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「大衆が恐れる者は、必ずや大衆を恐れる」: ユリウス・カエサルの面前に抛り込まれた一句。

[Quintus Fabius Maximus (クィントゥス・ファビウス・マクシムス) の言葉] を書いたついでに、セネカの [怒りについて (De ira)] に就いてもう少し書いておく。

例えば、次のような一節がある:

また、恐怖はそれを起こさせる張本人に常に戻ってきて、恐れられる者自身が安心していられない。この事実はどうであろう。ここで君は、ラベリウスの次の詩の一句を思い起こすであろう。この詩が内戦の最中に劇場で朗読された時、それは全国民の注意を一身に集め、正に一般大衆の感情が声となって投げつけられたかの観があった。
  大衆が恐れる者は、必ずや大衆を恐れる。
--岩波文庫 33-607-2 [怒りについて] セネカ。訳:茂手木元蔵。1980年。東京 岩波書店 p.66

Quid quod semper in auctores redundat timor nec quisquam metuitur ipse securus? Occurrat hoc loco tibi Laberianus ille versus qui medio civili bello in theatro dictus totum in se populum non aliter convertit quam si missa esset vox publici adfectus:
  necesse est multos timeat quem multi timent.
--"De ira" LIBER II, Cap.xi 3
上記引用和訳文中、「この事実」は、前文に係る。上記訳文に従えば「恐怖はそれを起こさせる張本人に常に戻ってきて、恐れられる者自身が安心していられないと云う、この事実はどうであろう?」と云うこと("Quid quod" は、「と云う事実はどうだろう」と云う意の成句)。
"in se ... convertit" は「(自らに)注意を集める」、"non aliter quam" は「正に」で良いだろうが、"populum" (populus 対格)を「国民」としたのはどうか。むしろ「聴衆」とすべきではなかったか。また「一般大衆の感情」とされている "vox publici adfectus" は「民衆の怨嗟の声」くらいまで訳せるかもしれない。"missa esset" は mitto の接続法過去完了三人称単数女性。拙訳を付けておくと:

恐怖と云うものは溢れて、恐怖を引き起こした人々にまで逆流するのが常なので、恐怖される者自身も安全ではないのだと云う事実はどうだろう。ここで、君は、内戦の中、劇場で朗読された際に、あたかも民衆の怨嗟の声が抛り込まれたかの感があったので聴衆が耳をそばだてたと云う、あのラベリウスの詩の一節を思い起こすだろう:
  大衆が恐れる者は、必ずや大衆を恐れる。

ここで、「内戦 (civilis bellum)」とは、ユリウス・カエサル (Gaius Iulius Caesar 或いは Gaius Julius Caesar) と反カエサル派との戦い (ルビコン川越境 49BC。ムンダ会戦45BC) のことだろう。

ラベリウス (Decimus Laberius) は、 カエサルの命により行なわされたプブリウス・シルス ( Publilius Syrus) 等との「黙劇」(mimus) 競演の際 (紀元前46年のことだと云う)、自作劇の前口上として゛カエサルの権力が大きくなりすぎたことを揶揄する詩をカエサルの面前で朗読した。そして、劇中シルスを当てこすった奴隷役で登場したラベリウスは、"Porro Quirites! libertatem perdimus" (「ところで、ローマ市民諸君! 我々は自由を失おうとしているぞ」) と叫ぶのだが、それから一呼吸置いて付け加えたのが問題の言葉だった。この「最後の一句」が発せられると、全聴衆がカエサルの方を向いて、彼に注目したという。

セネカが、下敷きにしたと言われるマクロビウス (Ambrosius Theodosius Macrobius) の "Saturnalia" の一節を引用しておく:

In ipsa quoque actione subinde se, qua poterat, ulciscebatur inducto habitu Syri, qui velut flagris caesus praeripientique se similis exclamabat:
  Porro Quirites! libertatem perdimus
et paulo post adiecit:
  Necesse est multos timeat quem multi timent.
Quo dicto universitas populi ad solum Caesarem oculos et ora convertit, notantes inpotentiam eius hac dicacitate lapidatam. Ob haec in Publium vertit favorem.
--Macrobii "Saturnalia" Liber II Cap.vii 4-5
"ora" は os の複数対格。



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