「祝部(はふり)らが斎(いは)ふ社の黄葉(もみぢば)も標縄(しめなは)越えて散るといふものを (作者不詳 [万葉集10]2309/2313)」

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花は根に鳥は古巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき

作者:崇徳院 出典:[千載和歌集2]122
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.377

「存在しない」を意味する形容詞「なし」の例。

参考 (『和漢朗詠集』)
花悔帰根無益悔
鳥期入谷定延期

(藤滋藤 [和漢朗詠集/巻上/春/閏三月])
花は根に帰らむことを悔ゆれども悔ゆるに益なし
鳥は谷に入らむことを期すれど定めて期を延ぶらむ


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花の色も宿も昔のそれながら変れるものは露にぞありける

作者:清原元輔 出典:[拾遺和歌集20]1276
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.230

新しい使い方の「も」で、並列の「も」

[ゑ]補足:この歌は『拾遺和歌集』巻第二十「哀傷」第3歌。第1歌に和したものだろう。第1歌から第5歌を再録すると:
  むすめにまかりおくれて又の年の春、さくらの花ざかりに家の花を見て、いささかに思ひを述ぶといふ題を詠み侍ける
櫻花のどけかりけりなき人をこふる涙ぞまづは落ちける
(小野宮太政大臣/藤原実頼 [拾遺和歌集20]1274)
面影に色のみ残る櫻花幾世の春をこひむとすらん (平兼盛 [拾遺和歌集20]1275)
花の色も宿も昔のそれながらかはれる物は露にぞ有ける (清原元輔 [拾遺和歌集20]1276)
櫻花にほふものからつゆけきはこのめも物を思なるべし (大中臣能宣 [拾遺和歌集20]1277)
  この事をきき侍りて後に
君まさばまづぞをらまし櫻花風のたよりにきくぞ悲しき
(大納言延光 [拾遺和歌集20]1278)

一応私なりの解を付けておく:「花の色も、人の住み処も、以前と同じです。変わってしまったのは、今では目から落ちるようになった露なのでした」

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補足
藤原実頼 ((ふじわらのさねより 900年-970年) には、娘が二人しかいなかったようだ。長女は慶子 (けいこ/よしこ)。朱雀天皇の女御となった。951年11月10日沒。次女は、述子 (じゅつし/のぶこ)。946年、村上天皇の女御となったが、翌947年病死 (疱瘡)、15歳だった。二人の他に藤原実頼には入内させるべき娘を持たなかったので、実頼には天皇の外戚となる道が閉ざされた。この結果、小野宮家は没落していき、藤原嫡流は弟の藤原師輔 (娘安子は村上女御・中宮として冷泉・円融両帝を産んだ) の家系に切り替わっていく。

この哀傷歌は述子が夭折した際のものらしい。

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花の色も常盤ならなむ弱竹の長きよに置く露しかからば

作者:清原元輔 出典:[拾遺和歌集18]1161
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.229

「も」の下は願望の「なむ」だから (「花の色も永久であってほしい」)、不確定になっている。

参考 (詞書):九條右大臣五十の賀の屏風に竹ある所に花の木の近くあり
『日本語で一番大切なもの』で解は与えられていない。勿論、初二句で、「九條右大臣」の長寿を暗喩しているだけの歌なのだが、一応私なりのものを付けておくと、まず「かからば」は「かくあらば」であるが、「露」の縁語でもあることに注意。ただし、縁語であることを越えて、露が花にかかると云う含意はないとすべきだろう。なぜなら、もしそうだとすると、未然の条件つきで、長寿を願ってしまうことになるからだ (実を言うと、作者の意図はどうであれ、この歌の裏には長命を否定する予言が形成されている)。と云う訣で、つぎのようになるだろう:「この絵の中の弱竹(なよたけ) の長い節にも『かかる命の長き』露が降りているのですから、花の色も永遠であり続けますように」。

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補足
この「九條右大臣」は藤原師輔 (ふじわらのもろすけ 908年-960年) だろう。

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花の色はちらぬ間ばかり故郷に常にはまつの緑なりけり

作者:藤原雅正(まさただ) 出典:[後撰和歌集1]43
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.229

大野晋の説明:「は」には「も」のような不確定・不確実な要素はない。「花の色は」は「ちらぬ間ばかり」のことと、はっきりと問と答を言っている。

『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていないので、私 ([ゑ]) なりに改めて考えてみたが、歌の構成が歪んでいて、歌意が取りづらいことに気付いた (「常にはまつ」に引き摺られて、「深読み」しそうになるのだが、結局何処にも辿り着かない)。 まぁ、普通に想像するならば、「(目の前のこの) 花の色は咲いている間しか私を待ってくれないのだが、『なつかしいあの場所にある』松の緑は永遠に私を待ってくれるのだな」ぐらいのことなのだろうが...。「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに (小野小町 [百人一首]9/[古今和歌集2]113)」を踏まえてはいるのだろう。

参考 (『後撰和歌集』中の直前歌と):
  松のもとにかれこれ侍りて花を見やりて
ふかみどり常磐の松のかげにゐてうつろふ花をよそにこそ見れ
(坂上是則 [後撰和歌集1]42)
  おなじ心をよめる
花の色は散らぬ間ばかり故郷に常にはまつの緑なりけり
(藤原雅正 [後撰和歌集1]43)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

作者:小野小町 出典:[百人一首]9/[古今和歌集2]113
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.228

大野晋の説明:「は」には「も」のような不確定・不確実な要素はない。「花の色は(どうしたか)」と云う明確な問題提起があり、其の答は、「変わってしまったなあ」と云う訣である。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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花ちらす風のやどりは誰か知るわれに教へよゆきてうらみむ

作者:素性法師 出典:[古今和歌集2]76
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.269

助詞「の」の用例。大野晋の説明:「風のやどり」は「風が存在するやどり場所」の意。このような存在や所属ということから、人間や物がそこに存在し、そこに所属するだけではなくて、性質が所属すると云うことに転じて、属性を示す「の」になる。

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薄暮ハカイクラミトモ云フゾ

作者:笑雲清三 出典:[四河入海]1-1
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.95

『日本 国語大辞典(第2版)』や『岩波古語辞典(補訂版)』の「かいくらみ」の項での用例になっている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ハイ、うつぼを読返さうと存じてをる所へ、活字本を求めましたから幸ひに異同を訂してをります。さりながら旧冬は何角用事にさへられまして、俊蔭の巻を半過るほとで捨置きました

作者:式亭三馬 出典:浮世風呂
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.7

戯画化された「女国学者」の登場人物、鴨子と鳧子の会話。鳧子から「鴨子さん、此間は何を御覧じます」と訪ねられての、鴨子の返事。

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野守は見ずや

作者:額田王 出典:[万葉集1]20
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.18, p.76

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る (額田王 [万葉集1]20)」の形で p.76 で再出。

詞書:「天皇、蒲生野(かまふの)に遊猟(みかり)したまふ時に、額田王が作る歌」。

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昇ると沈むと有りてあるいは上りあるいは下り

作者:未確認又は該当情報なし 出典:『金光明最勝王経』平安初期点
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.311

「ある人は上りある人は下り」。『岩波古語辞典第2版』[あるい]の項(p.74)参照。

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野辺近く家居しせれば鶯のなくなる声は朝な朝な聞く

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集1]16
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.210

「声は」の「は」は、「事実関係」だけから (つまり「英文法」に即して) 言えば目的格を表わす。しかし、日本語としては「は」は「提題の助詞」と理解すべきである。

『日本語で一番大切なもの』では、歌全体としての釈義が与えられていないが、今仮に付けておくと「『野辺』近くに住んでいるので、鶯の鳴き声のことなら毎朝聞いていますよ」ぐらいになるか。特に取り立てるほどの内容ではないかもしれないが、ただ、「野辺」をどう理解するかは微妙だろう。「野辺」には「送葬の野」とか「埋葬地」の意味があるからだ。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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後瀬山後も逢はむと思へこそ死ぬべきものを今日までも生けれ

作者:大伴家持 出典:[万葉集4]739/742
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.170

「こそ」の用例。大野晋は「後にでもお前に会おうと思うからこそ今日までも生きているのに (お前は私を疑ってあれこれうるさいことを言う)」と解して、言いたいことが歌中に示されず、言外にある例だと説明している。
大体その通りなのだが、言外の「お前は私を疑ってあれこれうるさいことを言う」は、少し違うのではないだろうか。

この歌は、大伴坂上大嬢との相聞中の一首で、彼女の「かにかくに人は言ふとも若狭道の後瀬の山の後も逢はむ君 (大伴坂上大嬢 [万葉集4]737/740)」と「世の中し苦しきものにありけらし恋にあへずて死ぬべき思へば (大伴坂上大嬢 [万葉集4]738/741)」とに大伴家持が和したものなのだ。つまり「娘」が「世間の噂がどうでも後で逢えるわよね」とか「恋の苦しさに負けて死んでしまいそう」とか、やや纏まりのない拗ね方をしたので、「男」が「死んだら逢えなくなるのだけれど...」と、(多分、やや呆れて、ただし優しく) たしなめたのが、この歌だろう (大野晋の言いたいことは、私としては分かるんだが、その一方で、ミスリードしそうな表現だと思う)。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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子の日しに都へゆかん友もがな

作者:芭蕉 出典:[蕉翁全伝]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.387

仮定を表わす「む」の使用例。

貞亨2年 (1685年) 芭蕉42歳の作。当時芭蕉は「のざらし紀行」の途上で、故郷伊賀上野にあった。この「友」は「幼友達」と考えてよかろう。

当時京都での「子の日遊び」がどのようなものだったかは未確認。

参考 ([源氏物語:初音]):
今日は、子の日なりけり。げに、千歳の春をかけて祝はむに、ことわりなる日なり。
ひめ君の御方にわたり給へれば、童・下仕へなど、お前の山の小松、引き遊ぶ。若き人々の心地ども、おきどころなく見ゆ。 北のおとゞより、わざとがましくし集めたる鬚籠ども、破子など、たてまつれ給へり。 えならぬ五葉の枝に移れる鴬も、 思ふ心あらむかし。
  「年月をまつにひかれてふる人に今日うぐひすの初音聞かせよ
 音せぬ里の」
と、聞こえ給へるを、「げに、あはれ」と、おぼし知る。言忌も、えし給はぬけしきなり。

(岩波文庫『源氏物語(二)』p.382-p.383)。初子の日と元旦が重なった設定になっている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ぬるがうちに帰る昔の夢もがな見ぬ世のことを人に語らん

作者:源基氏 出典:[新続古今和歌集18]1953
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.299

「が」の用例。「ぬるがうち」の「ぬる」が連体形で体言相当。「見ぬ世」とは、昔のこと。「見」は夢の縁語。「懐旧の心を」と云う題が付いている。丸谷才一の解は「寝ているうちに昔に帰って昔の夢が見たいものだ、その夢で見た昔のことを人に語ろう」。

『新続古今集』は二十一代集最後の勅撰集。

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。

補足 (2008-04-27[日])

ここで「人」と云うのは、「世間一般の人」ではなく、特定の個人を意識していたのではないだろうか。その場合は「あなた」とパラフレーズすることができると思う。

私なりの解をつけておくと:「寝ているうちに昔に戻るような夢があるといいのですが。現実には見たことのないその頃のことをあなたに話してさしあげましょうものを」。

「...もがな。...らん」で、サブジャンクティブになっている。

なお、「源基氏」とは、初代「鎌倉公方足利基氏のことだろう。

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主しらぬ香こそにほへれ秋の野に誰がぬぎかけし藤袴ぞも

作者:素性法師 出典:[古今和歌集4]241
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.294

「が」の用例。「が」は、本来、体言と体言とを結びつける助詞なので、基本としては「誰が藤袴」。詞書は「ふぢばかまをよめる

「ふぢばかま」は秋の七草のひとつ。茎・葉に芳香がある。ただし、生草としては香りはあまりないらしい。衣服としての「ふぢばかま」は粗末なものであるらしいので、この歌は単に (乾燥した) フジバカマに香気があると云うことをモチーフにして「人が居ないのに良い香りがする。秋の野で (香りを焚きしめた) 袴を脱ぎかけたのは誰だろう」と云う言語遊戯。「袴を脱いで、野中の何かに懸けた」とも「袴を途中まで脱いだ」ともとれるし、さらに、実はそこにはフジバカマが生えていたのだったともとれる。

『古今和歌集』における直前2首も藤袴を歌う:
なに人か来てぬぎかけし藤ばかまくる秋ごとにのべをにほはす 藤原敏行 [古今和歌集4]239
やどりせし人のかたみかふぢばかまわすられがたきかににほひつつ 紀貫之 [古今和歌集4]240

なお、『源氏物語』に「藤袴」の巻があって、夕霧が御簾の外から、フジバカマの花を、一方を握ったまま御簾内にさし入れて、そのことに全く気付かずに、花を取ろうとした玉鬘の袖を、夕霧が引っ張ると云うシーンがある。殆どルアーフィッシングなんだが、それはそれとして、このフジバカマの花は乾かしていあったのか生花だったのか? 夕霧が詠んだ歌からすると生花だったのかもしれない (「露」のイメージはドライフラワーには合わないだろう。なお、「藤袴」は「藤衣 (喪服)」に掛けている。香りは意識されていないようだ)。

参考 ([源氏物語30]「藤袴」):
「かゝるついでに」とや、おもひよりけむ、蘭の花の、いとおもしろきを、持給へりけるを、御簾の前よりさし入れて、「これも、御覧ずべき故はありけり」とて、とみにも許さで持給へれば、うつたへに、思ひ寄らで取り給ふ御袖を、引き動かしたり
  同じ野の露にやつるゝ藤袴あはれはかけよかごとばかりも
(岩波文庫『源氏物語(三)』p.150)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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にほの海や月の光のうつろへば浪の花にも秋はみえけり

作者:藤原家隆 出典:[新古今和歌集4]389
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.72

地名+「や」で「...では」を意味する例。
「にほの海」は「琵琶湖」の異称。「浪の花」は「波しぶき」や「波間の泡」を花に見立てたのもの。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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二十八貫の銀では、疵のない、手入らずの女房が持たるゝ。

作者:近松門左衛門 出典:心中万年草
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.425

「ぞ」から「が」への移行は、江戸時代に入ると確立する。「女房が持たるゝ」は連体形終止であることに注意。
岩波文庫『曾根崎心中・冥途の飛脚・他五篇』[心中万年草] p.269 では「二十八貫目(くはんめ)の銀(かね)では、傷(きづ)のない手入(い)らずの女房が持(も)たるゝゥ」となっている。 なお、「疵/傷」の歴史仮名遣い訓は「きず」。

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補足
[心中万年草]
「ヲヽのみこんだ こりや男。雷が鳴つたとて こちの娘が不義のある証拠にはなるまいぞ。どふでも今宵祝言させ くゝり付けて往なせねば。雑賀屋の与次右衛門がゥ町へ面が出されぬ。手柄に婿にして見せふ」。「ヲヽおれが身代見かけては 定めて婿に欲しからふ。二十八貫目の銀では、傷のない手入らずの。女房が持たるゝゥおれが銀でこしらへた。夜着蒲団から取つてくれふ」と二階へ上がれば与次右衛門。腕ねぢ折らふとゥ引下ろし 上を下へとつかみ合ふ。(岩波文庫『曾根崎心中・冥途の飛脚・他五篇』 p.269)

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西の海立つ白波のうへにしてなにすぐすらん仮のこの世を

作者:宇佐神宮神託 出典:[新古今和歌集19]1864
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.338

「を」の用例。「仮のこの世」に対する思い入れが感じられる。丸谷才一の説明では、この歌は、和気清麻呂に与えた宇佐神宮の神託とされているとのこと。「(道鏡は坊さんなのに) 仮のこの世をいったいどうしてうかうか過ごしているのか」。神託とされているのに、「なにすぐすらん」では、古い歌らしくないせいか日本史ではあまり扱われない。

『日本語で一番大切なもの』の解釈では、序詞でもない「西の海立つ白波のうへにして」の意味が落ち着かない。この歌は、和気清麻呂が神託を受けに宇佐八幡へと出発する際に詠んだと云う説話もあり、そうだとすると解が異なってくるが、その場合も意味の繋がりが悪い。つまり、どう解釈しようとしても意味の据わりが悪い歌だ。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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涙さへ時雨に添ひて故郷は紅葉の色にこさまさりけり

作者:伊勢 出典:[後撰和歌集8]460
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.237

「さへ」の用例。伊勢は「さへ」と「添ひ」との組み合わせが好みだったらしい。

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難波津や田螺の蓋も冬ごもり

作者:芭蕉 出典:[市の庵]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.73

俳諧の切字「や」の例。地名+「や」の形。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
この句は、大阪に進出した近江蕉門の洒堂に贈ったもの。その前書きに曰く:
贈洒堂
湖水の磯を這ひ出でたる田螺一疋、芦間の蟹の鋏を恐れよ。牛にも馬にも踏まるる事なかれ。

参考ウェブページ:芭蕉発句全集「難波津や田螺の蓋も冬ごもり」

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なにはがた短きあしのふしのまも会はでこの世をすぐしてよとや

作者:伊勢 出典:[新古今和歌集11]1049
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.226

大野晋の説明:「も」は下の否定的表現「会はで(会わないで)」と呼応している。「も」は、古くは否定などの不確定表現と呼応することが非常に多かった。『新古今』時代でも、多くは否定・推量・仮定・命令と呼応する。

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何となく、
今年はよい事あるごとし、
元日の朝、晴れて風なし。

作者:石川啄木 出典:『悲しき玩具』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.379

不存在の「なし」の用例。丸谷才一によれば、王朝和歌だけでなく、石川啄木でも陳述の意味の「なし」は使われていない。

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夏やせに良しといふ物ぞ

作者:大伴家持 出典:[万葉集16]3853/3875
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.19, p.95

奈良以前では、名詞の下に「である」と云う自動詞の役をする言葉が発達しておらず、名詞に「ぞ(そ)」だけをつけていた。「夏やせによいといいますぞ」。
石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ (大伴家持 [万葉集16]3875)」の形で p.95 で再出。

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夏と秋とゆきかふ空のかよひ路はかたへ涼しき風やふくらむ

作者:凡河内躬恒 出典:[古今和歌集3]168
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.129

「や」の用例。「かたへ涼しき風や吹くらむ」とは「片方は涼しい風が吹くだろうな」と、見込みのあることを言っている。

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夏刈の玉江の芦を踏みしだき群れゐる鳥のたつそらぞなき

作者:源重之 出典:[後拾遺和歌集3]219
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.247

丸谷才一曰く:「すら」は漢文訓読系では「そら」になる。これは、和歌でそうした「そら」が使われている例かもしれない。「天」と「心」と「そら」が係っているのではないか。

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慰もる心はなしにかくのみし恋ひやわたらむ月に日にけに

作者:不詳 出典:[万葉集11]2596/2601
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.127

「恋ひやわたらむ」が、見込みのあることを示す助詞「や」の用例として採用されている。「慰もる心はなしにかくのみし恋ひやわたらむ」は「慰む気持ちもなく、こんな風に恋に苦しみつづけることでしょう」
「けに」は「異に」。「格段に」の意。この歌の場合は、「ますます」。

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鳴きわたる雁のなみだや落ちつらむもの思ふ宿の萩のうえのつゆ

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集4]221
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.266

生産者・作者を意味する「の」の例。
[nouse: [八代集秀逸]中のよみ人知らず歌リンク集] (2007年2月2日[金]) を参照。

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なき人のかたみの雲やしをるらむ夕の雨に色は見えねど

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集8]803
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.378

「この世にいない」を意味する形容詞「なし」の例。

人が亡くなると雲が立つと信じられていたのだろうか?

ただし、この歌は「見し人の煙を雲とながむれば夕の雲もむつましきかな (光源氏/紫式部 [源氏物語]『夕顔』)」(岩波文庫『源氏物語(一)』p.155) の本歌取りらしい。

再びただし、源氏が夕顔の遺骸のもとを去る道すがら「道、いと露けきに、いとゞしき朝霧、いづこともなく惑ふ心地し給ふ」(岩波文庫『源氏物語(一)』p.147) とある。

なお、丸谷才一の『新々百人一首』では、この歌の「大意」が註の形で与えられていて、「故人の遺骸を荼毘に付したときの煙のせいで出来た雲が衰えてぐったりしてゐるやうだ。夕べの雨のせいでさだかには見えないけれど」とある。うーむ。

一応私の「大意」も披露しておくと、「そうしたようすがはっきり分かる訣のものでもないのだが、この夕べの雨は、死んでしまったあの人がかたみとして残した雲が弱って降ってきたように思える」。

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汝が母を取らくを知らに、汝が父を取らくを知らに、イそばひ居るよ、いかるがとひめと

作者:不詳 出典:[万葉集13]3239/3253
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
近江の海 泊り八十あり 八十島の 島の崎々 あり立てる 花橘を ほつ枝に もち引き懸け 中つ枝に 斑鳩懸け 下枝に 比米を懸け 汝が母を 取らくを知らに 汝が父を 取らくを知らに いそばひ居るよ 斑鳩と比米と (作者不詳 [万葉集13]3239/3253)」

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長月の有明の月のありつつも君しきまさばわれ恋めやも

作者:柿本人麻呂 出典:[拾遺和歌集13]795
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.88

「やも」の用例。

連語としての「ありつつも」は「このままで」・「引き続いて」・「いつでも」の意(『岩波古語辞典補訂版』)。大野晋は、「ありつつも」を、「このままずっと」と解している。

また動詞「恋ひ」(連用形) だけで「恋しい想いで苦しむ」を意味する。参考:「人言の繁きこのころ玉ならば手に巻き持ちて恋ひずあらましを (河辺宮人 [万葉集3]436/439)」

大野晋の解は「このままずっとあなたが通って来てくださるなら、私はこんな恋しい心で苦しむことはない」。

しかし、私 ([ゑ]) の解釈は、やや異なる。以下の通り「恋人よ、(長い長い夜の、その明け方の)長月の有明の月が空に残っている間に来てくれさえするならば、私は恋しい思いに苦しまないですむのだよ」。

『拾遺和歌集』における、この歌を前後の歌と並べて再録しておく。
参考 (『拾遺和歌集』巻第十三。 794-786)
  万葉集和せる歌
ひとり寝る宿には月の見えざらば恋しき事の数はまさらじ
(源順 [拾遺和歌集13]794)
  題知らず
長月の有明の月のあつつも君し来まさばわれ恋ひめやも
(柿本人麻呂 [拾遺和歌集13]795)
  月あかき夜人を待ち侍て
ことならば闇にぞあらまし秋の夜のなぞ月影の人頼めなる
(柿本人麻呂 [拾遺和歌集13]796)

勿論、次の歌を連想することも忘れてはなるまい:
今こむといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな (素性法師 [百人一首]21/[古今和歌集14]691)

この和歌 (「長月の有明の月のありつつも君しきまさばわれ恋めやも」) は、濠辰雄の「風立ちぬ。いざいきめやも」に関連して引用されている。「やも」は反語なので、「生きめやも」では「生きようか(いや止めておこう)」になる。これはヴァレリーの原詩 "il faut tenter de vivre !" (「生きていかなくては!」) の全くの誤訳である。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
私は大野晋の学業に敬意を持つこと人後に落ちると感じるものではないが、『岩波古語辞典』の「ありつつも」の語義 (当然、大野晋の担当であるべき) には若干の違和感を覚える。

そこで、『万葉集』で「ありつつも」が登場する歌を拾ってみると、以下のようになる。

ありつつも君をば待たむうちなびく我が黒髪に霜の置くまでに (磐姫皇后/磐之媛命/磐姫/仁徳天皇妃 [万葉集2]87)

佐保川の岸のつかさの柴な刈りそねありつつも春し来たらば立ち隠るがね (大伴坂上郎女 [万葉集4]529/532)

この岡に草刈るわらはなしか刈りそね ありつつも君が来まさば御馬草にせむ (柿本人麻呂歌集 [万葉集7]1291/1295)

岡の崎廻みたる道を人な通ひそ ありつつも君が来まさむ避き道にせむ (古歌集 [万葉集11]2363/2667)

今夜の有明月夜ありつつも君をおきては待つ人もなし (作者不詳 [万葉集11]2671/2679)

安太多良の嶺に臥す鹿猪のありつつも吾は至らむ寝処な去りそね (陸奥国歌 [万葉集14]3428/3447)

  三月十九日に、家持が庄の門の槻の樹の下にて宴飲する歌二首
山吹は撫でつつ生ほさむありつつも君来ましつつかざしたりけり
(置始長谷 [万葉集20]4302/4326)
   右の一首は置始連長谷。
我が背子がやどの山吹咲きてあらばやまず通はむいや年のはに (大伴家持 [万葉集20]4303/4327)
   右の一首は、長谷、花を攀ぢ壷を提りて到り来。これによりて、大伴宿禰家持この歌を作りて和ふ。


  神丘に登りて、山部宿禰赤人の作れる歌一首并せて短歌
みもろの 神なび山に 五百枝さし 繁に生ひたる 栂の木の いや継ぎ継ぎに 玉葛 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見が欲し 秋の夜は 川しさやけし 朝雲に 鶴は乱る 夕霧に かはづは騒く 見るごとに 音のみし泣かゆ いにしへ思へば
(山部赤人 [万葉集巻3]324/327)
  反歌
明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに
(山部赤人 [万葉集巻3]325/328)

こうした例から「ありつつも」の語義は「このままで」又は「そのままで」で、更に広くは、文脈が指定する状況が (ある状況が発生するまで、あるいはある目的が達成するために) 持続する状況下を含意すると推定される。「ありつつも」が「引き続いて」・「いつでも」の意味になるうることはありうるが、それは文脈への基本語義の適合の結果と見るべきだろう。

[万葉集2]87:「このままあなただけを待ち続けよう。私のこの柔らかに靡く黒い髪が、霜が置いたように白くなったとしても」
[万葉集4]529/532:「佐保川の岸を高みの薮を刈らないでくださいな。そのままはやしておいて、春になった時に身を隠したいのです」
[万葉集7]1291/1295:「この岡で草刈りをする若者よ。そこまで刈らないでおくれ。そのままはやしてままでおいて、我が君が来たら飼い葉にしたいのだ」
[万葉集11]2363/2667:「岡の先端を廻る道を皆さん通らないで欲しい。そのままそっとしておいて、あの人が人目を避けて遣ってくる道にしたいのです」
[万葉集11]2671/2679:「明け方に月が残るこの夜を今まで待ってもあなたは来なかったけれど、それでも、このまま待ち続けるのは、他の人ではなくあなたです」
[万葉集14]3428/3447:「安達太良山にいる鹿猪が動かずに臥しているように、おまえもそのままじっとして寝床から離れないでいてくれ。私が行くのだから」
[万葉集20]4302/4326:「山吹は慈しんで育てよう。あの方がいらっしゃる度に、山吹の花をそのまま髪に飾っているのだったから」
([万葉集20]4303/4327:「我が良き友の家の山吹が咲く頃に、これからも絶えることなく毎年必ずやってくるつもりなのだ」)
[万葉集巻3]324/327:「...絶えることなく、このままに、通い続けよう...」

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中嶽の頂から うすら黄ろい 重つ苦しい噴煙が濛々とあがつてゐる

作者:三好達治 出典:「大阿蘇」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.197

助詞「は」と「が」を対比するための素材として引用されている。詩の冒頭から直前迄の先行部分「雨の中に馬が立つている...山は煙を上げてゐる」が p.195-p.196 で、詩の終末部分「雨が降つている 雨が降つている 雨は簫々と降つてゐる」が p.197 で引用されている。岩波文庫『三好達治詩集』p.112

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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豊国の香春が吾宅ひもの児にイつがり居れば香春は吾宅

作者:抜気大首 出典:[万葉集9]1767/1771
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.329

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
豊国の香春は我家紐児にいつがり居れば香春は我家 (抜気大首 [万葉集9]1767/1771)」

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遠しとふ故奈の白嶺に逢ほ時も逢はのへ時も汝にこそ寄され

作者:東歌 出典:[万葉集14]3478/3497
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.366

東国方言の例。『日本語で一番大切なもの』の内容を纏めると以下の通り:「な」と「の」とが交代して、「なへ」が「のへ」になった。「しだ」は「時」と云う意味で、これが現代語の「行きしな」「帰りしな」になった。「逢ほ時(しだ)も逢はのへ(乃敝)時(しだ)」では「時」に係っているのは連体形だが、「行きしな」「帰りしな」で「しな」に係っているのは連用形である。これは、「しな」があまり使われなくなって、複合形の中だけに保存されたからである。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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