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NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1998年1月7日?)


回顧と展望

皆さん、明けましておめでとうございます。

もうぢき、松が取れてしまいますので、今のうちに年頭らしいことをしておきます。

といっても、相変わらずノンキな話なんですが。

1997年中で、私にとってのベストソングはエレファントカシマシの「風に吹かれて」でした。昨日、テレヴィ・コマーシャルのバックグラウンド・ミュージックで聞きましたが、私が最初に聞いたのは、古本屋の店内で流していた(多分)有線放送においてでした。聞いていて、感激してしまった。

あれは、何なんでしょうね。私、例外は結構多いとはいえ、基本的に和製ロックが苦手で、そして「風に吹かれて」の歌詞も、和製ロックの常道で立派に歌謡曲している。説明に苦しむんだが、まぁ、あんまり焦って説明しても始まらないから、そのままにしておきましょう。


去年見たテレヴィのシリーズもの時代劇で印象に残っているのは CX の[御家人斬九郎]でした。多分、正月の特別番組態勢が終われば、まだ続きをやるのではないかな。

総体、今まともな時代劇をつくれるのは、あの局だけではないかと思います。[銭形平次]は稍々おちるが、[鬼平犯科帳]と[御家人斬九郎]は良く出来ていて、感心する。そして、最近では、この両者のうち[斬九郎]が勝る。

特に、年末近くの数本は見応えがありました。梶芽衣子さんが出ていた回は、彼女の魅力を活かしきれずに失敗していましたが、その外は、毎回毎回違った趣向で楽しませてくれました。

そう言えば、一回[用心棒]へのオマージュになっているのがありましたね。(勿論、三船敏郎が無くなる前のことです。)ストーリーではなく、あの映画の稍々荒涼とした雰囲気がそっくりに作ってあった。当然、アメリカのハードボイルド小説(ダシル・ハメットの[赤い収穫]!)や西部劇の雰囲気にも似ている。(ついでに書いておくと、私の狭い知識内では、日本映画史上、一番かっこいい男優の姿は、[用心棒]のラスト近くで、三船敏郎が「ヘヘっ」と云った感じで肩をゆすり上げつつ、破落戸たちに歩み寄っていくシーンです。)


ただ[斬九郎]で、一番優れいてると思われるのは、キャスティングです。まず、レギュラーが全員はまっている。[斬九郎]の渡辺謙、母親[麻佐女]の岸田今日子、与力[西尾伝三郎 ](原作ではこうなっているんだが、テレヴィの方では同心と云った格だね。)の益岡徹、岡っ引[南無八幡の佐治]塩見三省、芸者[蔦吉]若村麻由美(原作では、柳橋芸者[おつた]。でもテレヴィでは名前からして深川芸者っぽい)。どれも、みなキマっている。そして、もう一昨年になった筈だが、第二回シリーズからは、中間役で牧冬吉さん(なつかしや)が出ていらっしゃる。

特に若村麻由美の芸者姿には、目を瞠るがある。私は、彼女ほど芸者姿の似合う女優を知らない。もっとも、これには局側の対応もあるんでしょうね。彼女、NHK の金曜夜にやっていた(今、丁度再放送中らしい)[天晴れ夜十郎]に[三千歳]役で出ていたが、精彩がなかったと記憶する。

[天晴れ夜十郎]にしろ、たしかその後釜の[半七捕物帳]にしろ、それなりに良い素材を使っているのに、見事に詰まらなかった。[半七捕物帳]みたいな傑作を詰まらなくしてどうすんだ。

見られるのはエンディングだけでしたね。[天晴れ夜十郎]では切り絵、[半七捕物帳]では半七が現代の東京に紛れ込ませた姿をモノクロ・スチールで写し取って、見応えがあった。

若村麻由美さんは、この二日、[NHK教育]で放送した片岡仁左衛門襲名公演にゲスト出演していて、その時、アナウンサーが言うには、歌舞伎の「大ファン」で(ま、義理でも、こう云うわな)、踊りの名取りさんなんだそうです。分かったような、分からないような気分になりました。

そうそう、その時、一緒に[役者]中村又五郎さんが出ていらした。彼は、池波正太郎が、その風貌を[剣客商売]の秋山小兵衛のモデルにした人で(池波正太郎[小鍋だて])、そう聞くと床しい。この前も、NHK教育で対談番組に出ていたのを拝見したことがある(人間国宝になった記念?)。

もう一度そうそう、ややうろ覚えだが、彼は、去年(?)の[鬼平犯科帳]に、(確か逆縁の)仇討ちをしようとする老剣士の役で出ていた(それを[鬼平]がすけてやる)。セリフ廻しが、歌舞伎そのままなのにテレヴィ・ドラマのなかで浮いていなかった。たいしたもんだと思った記憶が有ります。

話を戻して、[御家人斬九郎]は、たしかに良く出来た作品なんだが、不満がないわけではない。それは、冒頭必ず出で来る[江戸本所]と云うキャプションなんです。

また、脱線します。[本所]は本来は[ほんじょう]と読んだそうです。今でも、志ん朝師などは、高座で確かに[ほんじょう]と発音している。

何度も「そうそう」と言って申し分けないが、そうそう。古今亭志ん朝で思 い出しましたが、いまの[鬼平犯科帳]ではなくて、昔の先代松本幸四郎 が主演していた時には、志ん朝師が[うさ忠]を演じていたと記憶します。主演が幸四郎と云うことではなく、そのことに「贅沢なことをするもんだ」と感心したように覚えています。

私の記憶が確かなら[本所]は、お江戸のうちではない。所謂[川向こう]と云う奴で、大川を挟んで、あっちかこっちかの違いは地元の人間には皮膚感覚として切実だった筈なんですがね。

勿論、川向こうには川向こうの良さがあるので、お江戸ほど窮屈ではなかったらしい。例えば、向両国(むこうりょうごく。今の墨田区両国)の見世物には際どいものがあったと言います。(あんまり、いい例じゃないね。)

でも、[本所]を江戸と言ってはいけないでしょう。そう言えば、こうしたことに厳しい都筑道夫は昨年版行した[さかしま砂絵](光文社)所収の[置いてけ掘](この外題は[本所七不思議]から取られている)で、本所に行った「センセー」に「見るからに、顔役というところだの。お太刀をきめているなんざあ、江戸では見られぬすがただ。」(54頁)と言わせています。

また、少なくとも、昭和30年代迄そうした雰囲気があったことは、純正の下町っ子であるなぎら健壱([なぎら]は確か[柳楽]と書いたと記憶するが、いま確認できない。もっとも通用名が開いた形だから、いいか。彼は、銀座木挽町生まれ)の[下町小僧](ちくま文庫)を読むと分かる。

川一本のことなんだけれども、やっぱり、気になりますね。

話題二つだけで、結構長くなったしまった。まだ、二つ・三つ残っているんですが、やめておきます。


最後に今後のことを一つ。

近日中(一両日中? 或いは、一・二週間中)に、極めて長文のアップを行ないます。実は、このフォーラムでの発言を再開するに当たって腹案にあったものです。ぜひ書いておきたかったので、組み立ててみたんですが、思った以上に長くなってしまった。自分でも、ハタ迷惑になりそうなのが分かる。当フォーラムで長文のアップをするのは、これを最後にします。


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