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チェスタトンのブラウン神父物一篇

前回記事でも話題にした泡坂妻夫の「宝引の辰捕者帳--朱房の鷹」(文春文庫版 ISBN4-16-737811-6)には、[墓磨きの怪] と云う作品も収められている。これを読んでいたら、不図 G.K. チェスタトン (G.K. Chesterton) のブラウン神父物の一篇を読み返したくなった。そこで以前読んだ文庫本の翻訳を探したが出てこない。読了後、何処かに仕舞い込んでしまったのだ。

仕方がない。Penguin Books 版で読んだ。これは、以前買ったままで放っておいたものだが、たまたま手近に出ていたのだ( 現在品切れ中とのこと)。

問題の一篇は "The Innocence of Father Brown" 中の "The Honour of Israel Gow"。

読んだ感想は言わないでおく。理由に付いてもノーコメント。

だから、これだけなら一文を草することではないのだが、"The Honour of Israel Gow" に就いて、若干気になることがあったので、それを書いておく。

それは、pencil と pencil-case に関わる。

"The Honour of Israel Gow" には、次のような箇所がある。

A curious collection, not of lead pencils, but of the lead out of lead pencils. (p.119)

Perhaps there is a maddening drug made of lead pencils! (p.120)

pencil-leads without the gold pencil-cases; (p.127)

Thieves would have taken the gold snuff-boxes, snuff and all; the gold pencil-cases, lead and all. (p.127)

参照ページ数は、Penguin Books (1950, reprinted 1977) 版による。


一読して、pencil を単に「鉛筆」と訳すと、意味が通じなくなる恐れがあることが判るだろう。

これは、現代日本語では「鉛筆」とは、大概木製である棒状の部材(「軸」)の中心に、顔料製の芯が嵌め込まれてなる筆記・描像用具だからだ。軸端から突出した芯部分で文字を書いたり画像を描いたりし、芯が磨り減ると、軸部分(及び、通常芯も)を削って、芯の突出を回復するようにする。

こうした「鉛筆」のイメージで、上記の引用を解釈しようとすると、"pencil-case" が芯の周りの「軸」相当と云うことになるが、これが金製であるとされている訣だ。しかし、我我が抱いている「鉛筆」の木製軸の部分を金で置き換えるものを想像するのは、難しい。そして、この「金の軸」が削られていたと云うことも考えにくい。

現代日本の「鉛筆」のイメージから離れて引用を読めば、推測は簡単だ。ここで、Chesterton が "pencil" と云う言葉で指し示したかったのは、黒鉛からなる「芯」(と言っても、棒状のものであったとは断定できない)が軸(或いは "case" に従って「ケース」とか「筐体」とかすべきか)に使用時には固定はされてはいるが、接着剤等で永久的な固着はされていないようなものだった筈だ。つまり、現代日本社会で似たものを探すなら、それは「鉛筆」ではなくて、「芯ホルダー」だろう(「(鉛筆)ホルダー」と紛らわしいが、単に「ホルダー 」とも言う)。

この裏付けは、ネット上で直に見つかった(Pencils)。

History of the Lead Pencil
Lead pencils, of course, contain no lead. The writing medium is graphite, a form of carbon. Writing instruments made from sticks cut from high quality natural graphite mined in England and wrapped in string or inserted in wooden tubes came into use around 1560.

鉛筆の歴史
「鉛筆」には勿論「鉛」は含まれていない。書写の役割を果たすのは、炭素の一形式である「黒鉛」(グラファイト)である。イギリスで採掘された高品位天然黒鉛から切り出された黒鉛棒を、紐で包んだり、木製の管に挿入したりして作った筆記用具が、1560年頃から使われていた。

そこで、以前読んだ翻訳ではどうなっていたのか俄然気になりだしたのだった。改めて本腰を入れて捜索したら、出てきましたね。新潮文庫。橋本福夫訳「ブラウン神父の純智」(1975年11月 第19刷)

しかし、これは既に絶版になっているようだ。絶版になった翻訳の品質をあげつらう程の理由は、今のところ見当たらない。

"The Innocence of Father Brown" には、上記の橋本福夫訳(新潮文庫)のほか、中村保男訳「ブラウン神父の童心」(創元推理文庫)、福田恆存/中村保男訳「ブラウン神父の童心」(創元推理文庫。絶版)、村崎敏郎訳「ブラウン神父の無知」(ハヤカワ・ミステリ。絶版?)とあるので、その全部の対比をするとしたら、それはそれで別の面白いかもしれないが、それもワザワザする気はない(機会があったら、中村安男訳は覗いてみても良いな)。

以下も参照:

  1. pencil - definition by dict.die.net

  2. What is the history of the pencil?

  3. History of the Pencil

  4. History of the pencil

  5. ITHistory.html

  6. The Project Gutenberg E-text of “The Story of the Invention of Steel Pens with a Description of the Manufacturing Process by Which They Are Produced”, by Henry Bore


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