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2005年10月の10件の記事

Like Shut up!: "If you see something, say something." 補遺その2

新たに "If you see something, say something, like SHUT UP!" が登場するブログを発見したので、記録しておきましょう。そこに記載されている出来事は、「Like Shut up!: "If you see something, say something." 補遺」で紹介した「Chie in Boston:2005年8月10日」と同じ米国ボストンでのことです。ひょっとすると主人公は同一人物かな?

I could write about strange things I see around Boston. For example, a seventy year old man made an interesting display of social rebellion one morning as we were both waiting for the T. An announcement which has become quite frequent since the London bombings had just been played over the loudspeaker. "This is the MBTA chief of police...now, more than ever, it is important that you, the riders, be observant of unauthorized bags...so, if you see something, say something." The old man grunted, and took out a white paper lunch bag. On one side the bag said "If you see something, say something, like SHUT UP!" The other side of the bag said "unauthorized bag." The man proceeded to put the bag on his head, as I stared in bemused disbelief. Something I would expect from a rebel in his teens or twenties was coming from an elderly man. I laughed (maybe a little too loudly) but I was also pleased to see that he was willing to break from the social norms to promote his ideals- whatever they may be (refusing to be a slave to fear? or authority?)
--jessica (boston, mass, United States) "la bostonienne: Definition" (Monday, August 22, 2005)

ボストン付近で私が目撃した変な物事なら書くことが出来るかもしれません。例えば、或る朝、私たち二人が地下鉄を待っていると七十歳ぐらいの老人男性が、社会に対する反抗心を、面白い形で見せてくれたのです。ロンドンの爆破事件以降とても頻繁になっているアナウンスがラウドスピーカーから流れた時のこと:「こちらは、マサチューセッツ湾岸交通局警備部長です・・・今や、これ迄にもまして、お客様が不審な袋の発見にご協力いただくことが大切になっております・・・不審物や不審な行動を見かけたら係員までお知らせください。」老人は不満そうな声をあげると、ランチ用の白い紙でできた袋を取り出したのでした。袋の片方の側には「『不審物や不審な行動を見かけたら係員までお知らせください。』ウザいんだよ!」と書いてありました。袋の反対側には「不審な袋」。老人がその袋を自分の頭の上に乗せるのを、私は信じられない気持ちで見つめていました。十代や二十代の反体制派の人物がしそうなことを、老人がしているのです。私は(多分、少し大きすぎる声で)笑ってしまいしたが、同時に、何であるにしろ彼の理想(恐怖の奴隷になることへの拒絶?、あるいは、権威の奴隷になることへの?)を押し進めるために社会規範から逸脱するのも厭わない姿を見て嬉しくなったのでした。

"like SHUT UP!" は「ウザいんだよ!」と訳すのは、良い手かもしれません。

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「説明は不用だって、ログ」ルービンが遮った。「そういうのを蛇足って言うんだ」:アシモフが作ったジョーク

アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) のミステリ [黒後家蜘蛛の会] ("the Black Widowers") シリーズの和訳の一つ [黒後家蜘蛛の会 4] (池 央耿 訳 創元推理文庫 ISBN4-488-16705-5) 所収の一篇「運転手」の中で、登場人物の一人ロジャー・ホルステッド(「会員」の一人である数学者)は、次のようなジョークを披露している。参考のために、前後を少し含めて引用すると:

「・・・(前方は引用略。ゲストの [カート・マグナス] の発言)・・・さっきのホルステッドさんのお話しですが、ユーモアの本質というのは、まさに飛躍ですね」
「そうです、そうです」ホルステッドは牛の腎臓の乗せたトーストを頬張りながら言った。
「こういうのはどうかね。……ジャックがバーで、ビールを前に浮かない顔をしている。そこへ、ボブがやって来て声をかける。"どうした? 不景気な顔をしているじゃないか" すると、ジャックが "女房のやつ、おれの親友と手に手を取って駆け落ちしやがった" ボブが "おまえ、それは何を言うんだ? おれはお前の親友だぞ" と、ジャックが "もう親友でも何でもない"」
一同はどっと笑い、トランブルさえ不本意ながら、にやりと口の端を歪めた。
「わかるだろう」ホルステッドは言った。「聞いているほうでは最後の最後まで、ジャックは悲嘆の底に……」
「説明は不用だって、ログ」ルービンが遮った。「そういうのを蛇足って言うんだ」

注: 引用中「にやりと」する [(トーマス・)トランブル]と、最後で口を挟む[(イマニュエル・)ルービン] とは、やはり「会員」である「暗号専門家」と作家。

実は、以前このジョークを読んだ時、少しも笑えなかった。更に有り体に言うなら、訳者が笑いのツボを外しているために、可笑しみが出ないでいると確信したが(その積りのものと思われる書き込みが、私の持っている文庫本にはある)、如何せん原文を持っていなかったので、確認は出来なかった。

しかし、最近 [黒後家] を読み直してみて、このジョークが有名なものであるなら、ネット検索に引っかかるだろうと思い、調べてみた、と云うのが、この一文のソモソモのきっかけである。その結果は、やや意外なことが起こったのだが(振り返ってみれば大したことはない)、そのことを書く前に、引用した形では、ジョークとして何故失敗しているか、説明しておく。

まぁ、いわゆる「ネタバレ」になってしまうが、この手の類型的ジョークには、そうした心配をしてもしょうがない。「ジョークの説明をするな」と云う「御尤も」とでも言うしかない有り得べき忠告にも、あらかじめ耳を塞いでおく。

このジョークの勘所は、その最後になって [夫にとって妻と駆け落ちしてくれた男こそが最良の友] と云うメッセージが現われることだ。ついでに書いておくと「黒後家蜘蛛の会」は女人禁制(その中核は細君の同伴禁止)が、会の存続にも関わる絶対的規則であることを考えれば、「一同はどっと笑」った意味が分かるだろう(女性をゲストに招こうとして惹起される騒動に就いては [黒後家蜘蛛の会 4] の「よきサマリア人」を参照)。

だから、このジョークの構成には大切にしなければならないことが2つある。

  1. 「最良の友」に就いてのジャックの考えを、ボブが取り違える訣だから、その取り違えが自然に起こるように話が進まねばならない。

  2. ジョークの結末において、ジャックは女房が駆け落ちしてくれて喜んでいるのが明らかにならねばならない。更に、ジャックが喜んでいることが明らかになるのは、ジョークの結末においてとは言え、ジャックはジョークの最初の時点から喜んでいる。だから、ボブの発言部分ではジャックが落ち込んでいる含意があってもよいが(これは、ボブの主観だからだ)、地の文では、ジャックが喜んでいると云う事実と反するような表現をしてはならない。ただし、勿論、このことは、地の文が、ボブの発言と相俟って、ジャックが落ち込んでいると読者に思いこませるようミスリードすること妨げない、と言うか、むしろ推奨される。

創元推理文庫での訳は、この2つの criteria を満たしていない。

  1. 文庫訳での「おれの親友」では、単複がハッキリしないから、ボブの発言「おれはお前の親友だぞ」が中ぶらりんになってしまっている。つまり、ボブが「親友」の意味を誤解していることが明瞭でない。まぁ、この問題は「お前の親友と云ったらおれのことじゃないか」ぐらいに直せば回避できるが。

  2. それよりも、重大なのはジャックの最後の言葉「もう親友でも何でもない」だ。これでは、ジャックが女房から解放されてセイセイしていることが伝わらない。言ってみれば、この台詞のときジャックはニヤリと笑っていなければないないのだ。
    なんで「文庫」では、今のような訳になっているのか理解に苦しむ。すぐ後にホルステッドの「聞いているほうでは最後の最後まで、ジャックは悲嘆の底に……」と云う、まさに蛇足のようにあからさまなヒントがあるのに。


残念ながら、私は [黒後家蜘蛛の会] の原文テキストを持っていない。しかし、私が [黒後家] を最初に読んだころ(多分10年ぐらい以前)と比べてと、個人の fact finding 能力に革命的変化が起こっている。www が張り巡らされ、これに加えてブロードバンド環境が確立したのだ。

著作権上の制限があるから、[黒後家蜘蛛の会] の原文テキストがネット上で見つけられるとは思っていなかったが、問題のジョークが人口に膾炙しているものであるならば、検索に引っかかる筈だと、探し始めたのだった。キーワードの核になるのは "my wife" "my best friend" "your best friend" と云ったところ。

結局、[黒後家蜘蛛の会] の英文テキストは見つからなかったが、それでも判ったことは、Isaac Asimov は "The Sense of Humor" と云うエッセイを書いており、その中で上記引用のジョークと大同小異のジョークを自らが作ったものとして紹介していると云うことだった。このエッセイは "ROBOT VISIONS" と云う著作に収められているとのこと。

全くの偶然なのだが、"ROBOT VISIONS" (Victor Gollancz Ltd. London 1991. ISBN0-575-05056-X)なら持っていた。ずいぶん以前東京神田神保町の本屋のバーゲンセールで買って、そのまま読まずに放ってあったのだ。引っ張り出して読んでみると、"The Sense of Humor" は 5 ページほどの短いエッセーである。その中に、次のようなジョークが自作であるとして紹介されている:

Jim comes into a bar and finds his best friend, Bill, at a corner table gravely nursing a glass of beer and wearing a look of solemnity on his face. Jim sits down at the table and says sympathetically, “What’s the matter, Bill?”
Bill sighs, and says, “My wife ran off yesterday with my best friend.”
Jim says, in a shocked voice, “What are you talking about, Bill? I'm your best friend.”
To which Bill answers softly, “Not any more.”

"ROBOT VISIONS" (Victor Gollancz Ltd. London 1991. ISBN0-575-05056-X). p.376

訳すと、こんな感じだろう:

ジムがバーに遣ってくると、一番の親友であるビルが隅のテーブルで一杯のビールをゆっくりと愛おしむように飲んでいる。顔つきが大真面目だ。ジムは、そのテーブルに着くと、心配して声をかけた。「ビル、どうかしたかい?」
ビルは溜め息をつくと言った。「いや、昨日、女房のやつが僕の一番の親友と駆け落ちしてね」
ジムは、驚いて言った。「おいおい、ビル。君の一番の親友って言ったら僕のことじゃないか」
ビルは答えてそっと言った。「今は一番じゃないさ」

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アシモフ [黒後家] での誤植

アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) のミステリ [黒後家蜘蛛の会] ("the Black Widowers") シリーズの和訳の一つ [黒後家蜘蛛の会 3] (創元推理文庫 ISBN4-488-16703-9) での誤植を記録しておく。2件ある。

1. p.39. 以下の引用で「メュニー」=> [メニュー]。

ヘンリーはやおらペンを取り、メュニーの裏に何やら記号らしきものを丁寧に書いた。

2. p.133. 以下の引用で「パートレット」 => [バートレット]。

政治史によく引かれます有名な言葉に、<何よりもその敵するものの故に人は彼を敬愛する>というのがございますですね。・・・(引用略)・・・皆さまが議論をなさっておいでの間に、パートレットの引用句辞典を覗いてみたのでございます。これは、一八八四年七月九日に、エドワード・ストイヴサント・ブラグと申す者が言いましたことだそうでございます。

"Bartlett's Familiar Quotations" は、著名な引用句辞典だから、この手のミステリでの議論に鳧を付けるには好適だろう。ちなみに、寡聞にして私は「パートレットの引用句辞典」なるものは知らない。

さらに、ちなみに手元にある "Bartlett's Familiar Quotations 16th ed." によれば、問題の引用句の原文は次の通り。

They love him most for the enemies he has made.
Edward Stuyvesant Bragg (1827-1912) Speech seconding the presidential nomination of Grover Cleveland [July 9, 1884]



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アシモフ [黒後家] におけるオグデン・ナッシュ

アイザック・アシモフ (Isaac Asimov) のミステリ [黒後家蜘蛛の会] ("the Black Widowers") 物の一篇で、オグデン・ナッシュ (Ogden Nash) の詩が引用されている。

あいにく、私は原文を持っていないので、創元推理文庫版から引用すると

マリオ・ゴンザロは磨き上げた自分の靴を満足げに見やって言った。「オグデン・ナッシュが書いているねえ。世の中には、窓を開けて寝るのがいいという人間がいる一方、窓を閉めて寝るほうがいいというのがいる。結婚するとなると、互いに主義の反対の相手を選ぶって」

アイザック・アシモフ 著 (池 央耿 訳) 「犯行時刻」創元推理文庫 [黒後家蜘蛛の会 3] (ISBN4-488-16703-9) pp.286-287

出典は、Nash の "I Do, I Will, I Have" 中の数行と思われる。該当部分を引用しておこう:

Just as I know that there are two Hagens, Walter and Copen,
I know that marriage is a legal and religious alliance entered
into by a man who can't sleep with the window shut and a
woman who can't sleep with the window open.

Ogden Nash "I Do, I Will, I Have"

勿論、Copen と open とは韻を踏んでいる。また、タイトルは結婚の誓いの言葉を踏まえているのだろう。

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スターバックス・カップ・スリーブの注意書:「断熱スリーブに再生紙利用」篇 あるいは、スリーブの la raison d'être

re

2005年10月18日付けの「スタバのカップ・スリーブ」で引用したスリーブの la raison d'être を訳しておきましょう。まづ、再録すると:


This insulating sleeve is
made from 60% post-
consumer recycled fiber
and uses approximately
45% less material
than a second paper cup.
Intended for single use only.

意味は明瞭。でも、意外と訳しづらいですね。

この熱防護用帯の 60% は、
消費者が廃棄した繊維材を
リサイクルした原料から
作られています。また、
2個目の紙カップより、
約 45% 少ない材料で済みます。
使い捨て専用です。

「2個目の紙カップ」の前に「紙カップを2つ重ねて使う場合の」と、説明を付け加えたいところ。

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スターバックス・カップ・スリーブの注意書:「熱いです」篇 ("Careful, the beverage you're about to enjoy is extremely hot.") と a pastiche disclaimer

Starbucks Coffee の disclaimer: "Careful, the beverage you're about to enjoy is extremely hot." は、確かにツッコミ所があって、ウェブ上でも "drink" はするが、"enjoy" している訣ではないとか、"extremely hot" でなくて、キチンと "hot" なものを出せとか言われているが、これらの主張には結局 [為にする] と云ったおもむきがあって(それだけなら良いが、結局言っていることが詰まらないので)採るに足らない。

むしろ目立つのは、これを「disclaimer 一般」の提喩として用いていることである。つまり、サイト上での発言を読んだ結果は、読者自身の責任に属することを要求する文脈で、この惹句が使われている。代表的な例は次の通り:

The opinions expressed on this site are solely the author's, and not representative of any individual, company, corporation, government, head of state, deity, pantheon, or anyone or anything else I may have missed. Read at your own risk. Don't try this at home. Careful, the beverage you're about to enjoy is extremely hot. Contents packed by weight, not volume. Objects in mirror may be closer than they appear. Don't feed the animals. If anything offends you, quit reading and don't come back.

このサイトで表明された意見は、著者だけのものであり、如何なる個人、会社、組織、政府、政府首脳、神格、神々、その他著者が列挙し忘れたかもしれない人や存在によるものではありません。読者は自己の責任でお読みください。家庭内で実験しないでください。この飲み物は大変熱いのでご注意ください。内容量は重量によるもので、体積によるものではありません。鏡に見える物体像は、見かけより近いことがあります。動物に餌を与えないでください。御不満な点がありましたら、読むのは止めて、もう来るなよな。

たしかに、"enjoy" は訳しづらい。

この種の disclaimer を掲げいてるサイトの例:


  1. f.u.b.a.r

  2. .::antzz.izhere.com::.

  3. Olafs Observatory - Open the door. Step outside...

  4. www.myspace.com/thetexican

  5. What's a guy to do with free webspace?

サイトが異なっても、若干の変異を除けば文章が一致するから、出所は一つで、それが「流行った」らしい。

穿った見方をするなら、これは、ワルぶったことを書いても、シッカリと法的な免責は確保している自分自身を滑稽化して apologize していると言えるが、その背景は、情報にしろ物品にしろあらゆる交換・伝達行為に disclaimer をイチイチ付けてなければならない社会にお互い住んでいる鬱陶しさだろう。要するに言いたいのは、最後のワン・センテンスなのだから。でも、「出て行け」と言ってしまうと、交換・伝達は成立しない。痛し痒しと言うべきか。

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スタバのカップ・スリーブ (「熱いです」と「断熱スリーブに再生紙利用」の注意書)

久しぶりでスターバックス (Starbucks Coffee) でコーヒーを飲んだ。久しぶりも久しぶりだし、回数も少ない。多分二度目か三度目だろう。

別にスタバに限らない。そもそも、コーヒーハウスに入ることは滅多にないのだ。しかし、これからするのは、そう云う話ではない。

雨の中を歩き回った後だったので、ホットコーヒーを頼んだのだが、その時の同行者がカウンターから持って来た紙カップには、片面段ボールで作った帯が巻かれていた。

そこに印刷してあるスターバックスのエンブレムの下には "Careful, the beverage you're about to enjoy is extremely hot." と云う注意書。そしてその裏側(対蹠側)には、こう謳ってある。

This insulating sleeve is
made from 60% post-
consumer recycled fiber
and uses approximately
45% less material
than a second paper cup
. Intended for single use only.

これは、ちょっと面白かったですね。つまり、熱い飲み物を入れた時には、紙カップを二重にすることが期待される可能性があるとスターバックスは考えている訣だ。

日本であるか、それ以外(まぁ、米国でしょうね)かは別として、そしてスターバックス・コーヒーショップ・チェーンであるか否かも別として、実際にそう云う「風習」があった/あるのだろうな、と、その時思ったのだった。「勿体ないことをする」

しかし、まぁ、熱すぎると云うので紙カップを放り出されて飛び出たコーヒーで誰かが火傷を負い、その損害賠償に巨額の負担を強いられるよりはマシだと、企業としては考えるでしょうね。

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検索フォームの改定

注意:現状では、このサイト内の検索は、、サイト [暴想] の管理者である [なおゆき] さんが作成された cocolog_ajax_search.js と云う JavaScript ユーティリティに切り替えてある(詳しくは、[nouse: JavaScript による、ココログサイト内全文検索] を参照されたい)。このため、この記事の内容は、その前提を失って、無意味に なっている。

検索フォームを、サイト内検索以外に、yahoo japan と google に就いてはウェブ検索も、ココログルに就いてはココログサイト検索も出来るように変更した。

場合分けは、ラジオボタンで選択可能にしてあり、初期状態(つまり、デフォルトで)はサイト内検索にチェックが入っている。

関連記事:


  1. yahoo japan によるサイト内検索

  2. サイト内検索フォーム設置


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読書メモ:「幕末動乱の男たち」

海音寺潮五郎の「幕末動乱の男たち」を読んだ。新潮文庫版で上下二巻(ISBN4-10-115705-7 及び ISBN4-10-115706-5)。今は絶版のようだ。

私は海音寺氏の作と波長が合わないらしく、感興と云うほどのものは少なかった。ただ、その僅かなところを書いておく。

二冊中論ずるところ十二人。もっとも良く書けているのは、上巻の二人目、筑前の慷慨家 [平野国臣] である。

私は、この本で初めて「わが胸の 燃ゆる思ひに くらぶれば 煙はうすし 桜島山」が平野国臣の詠歌だと知った(上巻 p.106)。それまで、てっきり薩摩の俗謡だと思っていたのだ。しかし、知らなかったのは私ばかりで、このことは周知事項のようだ。

作者は、「国臣の本質は詩人である」として、彼がものした和歌を相当数引用している。しかし、この一篇の中で最も優れた短歌は、国臣本人の作ではなく、彼と相聞を交わす間柄であったらしい [お棹] (久留米水天宮神官 [真木保臣] の娘) が国臣に送った餞の歌

梓弓 春は来にけり ますらをの 花のさかりと 世はなりにけり

である(上巻 p.113)。

そして、この歌の後、一文の白眉に至る。

お棹の歌を、有馬新七は大へん感心して、寺田屋の二階で出陣の支度をした時、足を投げ出し、天井を仰ぎながら、数回朗吟したという。


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yahoo japan によるサイト内検索

注意:現状では、このサイト内の検索は、、サイト [暴想] の管理者である [なおゆき] さんが作成された cocolog_ajax_search.js と云う JavaScript ユーティリティに切り替えてある。詳しくは、[nouse: JavaScript による、ココログサイト内全文検索] を参照されたい。

yahoo japan によるサイト内検索フォームを追加した。今のところ、これが一番確実に該当記事をヒットするようだ。

ただし、カテゴリを経由した記事の重複検索ばかりでなく、キーワードがタイトルレベルの一致に留まる場合は「ファウル」が沢山出てきて煩わしい。これは、サイドバー中の語句も拾うためだ。

関連記事
サイト内検索フォーム設置

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