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丸谷才一「新々百人一首(下)」(新潮文庫)

「新々百人一首(下)」(新潮文庫 ISBN4-10-116910-1) のブックマーク。

73・91 永福門院(えいふくもんいん)
うれしとも一かたにやはながめらるる待つ夜にむかふ夕ぐれの空

76・40 和泉式部(いづみしきぶ)
黒髪のみだれもしらず打伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき

78・72 式子内親王(のりこないしんのう)
わが恋は知る人もなしせく床の泪もらすなつげの小枕

80・34 藤原公任(ふぢはらのきんたふ)
おぼつかなうるまの島の人なれやわが言の葉を知らぬ顔なる

84・67 祇寿(ぎず)
難波江の春のなごりにたへぬかなあかぬ別れはいつもせしかど

85・50 源俊頼(みなもとのとしより)
あさましやこは何事のさまぞとよ恋せよとても生れざりけり

97・2 天智天皇(てんぢてんのう)
朝倉や木の丸殿(まろどの)にわがをれば名のりをしつつゆくはたが子ぞ

なお、ニ連の番号の始めは、書中の順番、後ろのほうは、時代順の番号。

「恋」の部中、第七十六首から第七十八首までの三首は、和泉式部、小野小町、式子内親王と続いて、「強打者を並べてみました」と云うおもむきで、厭味ですらある(ちなみに、第七十五首は清少納言であり、第七十九首は伊勢である)が、私としては、永福門院の歌に一番心打たれた。また「女が男を待つ」と云うテーマの「民謡」(「読人しらず」)の実作者の多くが男性だったらしいと云う指摘に注意。

和泉式部は、恋の歌の不動の四番打者とでも言うべきか。丸谷才一は、一首に対する寺田透の解釈を引用して、それに「ことごとく賛成した上で、なほ一つのことを言ひ添へておきたい」と云う形で重大な読み替えを提案している。片口を聞いただけの裁断になってしまうが、丸谷の読みは正鵠を失してはおるまい。

式子内親王の歌に関連して、枕が世界的に呪物であったことの例証としてエゼキエル書を引用したのは、勇み足に近かったろう。丸谷才一が依っているのは、いわゆる文語訳聖書「主ヱホバかくいいたまふ吾手(わがて)の節々の上に小枕を縫つけ諸(もろもろ)の大きさの頭に帽子(かぶりもの)を造り蒙(かぶら)せて霊魂(たましひ)を猟(から)んとするものは禍(わざはひ)なるかな・・・我汝等が用ひて霊魂(たましひ)を猟(かる)ところの小枕を奪ひ霊魂を飛さらしめん我なんぢらの臂(ひぢ)より小枕を裂(さき)とりて汝らが猟(かる)ところの霊魂(たましひ)を釈(はな)ち其(その)霊魂(たましひ)を飛さらしむべし」(エゼキエル第13章第18節及び第20節)だが、これは例えば、新共同訳では「主なる神はこう言われる。災いだ、人々の魂を捕らえようとして、どの手首にも呪術のひもを縫い付け、どんな大きさの頭にも合わせて呪術の頭巾を作る女たちよ。・・・わたしは、お前たちが、人々の魂を鳥を捕らえるように捕らえるために、使っている呪術のひもに立ち向かい、それをお前たちの腕から引きちぎり、お前たちが鳥を捕らえるように捕らえた魂を解き放つ。」

つまり「小枕」ではなく「呪術のひも」になっている。ざっと調べてみると、「七十人訳」や Vulgata, King James Version, そしてルター訳(1545年)では、それぞれ προσκεφαλαια, pulvillos, pillows, Kissen と、確かに「枕」を思わせる言葉が使われているが、日本語の旧口語訳(1955年)の時点で既に「占いひも」になっている。この変化の理由は、私のような浅学なものには不明であるし(マソラ本文の、あるいは כּסתות あたりの解釈の変更か)、また新しい訳の方が正しいとは限らないから、断定的なことは言わないが、それでも、問題のコンテキストでエゼキエルを引用するなら、議論の組み立てを一層周到にすべきだったろう。

藤原公任の一首中「うるまの島」とは鬱陵島のこと。

祇寿は「遊女」。「都で山ばかり見てゐる王朝貴族は、淀川を下つて難波の海を見ることを好んだ。」「ここで逸してならないのは、風光の楽しみのほかに江口、神崎の娼女があったといふ事情である。」「祇寿はおそらく江口か神崎の妓で、難波に同行したのだろう。」「王朝の風俗においては貴顕が遊女を召すことは卑しまれなかったし、母が遊女、白拍子、舞女である公卿も多かつた。」

源俊頼の歌も皮肉な味わいで良いのだが、それよりも、勅撰和歌集の恋の部の掉尾を飾ると云うことで(一首は「金葉和歌集」。ただし、「金葉」は三度奏上されて、ようやく白川院が嘉納。この「三奏本」が「勅撰」の地位を占めたわけだが、恋の部の最後と云うのは、流布した所謂「二度本」でのこと。まぁ、「二度本」にも異本はあるらしいのだが)参考引用されている、古今和歌集の「流れては妹背の山のなかに落つる吉野の川のよしや世の中(読人しらず)」や後拾遺和歌集の「しら露も夢もこの世もまぼろしもたとへていはば久しかりけり(和泉式部)」の方が印象に残った。

伝天智御製の解釈で、丸谷才一は、「名のりをしつつゆく」のは、ホトトギスなどの鳥であると主張している。この議論は十分説得力がある。ちなみに、議論に「さ夜ふかみ山時鳥なのりして木のまろ殿を今ぞすぐなる(藤原公行)」を援用していないのは、やや不思議。

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