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たとへていへば?

先程 (2008/02/18 05:32:39) キーフレーズ [白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていへば久しかりけり] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

思わず首を傾げてしまった。勿論「たとへていへば」に引っ掛かったのだ。「なんで已然形なんだ?」

[nouse: 丸谷才一「新々百人一首(下)」(新潮文庫)] (2005年6月4日[土]) で引用してある形が、そうであるように、これは「たとへていはば」と未然形であるべきだろう、と思ったのだった。

思わず気になって、ログをもう少し詳しく見てみると、ウェブブラウザの使用言語が中国語になっている。失礼な話ながら、何となく腑に落ちて、更にその検索式を眺めると、どうやら台湾の方であるらしい。

しかし、それだけの事なら、別にブログ記事を起こすほどのことではない。話に続きがある。

実は、訪問者の検索 (google) を後追いしてみたのだが、そうすると、ネット上でも「たとへていへば」がヒットするのだ (例:[吉川栄治研究室(滋賀大学)])。やや驚いて、手持ちの岩波文庫版の『後拾遺和歌集』を覗いてみると、採用されているのは「いはば」だが、「いへば」とする写本が存在することが注記されている (p.165)...

気になって、訪問者の検索の後追いではなく、設定言語を日本語に変えて (つまり自分のブラウザの検索窓から) 検索すると、[白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていへば久しかりけり] では5件ヒットするのに、[白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていはば久しかりけり] では、このサイトを含めて1件もヒットしない。

やれやれ。

  露ばかり逢ひそめたる男の許につかはしける
白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていはば久しかりけり

--和泉式部 [後拾遺和歌集14]832

「露のひぬま」ほど逢ったばかりで来なくなった男に対して、和泉式部が「(「儚い」と云われる) 白露も夢もこの世もまぼろしも」、あなたの愛情の短さに比べて表現してみるならば「久し」と言えるほどの長さでしたねことになってしまいましたね、と怨じている訣だ。(2011-02-05 [土] 08:15 補足:「けり」の解釈に疎漏があったので、訂正する。)

これは「比べたくもないけれど」と云う底意があるから、未然形であるべきで、それでこそ女の哀しさがにじみでる。もし已然形にしてしまうと、決めつける感じ (「実際に比べて分かったので教えてあげると」) がして、歌意が損なわれるだろう (ついでに言っておくと、已然形だと結びの「けり」にも馴染まない)。「和泉式部」は、そんな馬鹿なこと (「もののあはれ」に背くようなこと) をする女とは思えないのだ。


ついでに記す。「たとへて見れば」という表現があるが、この「見れ」は已然形である。これは、ここでは上一段動詞「見」(連用形) が「試みに...する」と云う補助動詞的な働きをしていて、「見れば」で、先行する動詞に、結果として未然形的な色合いを附加するので (「(試しに)比べてみたら」・「(試しに)譬えてみたら」)、已然形で構わない。例えば、「人心たとへて見ればしらつゆの消ゆるまもなほ久しかりけり (読人しらず [後撰和歌集18]1264)」は「あなたの愛情と比べてみたら、白露が消えるまでの短い間でさえもまだ長いものでしたねだと云うことになってしまいましたね」になる。(2011-02-05 [土] 08:15 補足:「けり」の解釈に疎漏があったので、訂正する。)


更に記す。已然形「言へば」の典型例は、誰でも知っているだろうが:

   座右の銘
  人の短を言ふ事なかれ
  己が長を説く事なかれ

物言へば唇寒し秋の風

--芭蕉 [芭蕉庵小文庫]
(2011-02-05 [土] 08:15 補足: 「物言へば」とは、勿論、芭蕉が自らの体験として、誰かに「物」、つまり説教じみたこと、更につまり、「己の長」を以って「人の短」を「言ってしまった」ことを指しているのである)

である。「たとへていへば」には、なにやら「唇寒い」ところがある、と云うのは言い過ぎだろうか?


(2008-10-29 [水] 補足)
この「座右の銘」は芭蕉の創成ではない。「崔子玉座右銘」として著名な (後漢の人 [崔瑗] 作「座右銘」として [文選] 第56巻に収められている) 次の五言二十句百字十聯の冒頭聯である。

無道人之短、無說己之長。
施人愼勿念、受施愼勿忘。
世譽不足慕、唯仁爲紀綱。
隱心而後動、謗議庸何傷。
無使名過實、守愚聖所臧。
在涅貴不淄、曖曖內含光。
柔弱生之徒、老氏誡剛強。
行行鄙夫志、悠悠故難量。
愼言節飮食、知足勝不祥。
行之苟有恆、久久自芬芳。
--(昭明文選/卷56座右銘 - Wikisource)

ちなみ空海真筆と云う「崔子玉座右銘」断簡が現存する。また、空海の「三教指帰」中 [龜毛先生論] には「好談人短莫願十韻之銘/好んで人の短を談じて十韻の銘を顧みることなく」(岩波文庫[三教指帰] p.126/p.20) と、この [座右銘] への言及がある。

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コメント

始めまして鈴木日記です、只今たとへていへば?:さんの記事を拝見致しました、有難う御座いました。
今後も、全て頑張って下さい。

投稿: http://kimie1125.cocolog-nifty.com/blog/ | 2008年2月18日 (月) 09:24

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