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[「複合變列」につまづく] 補足(あるいは、ガリレオ 「新科学対話」訳文に就いて)


これは、2006年2月26日付けの [「複合變列」につまづく] の補足である。

経緯を書く。

まず、前回書かなかった書誌学的注意を、ここでしておく。いづれも、[「複合變列」につまづく] を書いた時にネット上([読書案内: ガリレオ (吉田晴代 1996)] 及び [17世紀科学史原典邦訳 (本間栄男)])で得た知識である。

  1. 私が読んでいる 岩波文庫版 [新科学対話] (今野武雄・日田節次訳 上: 1937年、下: 1948年) は、英訳からの重訳らしい。これは、岩波文庫版の内容からも窺える。ただし、私が読んだ範囲では、残念ながら、原典に就いての明示的な説明はない。

  2. [新科学対話] には、イタリア語原典から新訳がなされていて、 [新科学論議] として [人類の知的遺産31 ガリレオ] (講談社 1985年) に収められている。私は未見。4日間ある [対話] のうち第1, 3, 4日を訳したものの由。



さて、[「複合變列」につまづく] を書いた後も、時間を見つけては少しづつ読んでいたのだが、[第一日] も終わっていないのに、例によって躓いてしまったのが、事の発端である。

サグレド それ等すべてが前のと同様、皆興味深いものでしたら、私は喜んで今から夜半までの時間の數と同じだけの日數をそれに捧げませう。そして多分、シムプリチオ君もかういふ議論には厭きなどなさらないでせう。
--岩波文庫 [新科学対話 上] p.136

自分の頭の悪さを披露するようで気がひけるが、言ってしまうと、私には、この文脈で「今から夜半までの時間の數と同じだけの日數」と云う言い方をすることに、どのような意味があるのかサッパリ分からない。

と云う訣で、電子化した原文 (DISCORSI E DIMOSTRAZIONI MATEMATICHE INTORNO A DUE NUOVE SCIENZE ATTENENTI ALLA MECANICA & I MOVIMENTI LOCALI: GIORNATA PRIMA) を当たってみた。

Sagr. S'elle saranno del sapore delle passate, più grato mi sarebbe l'impiegarvi tanti giorni, non che tante ore, quante restano sino a notte; e credo che il Sig. Simplicio non si ristuccherà di tali ragionamenti.

残念ながら、これを読んでも分からない。そもそも、冒頭の "elle" が分からないから始末が悪い(ちなみに影印版でも、"elle" と読める)。私の当てずっぽうでは "più grato mi sarebbe l'impiegarvi tanti giorni, non che tante ore, quante restano sino a notte;" は「夜までの数時間といわず、数日間であっても、皆さんが議論をして下さるなら、私としてはむしろありがたい」ぐらいなのではないかと思うのだが、まぁ、なんとも言えないな。

余談だが、上記イタリア語引用文の最後のほうにででくる "ristuccherà" の 3 文字め "s" は、前記影印版ではかすれて判読しがたい。しかし、これは、やはり "s" で良いのだろう。

「そう言えば、英訳版があるはずだ」と思って、ネットを調べてみたら、The University of Virginia で行なわれた講義 "Galileo and Einstein" (Michael Fowler 2004) の資料中に次のようなものがあるのを発見した("TNS" は "Two New Sciences" の略でしょうね)。

で、該当箇所を探してみると、以下の通り:

SAGR. If these are as full of interest as the foregoing, I would gladly spend as many days as there remain hours between now and nightfall; and I dare say that Simplicio would not be wearied by these discussions.
--"Galileo's Two New Sciences: Translated by Henry Crew and Alfonso de Salvio (Macmillan, 1914)" [136]

一読して、岩波文庫版の原典はこれだろうなと、察しがつく内容だ(もっとも、"nightfall" が、岩波版では「夕暮れ」ではなく、「夜半」つまり「真夜中」になってしまっているが)。

    以下、岩波文庫版が Macmillan 版の翻訳だとして話を進める。これは、1914 年の発行された Macmillan 版が今だにネット上で流布していることを考えると、岩波文庫版翻訳当時、翻訳者(今野武雄・日田節次)が入手しえた唯一の英訳であったと推定できるから、かなり信頼性のおける仮定だと思う。

岩波文庫版の「今から夜半までの時間の數と同じだけの日數」は、Macmillan 版の "as many days as there remain hours between now and nightfall" を、一か所誤訳しただけで忠実になぞっているだけだ(ちなみに、イタリア語の "a notte" も「夜まで」だから、含意は「夕暮れ」だろう。GIORNATA PRIMA の最後で、Salviati が "Siamo giunti a sera" と言っていることにも注意)。


これは、Macmillan 版は、岩波文庫版のイタリア語原典の「翻訳」としての精度を検討するには、利用できないことを意味する。当然、私の疑問の解決は望むべくもない。勿論、私の「疑問」が、はじめから的外れだった可能性もあるわけだが。


これだけなら、調べものをしたが骨折り損だったと云う、よくある話である。しかし、実を言うと、この後が本題なのだ(短いし、たいした内容ではないけれどね)。

ここで「そう言えば、『複合變列』は、Macmillan 版ではどうなっているんだろう」と思ったのだ。次のようになっていた。

To the circle which has O for center and OA for radius draw the tangent AD; and on this tangent lay off, say, AD which shall represent one-half of the side of a circumscribed pentagon and AC which shall represent one-half of the side of a heptagon; draw the straight lines OGC and OFD; then with O as a center and OC as radius draw the arc ECI. Now since the triangle DOC is greater than the sector EOC and since the sector COI is greater than the triangle COA, it follows that the triangle DOC bears to the triangle COA a greater ratio than the sector EOC bears to the sector COI, that is, than the sector FOG bears to the sector GOA. Hence, componendo et permutando, the triangle DOA bears to the sector FOA a greater ratio than that which the triangle COA to the sector GOA, and also 10 such triangles DOA bear to 10 such sectors FOA a greater ratio than 14 such triangles COA bear to 14 such sectors GOA, that is to say, the circumscribed pentagon bears to the circle a greater ratio than does the heptagon. Hence the pentagon exceeds the heptagon in area.
--"Galileo's Two New Sciences: Translated by Henry Crew and Alfonso de Salvio (Macmillan, 1914)" [103]

"componendo et permutando" ・・・。イタリア語だね。もう少し、精密に言うと、原文の "e componendo e permutando" を、元のイタリア語の含意を破壊しないであろう形を保ちつつ、英文脈に辛うじて乗るよう変えてあると云う印象を受ける。なぜなら、二十世紀初頭であろうとなかろうと、英語文化圏での初等数学の用語にイタリア語を使うと云うのは考えづらいからだ。

推測するに、英訳者 Henry Crew と Alfonso de Salvio とが、この部分の内容を理解することができず、取り敢えず原文を流用したのではないか。


今回、この文を書いている途中で、[新科学対話] には別の英訳が存在することを知った。その内容は未見。


  • "Two New Sciences, Including Centers of Gravity & Force of Percussion"
    translated, with Introduction and Notes, by Stillman Drake. (Wisconsin : The University of Wisconsin Press, 1974)


また、本稿には関係ないが、次のものがあって興味をそそられる(短いものだが、なまけていて、これも未読)。[新科学対話] を読んでいて、すぐ頭に浮かぶ [戯曲家としてのガリレオ] とはどの程度関わってくるのか不明だが、それとは独立して一読しておくべきだろう。

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