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2005年5月の5件の記事

丸谷才一「新々百人一首(上)」(新潮文庫) その2

「新々百人一首(上)」(新潮文庫 ISBN4-10-116909-8) のブックマークの続き。

35・57 藤原俊成(ふぢはらのとしなり)
七夕のとわたる舟の梶の葉にいく秋かきつ露のたまづさ

42・93 後深草院二条(ごふかくさいんのにじょう)
ひとりのみ片敷きかぬる袂には月の光ぞ宿りかさぬる

53・79 後鳥羽院(ごとばのいん)
わたつうみの波の花をば染めかねて八十島とほく雲ぞしぐるる

55・64 二条院讃岐(にじょういんのさぬき)
なにはがた汀の蘆は霜がれてなだの捨舟あらはれにけり

56・6 大伴家持(おほとものやかもち)
楸おふる川原の千鳥なくなへに妹がりゆけば月わたる見ゆ

59・73 藤原定家(ふぢはらのさだいへ)
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ

なお、同書の注意書によれば、ニ連の番号の始めは、書中の順番、後ろのほうは、時代順の番号。

俊成は、七夕を歌っている。この祭りの事は気になっているので、ブックマーク。なお、この歌の次も七夕が題材「 36・32 小大君(こおほぎみ) 七夕にかしつと思ひし逢ふことをその夜なき名の立ちにけるかな。」

後深草院二条は、『とはずかたり』を著わした(そう言えば、この本は、まだ読んだことがないな。岩波の新日本古典文学大系岩波文庫小学館新潮文庫と、一通り出版されてはいるようだ)。一首は、そこでの出来事で、cocu 後深草院が、amant 藤原実兼と密会中の二条に送った「むばたまの夢にぞみつるさよ衣あらぬ袂をかさねけりとは」に対する返し。丸谷才一は、実兼の代作か補作だろうと言う。そして、この返歌の背景には宇治の橋姫伝説があると云う指摘に注目。

後鳥羽院 のこの歌に就いて論じるには、丸谷才一が書いた同名の評論を読んでおきたいが、未読。

二条院讃岐。色彩は乏しいが、鮮烈なイメージと云うものがあって、それが例えばこの歌だ。

大伴家持のこの歌に関連して、丸谷才一は、「月と鳥」を首尾よい「妻問ひ」の象徴だろうと主張している。これに反対するつもりはないが、ただ、もしそうだとすると、やはり家持の「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける」はどうなるのだろう。月の方は明示的には触れられていないとはいえ、これもまた、或る意味「月と鳥」の歌のはずであるが、本文中では言及されていない(この百人一首中の一歌は、文末の家持略伝中に出てくる)。もっとも、先回りして言っておくと、百人一首の方は「夜ぞふけ」て七日の月が沒した時の情景かもしれないが。

藤原定家の歌を丸谷才一が論じたと云うだけで、注意しておく必要があるのだが、今、詳しい議論をする余裕はないから、簡単にだけ書いておく。一首の「本歌」を、万葉集中の「長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ) 苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」よりも、『源氏物語』の「東屋」に置こうとする主張の論理構成は、やや危うい、つまり、立っているとはいえ心柱のようなものが欠けている。だから、一首を恋歌であることが、林望のように「純粋にアカデミックな意味において正しい」と言う気はないが、それでも、肝腎は押さえていると言えるだろう。「東屋」のこととは別に、一首を『新古今集』の歌の配置の中で考えると云う全く正しい手法で、一首が「恋歌」であることを導きだそうとしているのは評価できるし、そして余り鮮やかとは言えないが、ある程度成功している。

    関連記事(in nouse)
  1. 丸谷才一「新々百人一首(上)」(新潮文庫) その1
  2. 丸谷才一「新々百人一首(下)」(新潮文庫)

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「小学館独和大辞典第2版」(コンパクト版)の誤植

私が、独和辞典として今一番良く使っているのが、この「小学館独和大辞典第2版」(コンパクト版 ISBN4-09-515032-7)。やや重大な不満が無いわけではないのだが、この「不満」は他人様に話せるよう纏めるのに時間がかかりそうなので、その話はしないでおく(ただし、現在書店店頭に出ている独和辞典の中で一冊だけを選ぶと云うなら、これが一番良いことを認めるのに、私は吝かではない)。

今回は、単に誤植の報告である。

私が持っているのは「コンパクト版」だけなので、それに沿って記載すると、"sich" の語義の説明中 "1.b.5" (p2119 右欄) の「3格支配の前置詞と」のコロケーションとしてあげられている "an sich" の訳語が、「そもそも, それ自体としては; [哲]アン-ジッヒ」と並べられた後、「即時」が続いている。勿論、これは「即自」の誤りである。

"1.a.6" では "an und für sich" の訳語として、正しく「即自かつ向自」が示されているから、これは単純な見落としだろう。「哲学に就いて初歩的な知識があれば、こんな間違いはしない筈だ」などと言う気は毛頭ない。ホメロスだってウトウトすることがあっただろう如く、カントやヘーゲルでもボンヤリしていることもあったろうから、個々のケアレスミスに、知識の初歩的とか深淵とかの詮索は、あまり意味がない。

ただし、初版では(これもコンパクト版での話だが)、対応箇所で "an sich" は、正しく「即自」と訳されている。この辺の経緯は分らない。私の「不満」と関係しているかもしれないし、していないかもしれない。しかし、それに就いて考えるには材料が少なすぎる。


それから、もう一つ。

"verlangen" 語義 "I:1" (p.2522 右欄) で示されている例文 "Wieviel verlangt et dafür? 彼はその代価としていくら要求しているのか" 中の "et" は、"er" の誤り。これも、初版本では正しくなっている。


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丸谷才一「新々百人一首(上)」(新潮文庫) その1

このごろ、ちょっと時間が空くと、丸谷才一の「新々百人一首」(新潮文庫)を、少しづつ読んでいる。今、上巻(ISBN4-10-116909-8)の中ほどに辿りついたところだ。この著作は重要と思われるが、もう一度通読しなおす余裕ができるかどうか判らないので、簡単なブックマークを、今のうちに作っておく。

「新々百人一首」は、その名の通り、百の和歌を主題とする百のエッセーからなる。百の文章は、その重みに参差があり、雑文に近いものから、essai の名に恥ぢない、挑戦的な論考もある。稍々私の記憶に残ったのは:

9・51 藤原基俊(ふぢはらのもととし)
夜をこめて鳴くうぐひすの声きけばうれしく竹を植ゑてけるかな

15・66 平忠度(たひらのただのり)
ささなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな

31・97 正徹(しようてつ)
冲津かぜ西吹く浪ぞ音かはる海の都も秋や立つらん

なお、同書の注意書によれば、ニ連の番号の始めは、書中の順番、後ろのほうは、時代順の番号。

印象に残った理由は、三様である。藤原基俊のものは、あからさまな艶笑歌。当時の人々のどよめきが聞えてくるようだ。平忠度の項では、「読人しらず」に就いての論考で蒙を啓かれた。正徹の歌では、源氏物語の須磨の卷に就いて私が以前考えかけたまま放り出してある疑問に就いてのヒントが得られた。

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  1. 丸谷才一「新々百人一首(上)」(新潮文庫) その2
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南畝の由来

詩経と言えば、「小雅」中の「大田」に、

以我覃耜   我が覃耜(たんし)を以って
俶載南畝   載(こと)を南畝(なんぼ)に俶(はじ)む

とあるが、蜀山人大田覃の号が「南畝」なのはこれによるのだろう。



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一青窈さんの「窈」

「一青窈」(ひととよう)さんと云う歌手の方がいらっしゃる。私なぞは、ほんとど名前を存じあげるだけなんだが、それでも若干の興味を持ったりすることはある。勿論、名前についてである。

「窈」と云う文字が「詩経」(詩經)に出てくることは、ある程度の年齢以上なら、憶えている人も少なくあるまい。「周南」の冒頭を飾る「關雎」に出てくるからだ。そして、(調べてみたことはないが)今でも、高校レベルの漢文教科書の定番素材なのではないか。

改めて引用するほどの事はないのだが、話を続けるために、その冒頭を示せば:

關關雎鳩   關關(かんかん)たる雎鳩(しょきゅう)は
在河之洲   河(かわ)の洲(す)に在り
窈窕淑女   窈窕(ようちょう)たる淑女(しゅくじょ)は
君子好逑   君子(くんし)の好逑(こうきゅう)

雌雄の仲睦まじいとされていた雎鳩(ミサゴ "Pandion haliaetus haliaetus")を引き合いに出して、「窈窕たる」、つまり「奥ゆかしく美しい」お嬢さんは、良い嫁御になるだろうと寿いでいるのだろう。

だから、窈や窕は、実際に「中国」で広く使われているかは別として、中国文化圏内の女性の名前にとして似つかわしいものではある。

そこで、一青窈さんなんだが、彼女の父君が台湾の方であり、母堂が日本女性(旧姓が「一青」とのこと)、そして「窈」は、戸籍名だそうだから(これくらいは、新聞で読んだ記憶がある。ネット上では、たとえば Wikipedia を参照)、当然、「詩経」の語句を踏まえた命名なんだろう。

さて、ここで疑問が生じる。もし、窈さんに姉妹(順当には、妹だろうな)がいらしたとしての話、彼女は「窕」さんだろうか?

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