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NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)


フォースのともにあらんことを

しばらく前に、英国の科学技術政策に関連する公文書を訳したことがあります。

中に、成人向けであったか学生向けであったか失念しましたが、いわゆる公開講座に関する言及があった。そのタイトルが "May the Force be with you." だったのですな。

私、翻訳家として怠慢の誹りを免れないんだが、映画館に映画を観に行くことなど、滅多にない。数年に一度ぐらいでしょう。それでも、TV で放送された時ぐらいなら観ることがある。(勿論、日本語吹き替え版で。)

だから、問題のタイトルが、[スターウォーズ]からの引用又はモヂリであろうことは、すぐに想像がついた。それどころか、実は、私にとっては、映画一篇の中で最も印象的なセリフがあったのですが、その原文であることを確信したのです。

その[印象的なセリフ]と云うのが、私の(誤っていることが多い)記憶によれば、「フォースのともにあらんことを」なんです。

[印象的]といっても、共感したのではない、微妙な違和感があった。

まぁ、しかし、その話は後回しにしましょう。翻訳の時のことに話を戻すと、当然のようにジタバタし始めた。引用句の翻訳は、先行して定訳/流布訳があるならば、出来る限りそれを尊重しなければならない。なぜなら、文章中に引用がある場合には、引用の内容と云うメッセージと共に、引用が行なわれていると云う事実(議論上かなり粗い近似値になりますが、ここでは、これはメタメッセージと呼んで良いはずです)をも[翻訳]しなければならないからです。

[引用が行なわれていると云う事実]を読者に伝えるには、定訳/流布訳(if any)を使うのが最も自然で効果的です。勿論、訳文の文脈上、定訳/流布訳の利用が不可能な場合もありえますが、しかし、それは、翻訳の蹉跌と言ってよいでしょう。

と云う訣で調べてみたら、"May the Force be with you." が、たしかに Star Wars 由来であることは、引用句辞典ですぐに確認できました。

とすると、これに定訳/流布訳と言えるものがあるのか?

これも、TV の吹き替えや、映画のスーパーインポーズで使われた表現なら、良しとすべきで、従って、取り敢えず、問題は「フォースのともにあらんことを」と聞いたような気がすると云う私の記憶力になります。これは大問題だ。裏を取りたいけれども、その手段が分からない。困った。困った。

とは言うものの、時間に全く余裕がなかったから、逆に早く諦めが付いた。記憶が曖昧なまま「フォースのともにあらんことを」で済ませてしまった。


そのしばらく後で、NHK の衛星放送でやっていた輸入物の科学番組を観ていたら、たまたま "May the Force be with you." と云うテロップが出てきた。あるセクション(素粒子間に働く力が話題だったと記憶します)の[見出し]としてだけ使われていたから、上記の[公開講座]のタイトルとは独立している筈。どうやら、この一句はかなりポピュラーらしい。単に、引用句辞典に載っていると云う事実から窺える以上に訴求力のあるような気がする。


このことと私が感じた[違和感]とは、関係がありそうです。

the Force とは何かについて、映画の中で尤もらしい意味付けが行われていましたが、有り様は所謂[念力]で、その基盤となっているのは、「強く念じるならば願望を無媒介的に現実化することができる」と云う呪術的心性です。(現実には、この[無媒介的に]の部分が、様々な粉飾によって見えづらくなっていることが多いのですが。)

呪術的心性は、「科学技術」が「迷信」を駆逐したように見える現代にあっても、我々と無縁ではない。それどころか、我々は、各個人史において[無能な呪術者]として意識を覚醒し、多かれ少なかれ[魔法使いの弟子]として成長し、基本的に不完全な形で[空想から科学へ]の転換を遂げる。

呪術的心性は、我々の精神活動のなかに意外に多量に残存しており、それを意識から締め出すと(フロイト流に言えば[抑圧]すると)、それは[裏口]から進入して、我々の精神活動の足元をすくう。

我々は、自らの内にある呪術的心性を、意識の中であやしつつ、それが増長しないようにしなければならない。

だから[呪術的心性]が窺えるからといって、[フォース] に違和感を抱いたわけではないと云うのが、私の自己診断です。

[違和感]の正体を探ってみると、映画の中で、[フォース]が deus ex machina として働いていることにあるようです。つまり、[神]と[力]とが安易に同一視されてしまっているように受け取られたのです。[愛]と[智]が抜け落ちちゃっている。まぁ、[ヨーダ]なんかに[智]の側面を表させようとしたんでしょうけれども、私の印象では、あれは[老賢者]と言うより、[カワイイ creature]なんですな。

ここまでが、TV で[スター・ウォーズ]を見ただけによる、つまり「フォースのともにあらんことを」を契機とする感想です。それ以上考えは進まず、そのままになってしまった。


しかし、"May the Force be with you." と云うのを読んで、ハタと思い当たったことがある。

この the Force を God で置き換えて "May God be with you." とするなら、英語文化(English literacy)内で非常に自然な文章になるんです。

それは、古臭い言い方をするなら "God be with you." となるのですが(ここで、古格な表現 "God bless you." と、日常的な言い回しにヨリ馴染みやすい "May God bless you." との共存に注意してよいかもしれません)、その形では、まさに古くから使われており、そして、あまりに頻繁に使われるので、現代では goodbye と云う縮約形が使われている。

この フォーラムでは、わざわざ説明するのを躊躇せざるをえないが、一応しておくと、goodbye が "A contraction of the phrase [God be with you (or ye)]" (OED. ただし、原文では [ と ] とに挟まれた部分はイタリック体)であることは[英語の豆知識]として基本に属します。

OED によるなら

1588 Shakes. [L.L.L.] iii. i. 151,
I thanke your worship, God be wy you.

1607 Middleton & Dekker [Roaring Girl] D j b,
Farewell. God b'y you Mistresse Gallipot.

1719 D'Urfey [Pills] III. 135
Good B'w''y! with all my Heart.

1818 Byron [Juan] i. ccxxi,
And so your humble servant, and good-b'ye!

と、まあ、こんな感じですね。
(ただし、原文では [ と ] とに挟まれた部分はイタリック体)

そして、Star Wars の中で、"May the Force be with you." は、まさに別れに際する挨拶であったはずです。少なくともこの局面では George Lucas が the Forceを[神]のメタファーとして使っていると、かなりの確度をもって推定できるでしょう。


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