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災害(地震)対策文書中の用語「避難所/避難場所」の英訳としての "evacuation area" に就いて

以前から公報や掲示で見かける度に気になっていたことを書いておく。

それは、災害時(具体的には所謂「大地震」を想定しているのだろう)における避難場所(「避難所」と云う言い方もするようだが)を案内する公報や公的掲示での英訳語のことだ。私が見かけた限りでは「避難場所/避難所」は、どれも "evacuation area" と訳されていた。

しかし、私の語感によれば、英語で "evacuation area" と言ったら、災害時に逃げ込む場所は意味しない。逆に、災害時に人々をそこから退去させるべき地域を意味する。これは、"evacuate" の基本的な意味が「空にする」ことから従っている("evacuate" は "vacuum"「真空」と同族)。ちなみに、「避難路」の英訳語としての "evacuation route" には、私も異存はない。「退避路」と言い換えることができる含意があるからだ。

私だったら、「避難場所」には "refuge" か "haven", ただし "haven" では、近くに実物の「避難港」があった場合、それと混同される可能性があるから、やはり "refuge" を当てるのが一番良いか、などと考えていた(前に "evacuation" を付けないで、文脈で処理したいところ)。

だが、これらは全て私の一人合点だ。と云う訣で、native speakers が作成したと信じられるウェブサイトを調べてみた。そうすると、"evacuation area" は、「そこから退避すべき地域」と「そこに避難すべき地域」の二通りに使われているのだな。困ってしまう。

ザッと見たところ、行政組織の作成した文書では「そこから退避すべき地域」が使われているのに対し、教育機関(私が気が付いたのは、ほぼ全て大学だったが)では「そこに避難すべき地域」だった。

ここで付言しておくと、教育機関の場合は、「そこから退避すべき地域」と云う意味の言葉を使う状況は余り考えられない。何故なら、「そこから退避すべき」なのは、「地域」と云う一般的な概念であるより、具体的に「校舎」や「寄宿舎」が想定されるからだ。

とにかく、例を幾つか示そう。まず「そこから退避すべき」の方。

最初は、米国の連邦緊急事態管理庁 (FEMA: Federal Emergency Management Agency) の 2005年3月7日付けの警戒レベル更新情報 (National Situation Update: Monday, March 7, 2005) から:

Utah Chemical Spill Forces Evacuations and Closes Interstate
A railcar leaking industrial waste, including caustic acids, has forced the closure of major highways and the evacuation of more than 6,000 people in South Salt Lake City, Utah. The leak was discovered early Sunday, March 6th, while crews were loading chemicals into the parked car. The cause for the leak was a faulty liner in the railcar. Spilled materials include hydrochloric, hydrofluoric, nitric and sulfuric acids.

An area less than one square mile, south and east of the rail yard, was recommended for evacuation, with less than half of that a mandatory evacuation area due to concerns for windborne fumes. Numerous streets and portions of Interstate 80 and Interstate 15 were closed. No injuries have been reported.

ユタ州で化学物質流出により住民避難・州間高速道路閉鎖
鉄道車両から腐食性の酸などの産業廃棄物が流出したため、ユタ州サウス・ソルトレーク・シティにおいて、主要高速道路が閉鎖され、六千人を超える人々が避難を余儀なくされている。流出は、3月6日日曜早朝、作業員が停車中の車両に化学物質を積み込んでいる際に発見された。流失の原因は、車両の内壁に欠陥があるためだった。塩酸、フッ化水素酸、硝酸、硫酸などが流出した。

操車場の南方及び東方1平方マイル弱の範囲に避難勧告が出されたが、そのうちの半分たらずの地域は、蒸散物が風で運ばれることが懸念されて、退避命令の対象となった。多くの街路と州間高速道路80号及び15号の一部とが閉鎖された。負傷者は報告されていない。


2005年10月23日付けの FEMA のニューズリリース (Release Number: HQ-05-351) は、ハリケーン [ウィルマ Wilma] への警戒をフロリダ州民に訴えたものだが、その中では、"non-evacuation area" と云う表現が出てくる。これは、退避指示対象外地域の意味:

Federal Government Continues Preparations For Hurricane Wilma
"Residents of Florida should continue watching the progress of the storm and follow the guidance of their state and local officials," said David Paulison, Acting FEMA Director. "Hurricane Wilma has been unpredictable and from all reports will be a major hurricane. Individuals need to heed evacuation instructions of their local officials and make sure that whether they are evacuating their homes or in a non-evacuation area, that they have sufficient food and water for their family for at least three days."

連邦政府はハリケーン・ウィルマへの警戒態勢を継続中
連邦緊急事態管理庁長官代理ディヴッド・ポーリソン (David Paulison) は、「フロリダ州の住民の皆さんは、これからもハリケーンの進路に注意を払い、州及び地方自治体担当者の指示に従ってください。ハリケーン・ウィルマは、予測を超えたものになっており、全ての観測結果が大型ハリケーンになることを示しています。住民の皆さんは、地方自治体担当者の退避指示に気を付けるようにし、自宅から退避しないのならば、退避指示対象地域外に住んでいることを確認してください。また、家族にとり十分な食料及び水を少なくとも三日分確保してください」と語った。


今だに尾を引きずっている感のあるハリケーン [カトリーナ Katrina] に関する例としては、米国沿岸警備隊 (United States Coast Guard) が、2005年11月4日に発行した 第5版 "Questions and Answers for Civilian Employees Affected by Hurricane Katrina" (「ハリケーン・カトリーナの影響を受けた軍属に関する質問解答集」)から引用する。なお、"Civilian Employees" は、[三軍]関連の文書なら当然「軍属」と訳すべきだが、[沿岸警備隊]ではどうか、やや迷った。しかし、米国沿岸警備隊の準軍隊的性格に沿って、やはり「軍属」と訳しておく:

A. EVACUATION ORDER ISSUES
A.9. What happens if an employee never left the evacuation area because he/she was assigned official duties in the area (permanent duty station), but the employee's dependents evacuated to the safe haven? (Version 3, dated 30 Sept. 2005)
If the employee's home is uninhabitable, the employee and his/her dependents will receive evacuation subsistence. The employee does not receive evacuation payments but is in a regular pay status.

A. 退避命令関連
A.9 軍属が、退避命令対象地域内(駐在地)での任務があったため同地域から全く出なかったが、同人の扶養家族は避難所に避難した場合はどうなりますか? (2005年9月30日。第3版)
軍属の自宅が居住不適格になっている場合、同人及びその扶養家族は、退避扶助が受けられます。軍属には退避手当ては支給されずに、通常の給与状態のままです。


次は、フロリダ州パスコ郡(Pasco County)の緊急事態管理室で出した、緊急事態対策マニュアル中の事業者向け留意点 "Protect Your Business!" の一節:

Develop A Written Plan
Develop a staffing policy that identifies essential employees and which of them, if any, must remain at the facility during the hurricane. Outline a chain of command and what each person's responsibilities will be pre and post storm. The policy should identify when employees will be released from work, as well as when they are expected to return. Employees living in designated evacuation areas should be released from work to protect their families and homes once an evacuation is ordered for their area, if not before. Businesses may predetermine that employees will return to work when county or local municipal employees are ordered to return, in case telephone service is out. Establish a rendezvous point outside the evacuation area and time for employees in case damage is severe and communications are disrupted.

計画書を作成しましょう
基本となる従業員を見極め、更に、その中にハリケーンの間中、施設に留まらせる必要がある者がいる場合には、その従業員を指定する配置方針を作成してください。命令系統と、ハリケーンの前と後とにおける各人の責任内容との要点をはっきりさせてください。前記配置方針では、従業員が何時職務から離れることになるのかと云うことと、何時職務に復帰することが期待されているのかと云うことを明確にするようにしてください。指定退避命令対象地域に居住する従業員は、その地域への退避命令が出される前とは言わないまでも、出されさえしたなら家族及び自宅を守るため職務を離れるようにされていなければなりません。事業所は、電話回線が不通である場合、国又は地方自治体職員への復帰命令が出された際に、従業員が職務に復帰すべきことを定めることができます。被害が甚大で通信が断絶している場合に、退避命令対象地域外でかつ期間外において従業員と面会する場所を決めておいてください。

前記の通り、大学の緊急事態(主に火災)対応マニュアルでは、"evacuation area" を、所謂「避難場所」の意味で使っているものがある。ただし、全てではない。私の見たところでは、米国のアイヴィリーグ (Ivy league) に属する大学の多く、スタンフォード大学 (Stanford University) や、英国のオックスフォード大学 (University of Oxford)・ケンブリッジ大学 (University of Cambridge)・ロンドン大学 (University of London) では、「避難場所」の意味で "assembly point" "assembly area" "meeting point" "meeting place" 或いは、この系列の類似の用語を使っているようだ。

とは言え、アイヴィリーグ中、コロンビア大学 (Columbia University) では該当する用語例を探し出せなかった。また コーネル大学 (Cornell University) では "Evacuation Assembly Location" や "evacuation meeting point" の他に、"Off-campus evacuation area" も使っている。


"evacuation area" を使っている例を一つだけあげておく。以下は、米国ヴァージニア州ハノーヴァ郡 (Hanover County) アッシュランド (Ashland) にあるランドルフ メイコン大学 (Randolph-Macon College) が出している「キャンパスの安全:緊急事態対応プラン」(Campus Safety: Emergency Response Plan) と云う文書の一節である:

Evacuations
In the event of an emergency campus evacuation, R-MC will employ the Hanover County Emergency Plan and all students and employees will be transported to an evacuation area designated by the Hanover County Emergency Services Coordinator.

避難
キャンパスを避難する緊急事態の場合、本学は、ハノーヴァ郡緊急事態プランを採用し、全ての学生及び職員は、ハノーヴァ郡緊急事態対策調整官が指定する避難場所に移される。

この原稿を書くにあたって、街なかなどで、私が見かけたのが特殊な場合なのかも知れないと思って、「避難所/避難場所」の英訳を "evacuation area" としている例を日本語ウェブをネットで検索してみたが、市や区レベルばかりではなく、国や都、そして JIS でも使われていた。

  1. 内閣府が作成した「首都直下地震対策に関する参考資料」([文書のプロパティ]によれば作成日時2005年6月20日)では、[NTTドコモのiモード災害用伝言板サービス] の [メッセージ登録内容] の例として、「避難所に居ます」の英語版として "At evacuation area" が示されている。
  2. JIS の定めている「案内用図記号」規格 [JIS Z 8210 2002] 中 [広域避難場所] を示す図記号(発行年2002年。分類 6.1.4) の表示事項(つまり「広域避難場所」)の英文版は "safety evacuation area" になっている。(「JIS Z 8210 2002 案内用図記号 掲載図記号 一覧」を参照(日本工業標準調査会のウェブサイトからは、JIS規格票原本を閲覧することができる)。
    なお、総務省消防庁が2005年3月に決定した津波避難用の3つの図記号中 [津波避難場所] 及び [津波避難ビル] は、その検討時に付された英文は "Tsunami Evacuation Area" と "Tsunami Evacuation Building" だったが、これが最終案に含まれているかどうかは、確認できなかった。
  3. 東京都生活文化局文化振興部事業推進課が2003年3月に発行した「Earthquake Survival Manual いざというときのためのサバイバル・マニュアル」では
    避難場所に避難(大きな公園・広場)
    火事の危険から身を守り、鎮火を待つ場所
    の対応英文は
    Evacuate to the Evacuation Area (a large park or open space)
    This is a place safe from fire and for people to wait until fire is extinguished.
    である。
  4. 東京都交通局が2001年8月30日に発表したニュースリリースによれば『駅周辺案内地図上で避難場所に指定されている公園等に「避難場所EVACUATION AREA」と表記するとともに中国語、ハングルも併記する』ことが決められている。


最後に、私一個の意見を言うなら、「避難場所」の意味で "evacuation area" を使うのは、やはり気持ちが悪い。native speakers が誤解しなければ良いがなどとも思う。

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コメント

近所の小学校に同じような標示板が出ていたので、念の爲、インターネットを当たってみたら、あなたのブログが見つかりました。仰るとおり、evacuateの意味は、「災害の起きた場所から避難する」ことであって、「危険を逃れて避難してくる」ことを意味しません(意味が全く逆です)。ランドルフメイコン大学の文章は明らかに誤用です。避難場所を英語で言うなら、仰るように、refuge、safe haven、shelterのような言葉でしょうが、やはり、英語の本場で使っている、evacuation(の際の) assembly area/point、meeting point/placeを日本でも使うべきでしょう(そうでないと日本在住の外国人が誤解してしまいます)。あなた様から,文部省に申し入れをなさってはいかがでしょうか。

投稿: Toshihiko Yuge | 2011年12月19日 (月) 16:09

はじめましてm(__)m
私もこの標識の語感が気になって調べだしたら、ここのブログがヒットしました。
私は最初に誤って変換された訳が、そのまま使われているような気がします。

しかし徹底的に調べましたねぇ~、感心してます!

投稿: takeshi | 2007年4月 5日 (木) 20:08

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