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Quintus Fabius Maximus (クィントゥス・ファビウス・マクシムス) の言葉

古代ローマにクィントゥス・ファビウス・マクシムス (Quintus Fabius Maximus) と云う将軍(独裁官、執政官)がいた(c. 275 BC-203 BC)。第二ポエニ戦役 (Seconda guerra punica) でカルタゴの驍将ハンニバル (Hannibal) と戦い、良くローマを守った人物だが、彼が常づね、こう言っていたと云う(取り敢えず、私の記憶に従って書くおくと):

将軍にとって一番恥づかしいことは「それは考えていなかった」と言って弁解することである。

実は、私は長い間、この逸話をモンテーニュ (Michel de Montaigne) の [エセー (Essais)] の中で読んだと信じていた。

このたび、その出典を確かめるために(つまり、モンテーニュ自身が、どこかから引用してきた筈なので、Essais の注釈から、そのオリジナルを探そうとしたのだ)、ネット上を調べたのだが、どうやら私の記憶が間違っていたらしい。つまり Essais の中には該当する部分がないらしいのだ。

どういうことかと訝しんでいると、私の物覚えの悪さにだめ押しするかのように、Essais 云云を通り越して「オリジナル」らしいものが見つかってしまった。セネカ (Seneca) の [怒りについて (De Ira)] である。英単語をキーワードにして検索したから、最初は英語版が出てきたが、勿論セネカはラテン語で書いている:

Turpissimam aiebat Fabius imperatori excusationem esse 'non putavi', ego turpissimam homini puto.
--"De ira" Cap.XXXI 4

そう言えば、[怒りについて] は岩波文庫で持っていた筈だ...

本を引っ張り出して、調べてみたら、歴然と読んだ跡がある、と言うか、どうやら結構「感動」したらしく、至るところに赤鉛筆で傍線が引いてある。勿論、問題の箇所にも引いてあって:

ファビアスは常にこう言っていた。最高指揮官にとって一番恥ずかしい弁解は、「自分は考えなかった」ということである、と。
--岩波文庫 33-607-2 [怒りについて] セネカ。訳:茂手木元蔵。1980年。東京 岩波書店 p.97
ちなみに、この後に「それは誰にとっても一番恥ずかしいことと私は考える。」と続く。上記引用中の "ego turpissimam homini puto" に対応する部分である。

imperatori が「将軍」より「最高指揮官」としたほうが良いのは勿論だが、そのほかにも Turpissimam が対格、aiebat が未完了過去 imperatori が与格、excusationem が対格だから、文型としては「一番恥づかしいことは『・・・』と言って弁解すること」よりも、「一番恥ずかしい弁解は、『・・・』ということ」の方が素直だろう。ただ、その場合「弁解」と云う訳語を使うのは、その形成する局所コンテキストが、元の姿より微妙にずれてしまう。

「辯疏」と云う言葉もあって、これを使えば良かろうとも思うが、取り敢えず、今私が訳すとするなら、「最高指揮官にとって、最も恥づべき釈明は『それは考えていなかった』と云うでものある」あたりから検討を始めることになるだろう。まあ、これはすぐ、「最高指揮官にとって、『それは考えていなかった』と云う釈明が最も恥づべきである」と書き換えた方が良いと思い直すだろうが...。

付言すれば、現在完了形 "non putavi" は、「自分は考えなかった」よりも「それは考えていなかった」と訳したい。あるいは、「それは想定外だった」か。

「『それは想定外だった』と云う釈明が最も恥づべきである」と云う定格が、個人の行動指針として実践的な説得力をもつかどうか、現代日本と同様、古代ローマでもあやしいものだ。だからこそ Quintus Fabius Maximus は、当初 "Cunctator" (のろま、愚図) と揶揄されたのだろう。ファビアスは、自らの行動で、この蔑称をそのまま敬意を以って称えられる「二つ名前」へと変容させていく。そこには個人と社会との関係に動態が垣間見えて興味深い。

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