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丸谷才一「新々百人一首(上)」(新潮文庫) その2

「新々百人一首(上)」(新潮文庫 ISBN4-10-116909-8) のブックマークの続き。

35・57 藤原俊成(ふぢはらのとしなり)
七夕のとわたる舟の梶の葉にいく秋かきつ露のたまづさ

42・93 後深草院二条(ごふかくさいんのにじょう)
ひとりのみ片敷きかぬる袂には月の光ぞ宿りかさぬる

53・79 後鳥羽院(ごとばのいん)
わたつうみの波の花をば染めかねて八十島とほく雲ぞしぐるる

55・64 二条院讃岐(にじょういんのさぬき)
なにはがた汀の蘆は霜がれてなだの捨舟あらはれにけり

56・6 大伴家持(おほとものやかもち)
楸おふる川原の千鳥なくなへに妹がりゆけば月わたる見ゆ

59・73 藤原定家(ふぢはらのさだいへ)
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ

なお、同書の注意書によれば、ニ連の番号の始めは、書中の順番、後ろのほうは、時代順の番号。

俊成は、七夕を歌っている。この祭りの事は気になっているので、ブックマーク。なお、この歌の次も七夕が題材「 36・32 小大君(こおほぎみ) 七夕にかしつと思ひし逢ふことをその夜なき名の立ちにけるかな。」

後深草院二条は、『とはずかたり』を著わした(そう言えば、この本は、まだ読んだことがないな。岩波の新日本古典文学大系岩波文庫小学館新潮文庫と、一通り出版されてはいるようだ)。一首は、そこでの出来事で、cocu 後深草院が、amant 藤原実兼と密会中の二条に送った「むばたまの夢にぞみつるさよ衣あらぬ袂をかさねけりとは」に対する返し。丸谷才一は、実兼の代作か補作だろうと言う。そして、この返歌の背景には宇治の橋姫伝説があると云う指摘に注目。

後鳥羽院 のこの歌に就いて論じるには、丸谷才一が書いた同名の評論を読んでおきたいが、未読。

二条院讃岐。色彩は乏しいが、鮮烈なイメージと云うものがあって、それが例えばこの歌だ。

大伴家持のこの歌に関連して、丸谷才一は、「月と鳥」を首尾よい「妻問ひ」の象徴だろうと主張している。これに反対するつもりはないが、ただ、もしそうだとすると、やはり家持の「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞふけにける」はどうなるのだろう。月の方は明示的には触れられていないとはいえ、これもまた、或る意味「月と鳥」の歌のはずであるが、本文中では言及されていない(この百人一首中の一歌は、文末の家持略伝中に出てくる)。もっとも、先回りして言っておくと、百人一首の方は「夜ぞふけ」て七日の月が沒した時の情景かもしれないが。

藤原定家の歌を丸谷才一が論じたと云うだけで、注意しておく必要があるのだが、今、詳しい議論をする余裕はないから、簡単にだけ書いておく。一首の「本歌」を、万葉集中の「長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ) 苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」よりも、『源氏物語』の「東屋」に置こうとする主張の論理構成は、やや危うい、つまり、立っているとはいえ心柱のようなものが欠けている。だから、一首を恋歌であることが、林望のように「純粋にアカデミックな意味において正しい」と言う気はないが、それでも、肝腎は押さえていると言えるだろう。「東屋」のこととは別に、一首を『新古今集』の歌の配置の中で考えると云う全く正しい手法で、一首が「恋歌」であることを導きだそうとしているのは評価できるし、そして余り鮮やかとは言えないが、ある程度成功している。

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