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[飛行機に原子時計を載せて・・・] 補足: 相対論の話を少しばかり

以前、[nouse: 飛行機に原子時計を載せて・・・] (2004年9月9日 Thu) を書いた際に調べていて、「へぇ」と思いながらも書き損ねたことを書いておく。

いきなり話が脱線するが、実は現在このブログのテンプレートを、ニフティが言うところの「リッチ」に変更することを考えており、試した所、私が自分で挿入してきた html タグとの相性が悪いことに気が付いたので、タグの補正を行なっている。そこで、以前書いた記事を一つづつ走り読みするハメになったのだ。「さまざまのこと思ひ出す櫻哉」(笈の小文) で、つい立ち止まって読み耽ったりする。

で、まぁ、相対論の話なんだが。

「飛行機に原子時計を載せて・・・」でも書いたように、特殊相対論の検証を目指した Hafele と Keating との実験は、多分にフライングの気味があり、と言うか、後生の立場としては余り酷なことを言うのは謹むべきだろうが、それでも言ってしまうと「山師っぽい」ところがある(「冒険主義だった」と婉曲語法を使っても良うございますがね)。

しかし、そんなことは歴史の彼方に過ぎてしまった。跡のことは、篤実な科学史家にでも任せておけばよかろう。

GPS (Global Positioning System)、具体例を挙げると、[カーナビ] が、相対論を前提にしないと使い物にならないと云うのが「飛行機に原子時計を載せて・・・」の結びだったのだが、その際に引用した文章を、再度引用する。

要約:

相対性理論は間違っているといった疑似科学的言説が横行している。相対性理論の基本原理である光速度一定の原理は、GPS衛星が働くための基本的な原理である。GPS衛星は身近なところではカーナビや、巡航ミサイルの位置決めにも利用されている。光速度一定が成り立たなければ、カーナビは働かないのである。GPS衛星には原子時計が搭載されている。一般相対論によれば、高空を飛ぶ人工衛星の時計は地上の時計より遅れることが予言されるが、GPS衛星の時計はその遅れに対する補正もなされている。要するに、特殊相対論、一般相対論は最新技術に応用されており、もはや初歩的な意味で間違っているというような時代ではないのである。
--神戸大学理学部地球惑星科学科 松田卓也: カーナビと巡航ミサイルと相対論について (2002年7月、物理学会九州支部講演会、九州大学国際会議場にて)

まず、少し注釈をつけておこう。重箱の隅をつつくような言い方で申しわけないが、所謂「光速度一定の原理」つまり、電磁波の伝搬速度が慣性系の選択に依存しないと云うのは、マイケルソン・モーレーの実験 (Michelson–Morley experiment) による実験で確認された現象事実である。それは、マクスウェル方程式を不変にする局所座標系(ミンコフスキー空間)間の座標変換としてのローレンツ変換の本質に関わる特殊相対論の核心であり、当然、ガリレイ・ニュートン的世界観とは相容れないが、とにかく物理的現実である以上、高精度な時計を付随させた電磁波送信機を、位置が捕捉できている高々度の場所に置いて時間情報信号を電磁波により送信し、その信号を、やはり高精度な時計を付随させた受信機で受信するなら、送信機・受信機間の距離が測定できる。

ここらへんの議論はかなり無理があるのだが、それを敢えて無視して、話を続けると、測距法が得られた訣だから、3次元空間中の一般的配置においては4つ(以上)の送信機を使えば、受信機の位置は三角測量の原理で判定できる(受信機が、例えば地表面に固定されていると云う条件が加われば、3つの送信機でも位置決定は可能になる)。つまり、問題は初等幾何学に属する(工学的には、送信機の数が増えれば、精度が上がるとか、数学的には、送信機が特殊な位置関係にあると、一意の位置決定ができないことがありうると云った話はここではしない)。

つまり GPS 衛星の構想は、相対論とは独立に可能である。ただし、実際の運用には、相対論を考慮に入れた「誤差」の補正が必要だと云うのが問題の眼目なのだ。特に注意すべきなのは、相対論的な誤差は実質上一定の割合で間断なく蓄積していくことだ。この結果、補正を行なわないと、時間が経過すると早晩必ず実用に重大な支障が生じることになる。

しかし、先走らないで、引用文に戻ろう。実は、前回引用時に見落としてしまったが、上記「要約」には、タイプミスがある。「一般相対論によれば、高空を飛ぶ人工衛星の時計は地上の時計より遅れることが予言される」とあるけれども、実際には「遅れる」のではなく「進む」のだ。本文中では「一般相対論の予言によると、高空を飛ぶGPS衛星に積んだ時計は、地上の時計に比べると10億分の4程度進むはずである。」と、数値はともかく (実際には、1桁ほど小さい値になる) 正しく「進む」と記載されているのだが、問題の核心部分でのミスで、こう云うのは引用者泣かせである。とにかく、読み替える必要がある。

この間違いには若干同情できるところもあって、運動する物体上の時計の話なので、一般相対論よりポピュラーな特殊相対論な話の枠組みに囚われてしまって、つい「時計の遅れ」と書いてしまうこともありうるだろう。実は、この違いは、私が「へぇ」と思ったことにも関係する。

と云う訣で、ここで松田氏の講演を離れて、もう少し細かい話に移ろう。

[飛行機に原子時計を載せて・・・] でも言及した [GPS 衛星側での補正] ([GPS と物理] 野村清英 / 九州大学理学部) や、更には軌道の離心率を考慮に入れて、軌道に沿った線積分を行なっている [Relativistic Effects on Satellite Clocks] (Relativity in the Global Positioning System Neil Ashby / Dept. of Physics, University of Colorado) に書かれていることだが、GPS 衛星に搭載された時計に対する相対論の影響は、特殊相対論と一般相対論との二つの観点から論ぜられて、足し合わされている。

付言するなら、送信機だけではなく、受信機にも着目すると相対論的効果はこの2つに留まらない。受信機も厳密には慣性系に載っている訣ではなく、例えば受信機が地表にあるなら、地球の回転によるサニャック効果 (Sagnac effect) を考慮に入れてヨリ正確な位置決定を目指すことができる。しかし、私なぞは、送信機側で、特殊相対論的効果と一般相対論的効果をべつべつに考えて足し算しただけで、それなりの結果が出せることに感心してしまったりする(2007-05-29 こんな補足説明は必要はないとは思うが、一応つけておくと「特殊相対論的効果と一般相対論的効果をべつべつに考えて」と云うのは勿論、「言葉のアヤ」である)。まぁ、それはさておき...

特殊相対論的な補正項は、所謂「二次ドップラー効果」(second-order Doppler effect) である (日本語文献では、これは「横ドップラー効果」と言及されていることが多いようだ)。

少し復習しておこう。日本語版 Wikipedia の「ドップラー効果」の項にあるように、

光源 S が観測者 O から見て角度 θ の方向に速さ V で運動している場合、O での光の振動数 ν' は、

\nu'=\nu\times{\sqrt{1-(V/c)^2} \over 1-(V/c) \cos \theta}

となる。ここで、ν : 光源の出す光の振動数、V : 観測者から見た光源の速さ、c : 光速、θ : 観測者から見た光源の動く方向(θ=0:観測者に向かってくる場合)

重要なのは、光の場合には光源が観測者に対して真横に運動していて、視線方向の速度を持っていない場合(θ=90°)でも光の振動数が変化して見えることである。これを横ドップラー効果という。
--ドップラー効果 - Wikipedia

ここで、θ=90° とすれば、分母は 1 になるから、分子の平方根式 \nu\times\sqrt{1-(V/c)^2} に対し、初等的な2項展開を行ないさえすれば、補正項が簡単に得られる。

[GPS と物理] では、GPS 衛星の速度は 3.874 km/sec として、次の値が導かれている(Wikipedia では波源の速度は大文字の V で現わされていたが、[GPS と物理] では、波源、つまり衛星の速度は小文字 v で現わされている):

-(v/c)^2/2 = -8.4 \times 10^{-11}<br />

一般相対論的な補正項は、[GPS と物理] で言うところの「重力による赤方偏移」である(ここでも、言葉尻に拘るようで申しわけないが、実際に起こっているのは「重力減少による青方偏移」である。まぁ、マイナス符号を付けて考えれば「重力による赤方偏移」で一向に構わないわけだが...)。

これも復習しておこう。詳しい説明は一般相対論の教科書に譲るしかないが(申しわけないが具体名がちょっと出てこない。[場の古典論] あたりで十分だろうとも思えるが、最近はもっと良い教科書が出ているかもしれない。ネット上にも「丁度良い」と云う物が見当たりなかった。だいたい、日本語ネット上の相対論の話題は「イタイ人たち」のパフォーマンスの発表会の趣きがあって、調べ始めてすぐにウンザリしてしまったのだ)、弱い重力場 \phi を有する慣性系と、加速度系との比較を行なうことで、その場合の計量テンソルの 00 成分が次のようなものであることがわかる:

g_{00}=-1-{2\phi \over c^{2}}

座標依存周波数は、固有周波数を \sqrt{-g_{00}} で割ったものなので、近似的には固有周波数に 1-{\phi \over c^{2}} を掛けたものに等しい。これから、重力による赤方偏移/青方偏移が計算できる。

[GPS と物理] では次のようになっている(ここで \Delta U は、地表から GPS 衛星の高さまで上がった際の重力ポテンシャルの減少分)。

\Delta U / c^2 = 5.27 \times 10^{-10}

[GPS と物理]は、GPS 衛星の軌道高度を言及していないようだが、英文版 Wikipedia の "Global Positioning System" の項に記載されている GPS 衛星軌道の諸元、地上高度: 2.02x107 m, 軌道半径: 2.66x107 m (地球半径: 6.4x106 m) と、地心重力定数: 3.986×1014 m3/s2, 光速度: 3x108 m を使って計算してみると、たしかに大体上記の値が得られる。

[GPS と物理] と 英文版 Wikipedia とで、軌道諸元のセットが違っていると云う、「万が一の」可能性は少ない。なぜなら、GPS 衛星の軌道半径からケプラーの第3法則により速度が大体決まるが、それは、3.87 km/s で、上記の二次ドップラー効果の計算で用いた値にほぼ一致するからだ。

ちなみに "Global Positioning System" の説明では、一般相対論が弾き出す時計の進みは1日当たり 45,900 ナノ秒、特殊相対論が弾き出す時計の遅れは、1日当たり7,200 ナノ秒で、勿論これも、上記の計算に釣りあいがとれた数値である。

つまり、一般相対論的補正項の方が、特殊相対論的補正項より6倍以上大きいのだ。これを知った時には、思わず「へぇ」と思ってしまった。特殊相対論的効果が私たちの日常生活の傍にまで近付くことがあるのは、それなりに聞き及んでいたが、それを差し置いて一般相対論的効果が身近なものになっていたとは、全く知らなかったからだ。これは、新鮮な驚きだった。何十年経っても旧阿蒙から抜け出せない私のような者でも、少なくとも自分自身はしばしば刮目することができる役得があると云うところか。

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