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ある逸話:「殿下におかせられましては、すでに第二の段階にお進みになられました」

伊丹十三の [ヨーロッパ退屈日記] に、[この道二十年] と云う一段がある(私が持っているのは 1976年刊 [文春文庫] 版では pp.227-230)。英語が得意であることを自負していた著者が、R と L とを発音し分けられるようになったのは、勉強を初めてから二十年ほど経ったからだったと云うのが、タイトルの由来なんだが、更に話は、発音より更に難しいのが、R と L とを聞き分けることだと続く。そして、伊丹十三はこう書く:

 断っておくが、わたくしは、耳は悪い方ではない。音楽的才能も一応はそなわっている。つまり、わたくしは楽器なぞ弾いたりもするのですよ。
 たとえば、ギターでいえば、『アルハンブラの想い出』『レゲンダ』『アラブ綺想曲』といった立派な演奏会用曲目を、一応澱みなく弾くことができるのです。
 あるいは、ヴァイオリンでいえば、かつてソロモンという名人が、教え子である、ジョージ三世に、「予の、進歩の状態はいかがなものであろうか」と問われたときに答えた言葉がある。
「およそ、ヴァイオリンを奏するものに三段階あり。全くヴァイオリンを弾くことのできぬもの。非常に拙なくヴァイオリンを奏するもの。非常に巧みにヴァイオリンを奏するもの、の三種である。殿下におかせられましては、すでに第二の段階にお進みになられました。」
 というのであって、わたくしも、その第二の段階に属するものである。

つまり、それなりに「耳のいいわたくしにして、なお」、R と L とは聞き分けられないのだから、

 ここにおいて、諸君は、今や全く、英語の発音の難しさを諒解されたことと信ずるから、次に日本人の陥りやすい、通弊というものを列記する。

と引きとって、次段の [母音] へとつなげていく訣だ。

このジョージ三世の逸話の出典がかねがね気になっていて、念晴らしとして今回ネットで google 検索してみたのだ。その結果得られたのが:

Johann Peter Salomon once reluctantly gave violin lessons to George III. "Your Majesty, fiddlers may be divided into three classes," Salomon remarked. "The first, those who cannot play at all; the second, those who play badly; the third, those who play well. You, sire, have already attained the second class."
[Sources: W. Gates, Anecdotes of the Great Musicians]
--Anecdote - George III - Quick Study?

出典とされている "Anecdotes of the Great Musicians" (1897年) は、リプリント版らしいものが出版されているが、オリジナル、リプリントとも私は未見。

"Johann Peter Salomon" は、現在の日本では「ヨハン・ペーター・ザーロモン」と呼ばれている人物だろう。

ソロモンとザーロモンとの違いは、この際どうでもよかろう。それ以外でも伊丹版と Gates 版とは、微妙に食い違っているが、これも気にしなければ気にならない程度のことだ。だいたい、伊丹十三が、この逸話を "Anecdotes of the Great Musicians" で知ったとは限らないし、また、逸話の常で、聞いた/読んだものを伊丹十三が「潤色」したことも十分ありうる。

ただ、面白いのは、同系統の逸話が他にあって、[伊丹版] は、それらを組み合わせた格好になっていることだ。

The music for the dance was supplied by a young Englishman. He played with an air, as if before the gallery. His performance reminded me of the story of the Italian who taught George III. the violin, and who, on being asked by the king as to his progress, replied:
"Please your Majesty, there are three classes of players:
1. Those who cannot play at all.
2. Those who play badly.
3. Those who play well.
Your Majesty is just rising into the second class."
--"Janey Canuck In The West" by EMILY FERGUSON (1910)


John Keats, the second of four children, like Chaucer and Spenser, was a Londoner, but, unlike them, he was certainly not of gentle blood. Lord Houghton, who seems to have had a kindly wish to create him gentleman by brevet, says that he was "born in the upper ranks of the middle class." This shows a commendable tenderness for the nerves of English society, and reminds one of Northcote's story of the violin-player who, wishing to compliment his pupil, George III., divided all fiddlers into three classes,--those who could not play at all, those who played very badly, and those who played very well,--assuring his Majesty that he had made such commendable progress as to have already reached the second rank.
--"AMONG MY BOOKS: Second Series" by JAMES RUSSELL LOWELL (1876)

強いて言えば、簡にして要を得る伊丹版が最も優れるとすべきか。

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