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2005年12月の2件の記事

メモ補足: Billy Joel "New York State of Mind"

2005年12月3日付けの [メモ: Billy Joel "New York State of Mind"] で、

"on Riverside" が何を指すのかピンとこない。"Riverside" が、例えば "Riverside Park" や "Riverside Drive" 或いは、単に「ハドソン川岸」を指すのかは確認できていない。ただし "Riverside" は "slide" と脚韻を踏ませる言葉と云う「縛り」に応えるために嵌め込んだのかもしれない。だとしたら、単純に「川岸」と訳しておいた方が良いだろう。

と書きましたが、これは議論としては未熟でした。 "slide" の方が、"Riverside" との脚韻を取るために当て嵌められた言葉である可能性もある。どちらが「正解」と云うのではなく、動機がお互いに補強し合っている感じですが、それでも「主」は "Riverside" で、「従」は "slide" でしょうね。

しかし、だとすると、"on" はなぜ付いているのだろうと、改めて考えてみると、代わりに "in" や "at" が付いていたり、或いは何も付いていないのではなく、"on" だからこそ「川岸」の意味が出せるのだ気がつきました。従って、今のところ結論そのものは変更しないでおきます。

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メモ: Billy Joel "New York State of Mind"

調べることがあって、ネット上をアレコレ行き来していたら、「2ちゃんねる」の「翻訳者・翻訳依頼者の集い Ⅱ」と云う掲示板の中で、Billy Joel の "New York State of Mind" が一瞬話題になっているのを、たまたま読んだ。

その歌詞の中の "But I'm taking a Greyhound on the Hudson River line" の翻訳として「俺はハドソン川の境界線を越えるグレイハウンドバスに乗っている」を取り上げて、正しくは「ハドソン川路線のバスに乗っている」とする発言者に対して、「グレーハウンドに乗って、やっとハドソン川を渡ってニューヨーク (マンハッタン)に戻ってきた」とする意見がポストされていた(発言番号 20-24)。

つい考えてしまった。

Greyhound と云うと、(いろいろ経緯はあるらしいが)有名なバス会社だから、"a Greyhound" が、その経営するバス路線を走っているバスを指すのは、いずれにしろ間違いないだろう。

ところが "the Hudson River line" と云うを調べて見ると、まず該当しそうなのは、ハドソン川沿いに走っている鉄道だ(昔は、同名の汽船航路があったらしいが、これは問題外だろう)。バス路線と鉄道路線とで、微妙にズレている。勿論、Greyhound にも "the Hudson River line" と云う路線がある可能性はあるが、これは調べがつかなかった。ここで、留意しておいた方が良いのは、"the Hudson River line" が、路線名ではなく、ハドソン川の川筋を意味している可能性だ。

さてと、「ハドソン川路線のバスに乗っている」と「グレーハウンドに乗って、やっとハドソン川を渡ってニューヨーク (マンハッタン)に戻ってきた」か。うーむ。どうなんでしょねぇ。

よく分からないが、最初に一読して私が思い描いたのは、このどちらでもなくて、"the Hudson River line" 沿い("on")に停まっているグレイハウンド・バスに乗り込もうとしている("I'm taking")と云う図柄なんだが(この「乗り込もうとしている」には、将にステップに足を掛ける瞬間だけではなく、その少し手前の状況を含む)、それほど自信がある訣ではなかった。何故なら、"the Hudson River line" と云う名の鉄道路線沿いに、又は、"the Hudson River line" と云う名のバス路線そのものに、そして更に或いは、単にハドソン川の川筋に沿って走っているバスに乗車中と云うことも十分ありうるからだ。ただし、「(ハドソン)川を渡る」なら "over" とか "across" とかを使いそうなものだとは思ったりした。

告白しておくと、だいたい、私、この Billy Joel の歌("New York State of Mind")を聞いたことがない。更に言ってしまうと、彼の歌を聞いて感心したことがあまりない(一曲だけあったような気がするが、タイトルは失念してしまった。ただし、それは "New York State of Mind" でも、"Honesty" でも、"Uptown Girl" でもない)。そうした意味で、以下は、戯れ言と思って頂いてよい。

と云う訣で、The Billy Joel Site に示された "New York State of Mind" の歌詞を読んでみると、あることに気が付く(他のサイト、例えば "http://www.seeklyrics.com/lyrics/Joel-Billy/New-York-State-Of-Mind.html" にも歌詞が示されている)。

つまり、この歌の情景は、ニューヨークに辿りついたと云うものではなく、(かって、西海岸 --多分カリフォルニア州ロサンゼルス-- に住んだこともあったけれども)今は「ニューヨーク」から出て行く気はないと云うものだと云うことだ。

以下、The Billy Joel Site での歌詞のレイアウトに従って説明すると、「休暇を取って、御近所付き合いを抜け、マイアミの海岸とかハリウッドとかに飛行機に乗って一ッ飛びなんてことが好きな人もいるけれど」で始まっている。ここで、「・・・なんてことが好きな人」が暮しているのは、マイアミやハリウッドではあり得ない。では何処かというと、現在のコンテキストで当てはまるのは、「ニューヨーク」しかない。

問題になっている

I'm taking a Greyhound on the Hudson River line

は、この続きだ。「・・・なんてことが好きな人」と違つて「僕は遠出はしない」と云うのが、ここの含意だから、それが成り立つ前提として「僕」もまた「ニューヨーク」の住民でなければならない。

ちなみに、この「ニューヨーク」は、「市」であるより「州」であるかもしれない。タイトル中に、そしてサビの "I'm in a New York state of mind" 中にもある、"state" は double meaning ではなかろうか。

ここで、一応、歌詞の大意を示しておこう("http://www.billyjoel.com/discography/stateofmind.html" 及び "http://www.seeklyrics.com/lyrics/Joel-Billy/New-York-State-Of-Mind.html" を参照のこと)。

ただし "I'm taking a Greyhound on the Hudson River line" は、取り敢えず「僕は、ハドソン川沿いを走るグレイハウンド・バスに乗り込もうとしている」として訳してある。


休暇を取って、御近所付き合いを抜け、
マイアミの海岸とかハリウッドとかに
飛行機に乗って一ッ飛び
なんてことが好きな人もいるけれど
僕は、ハドソン川沿いを走る
グレイハウンド・バスに乗り込もうとしている。
僕の心はニューヨークにある。


映画スターならみんな見た。
奇抜な車やリムジンに乗っていたりした。
ロッキー山脈に登って行き、枯れない緑に分け入ったこともある。
でも、今の自分に何が必要なのか、僕には分っている。
僕はもう時間を無駄にしたくない。
僕の心はニューヨークにある。


リズム・アンド・ブルースなしでも
日々を生きて行くことは簡単だった。
でも、今の僕に必要なのは一寸した駆け引き、
ニューヨーク・タイムズ、ディリー・ニュース・・・


そうした生活が現実になったのだ。
これが僕には有り難い。なぜなら、それは以前捨ててしまったものだから
それがチャイナタウンでも「川岸」でのことでも構わない。
そんな全てをどうして見捨てしまったのか
それは自分でも分からない。
僕の心はニューヨークにある。


(第3節及び第4節の繰り返し)


僕は、ハドソン川沿いを走るグレイハウンド・バスに乗り込もうとしているところだ。
僕の心はニューヨークにある。

少し注を付けておくと、第1節の "neighborhood" と "Hollywood" とは脚韻を踏んでいる。また、"holyday" と"Hollywood" とは頭韻を踏んでいる。第2節では "limousines" と "evergreens" とが、 第3節では "blues" と "News" とが、第4節では "slide" と "Riverside" とが、そして "behind" と "mind" とが脚韻を踏んでいる。

第2節の「映画スターならみんな見た」はハリウッドへの言及だろうから、カリフォルニア州ロサンゼルスの話。「ロッキー」も言わずと知れた西部の山脈。だから第3節の「リズム・アンド・ブルースなしでも、日々を生きて行くことは簡単だった」と云うのは、合衆国西部、特にロサンゼルスでの暮らしを指していると解釈できるだろう。これに対して、「ニューヨーク・タイムズ」は、勿論ニューヨークの高級紙、「ディリー・ニュース」は "New York Daily News" のことだろう。これは、ニューヨークの代表的大衆紙。

第4節は、意味がヤヤ取りづらい。しかし、第3節で、西部(ロサンゼルス)では望めなかったニューヨーク流の暮らしの在り方の要素を列挙しているから、それを受けている第4節は、ニューヨークでの生活への言及と理解した。と云うことで、第4節の "It comes down to reality-and it's fine with me 'cause I've let it slide" は「そうした生活が現実になったのだ。これが僕には有り難い。なぜなら、それは以前捨ててしまったものだから」としてある。

しかし、第4節の後半について言うと、「チャイナタウン」はロサンゼルスばかりでなく、ニューヨークにもあるから、それで良いとしても、"on Riverside" が何を指すのかピンとこない。"Riverside" が、例えば "Riverside Park" や "Riverside Drive" 或いは、単に「ハドソン川岸」を指すのかは確認できていない。ただし "Riverside" は "slide" と脚韻を踏ませる言葉と云う「縛り」に応えるために嵌め込んだのかもしれない。だとしたら、単純に「川岸」と訳しておいた方が良いだろう。

ちなみに、ビリー・ジョエル (Billy Joel) は 1949年5月9日ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス生まれ。その後、子供時代に、彼の一家はニューヨーク州ロング・アイランドに移り住んだ。彼が 1971年に出した最初のソロ・アルバムのタイトル "Cold Spring Harbor" は、ロング・アイランドの地名に由来する。経済上の問題及び契約上のトラブルがあって、ジョエルは 1973年、逃げるようにしてカリフォルニア州ロサンゼルスに転居した。この地で、彼は最初のヒット曲/ヒットアルバムである「ピアノ・マン (Piano Man)」を出す。1975年、ジョエルはニューヨークに帰った。"New York state of Mind" は "Say Goodbye to Hollywood" などと一緒に、1976年のアルバム "Turnstiles" に収められている。-- Wikipedia "Billy Joel" 及び sing365.com の "Billy Joel Biography" によった。

なお、ジョエルが "New York state of Mind" の着想を得たのは、ニューヨークに帰った後のある日、自宅(ニューヨーク州ハイランド・フォールズ "Highland Falls")へと戻るグレイハウンド・バスの中のことで、帰宅後ピアノに向かうと1時間で歌詞・曲とも完成したそうである。-- songfacts.com "New York State Of Mind by Billy Joel"

このエピソードに従うなら、「バスに乗り込もうとしている」は「バスに乗っている」とした方が良いかもしれないと云う気がする。

ここで興味深いのは、ネット上における "New York State of Mind" の引用において "But I'm taking a Greyhound on the Hudson River Line" の部分が "But I'm taking a Greyhound down the Hudson River Line" として引用さていることが少数ながらあることだ。この "down" の方だと、この歌詞の主人公は確かに(ニューヨーク市中心部から離れる方向に走っている)バスに乗車中である。ビリー・ジョエルがそう歌っているバージョンがあるか、或いは、単純な誤記か決定的なことは言えないが、こうした「変異例」を生まれることは、「乗車中」側に有利な状況証拠と言えるだろう。

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