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2004年7月の6件の記事

人生の半ばで


参照: B フレッツ導入ジタバタ記(「メールサーヴァにアクセスできない」の卷)

[ジタバタ騒ぎ]の中で、Datula の事をネット上で調べていたら、作成者青野雄平は、眼疾によりプログラミングの続行が不可能になっているらしいことを知りました。青野氏の詳しい病名や、病状がどの程度なのか、は、不明です。大体、発病から2年以上は優に経過していると思われる2004年7月現在においてさえ Datula の公式サイト "Datula Home Page" は、この点に就いて沈黙を守っている。このことは、逆に、彼の病気と、その周囲の物事の諸関係の軋轢が深刻であることを推測させます。

「公式サイト」にリンクが貼られているメーリング・リストのメンバーになると、そのログから、ある程度のことが判るらしいが、それだけを確かめるためにクローズドなグループに入会するのは気が引ける。

全く偶然の一致で、彼のこととは全く無関係なのですが、青野氏不調の風評を知る少し前(B フレッツを導入する直前の2004年4/5月頃)に、中途失明者の女性と話をする機会があり、その時に私は始めて、「網膜色素変性症」と云う病気があることを知りました。

「網膜色素変性症」は、進行が遅いので、発症がそのまま失明を意味するものではありませんが、この女性の場合は、日光のような強い光の有無を感じ取れる程度とのことでした。

曾って、彼女は、眼科が優秀であると言われている診療機関を幾つも受診したそうですが、その全てで「治療不可能」を宣告され、(実際、「網膜色素変性症」は、行政で謂うところの「難病」の一つです)、結局、何をしたかと云うと、観光地や美術館を巡って、美しい景色や絵画を見ていったと云うことです。

それを聞いて、私は、自分がずいぶん昔、「そのうち纏まった暇が出来たら、東京中の博物館と美術館を見て廻ろう」と、思ったことがあるのを思い出しました。そして、その「計画」は、思っただけで終わってしまったのです。そうした私より、彼女の方が「見るべきほどのもの」を、多く見ているかもしれない。それでも、人生の半ばで、一つにしろ官能性を失った者の無念は、察するに余りある。

    他サイトへのリンク:
  1. 「網膜色素変性症」の説明
  2. 日本網膜色素変性症協会
  3. The Foundation Fighting Blindness
  4. The British Retinitis Pigmentosa Society
  5. 行政用語としての「難病」

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NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1998年1月7日?)


回顧と展望

皆さん、明けましておめでとうございます。

もうぢき、松が取れてしまいますので、今のうちに年頭らしいことをしておきます。

といっても、相変わらずノンキな話なんですが。

1997年中で、私にとってのベストソングはエレファントカシマシの「風に吹かれて」でした。昨日、テレヴィ・コマーシャルのバックグラウンド・ミュージックで聞きましたが、私が最初に聞いたのは、古本屋の店内で流していた(多分)有線放送においてでした。聞いていて、感激してしまった。

あれは、何なんでしょうね。私、例外は結構多いとはいえ、基本的に和製ロックが苦手で、そして「風に吹かれて」の歌詞も、和製ロックの常道で立派に歌謡曲している。説明に苦しむんだが、まぁ、あんまり焦って説明しても始まらないから、そのままにしておきましょう。


去年見たテレヴィのシリーズもの時代劇で印象に残っているのは CX の[御家人斬九郎]でした。多分、正月の特別番組態勢が終われば、まだ続きをやるのではないかな。

総体、今まともな時代劇をつくれるのは、あの局だけではないかと思います。[銭形平次]は稍々おちるが、[鬼平犯科帳]と[御家人斬九郎]は良く出来ていて、感心する。そして、最近では、この両者のうち[斬九郎]が勝る。

特に、年末近くの数本は見応えがありました。梶芽衣子さんが出ていた回は、彼女の魅力を活かしきれずに失敗していましたが、その外は、毎回毎回違った趣向で楽しませてくれました。

そう言えば、一回[用心棒]へのオマージュになっているのがありましたね。(勿論、三船敏郎が無くなる前のことです。)ストーリーではなく、あの映画の稍々荒涼とした雰囲気がそっくりに作ってあった。当然、アメリカのハードボイルド小説(ダシル・ハメットの[赤い収穫]!)や西部劇の雰囲気にも似ている。(ついでに書いておくと、私の狭い知識内では、日本映画史上、一番かっこいい男優の姿は、[用心棒]のラスト近くで、三船敏郎が「ヘヘっ」と云った感じで肩をゆすり上げつつ、破落戸たちに歩み寄っていくシーンです。)


ただ[斬九郎]で、一番優れいてると思われるのは、キャスティングです。まず、レギュラーが全員はまっている。[斬九郎]の渡辺謙、母親[麻佐女]の岸田今日子、与力[西尾伝三郎 ](原作ではこうなっているんだが、テレヴィの方では同心と云った格だね。)の益岡徹、岡っ引[南無八幡の佐治]塩見三省、芸者[蔦吉]若村麻由美(原作では、柳橋芸者[おつた]。でもテレヴィでは名前からして深川芸者っぽい)。どれも、みなキマっている。そして、もう一昨年になった筈だが、第二回シリーズからは、中間役で牧冬吉さん(なつかしや)が出ていらっしゃる。

特に若村麻由美の芸者姿には、目を瞠るがある。私は、彼女ほど芸者姿の似合う女優を知らない。もっとも、これには局側の対応もあるんでしょうね。彼女、NHK の金曜夜にやっていた(今、丁度再放送中らしい)[天晴れ夜十郎]に[三千歳]役で出ていたが、精彩がなかったと記憶する。

[天晴れ夜十郎]にしろ、たしかその後釜の[半七捕物帳]にしろ、それなりに良い素材を使っているのに、見事に詰まらなかった。[半七捕物帳]みたいな傑作を詰まらなくしてどうすんだ。

見られるのはエンディングだけでしたね。[天晴れ夜十郎]では切り絵、[半七捕物帳]では半七が現代の東京に紛れ込ませた姿をモノクロ・スチールで写し取って、見応えがあった。

若村麻由美さんは、この二日、[NHK教育]で放送した片岡仁左衛門襲名公演にゲスト出演していて、その時、アナウンサーが言うには、歌舞伎の「大ファン」で(ま、義理でも、こう云うわな)、踊りの名取りさんなんだそうです。分かったような、分からないような気分になりました。

そうそう、その時、一緒に[役者]中村又五郎さんが出ていらした。彼は、池波正太郎が、その風貌を[剣客商売]の秋山小兵衛のモデルにした人で(池波正太郎[小鍋だて])、そう聞くと床しい。この前も、NHK教育で対談番組に出ていたのを拝見したことがある(人間国宝になった記念?)。

もう一度そうそう、ややうろ覚えだが、彼は、去年(?)の[鬼平犯科帳]に、(確か逆縁の)仇討ちをしようとする老剣士の役で出ていた(それを[鬼平]がすけてやる)。セリフ廻しが、歌舞伎そのままなのにテレヴィ・ドラマのなかで浮いていなかった。たいしたもんだと思った記憶が有ります。

話を戻して、[御家人斬九郎]は、たしかに良く出来た作品なんだが、不満がないわけではない。それは、冒頭必ず出で来る[江戸本所]と云うキャプションなんです。

また、脱線します。[本所]は本来は[ほんじょう]と読んだそうです。今でも、志ん朝師などは、高座で確かに[ほんじょう]と発音している。

何度も「そうそう」と言って申し分けないが、そうそう。古今亭志ん朝で思 い出しましたが、いまの[鬼平犯科帳]ではなくて、昔の先代松本幸四郎 が主演していた時には、志ん朝師が[うさ忠]を演じていたと記憶します。主演が幸四郎と云うことではなく、そのことに「贅沢なことをするもんだ」と感心したように覚えています。

私の記憶が確かなら[本所]は、お江戸のうちではない。所謂[川向こう]と云う奴で、大川を挟んで、あっちかこっちかの違いは地元の人間には皮膚感覚として切実だった筈なんですがね。

勿論、川向こうには川向こうの良さがあるので、お江戸ほど窮屈ではなかったらしい。例えば、向両国(むこうりょうごく。今の墨田区両国)の見世物には際どいものがあったと言います。(あんまり、いい例じゃないね。)

でも、[本所]を江戸と言ってはいけないでしょう。そう言えば、こうしたことに厳しい都筑道夫は昨年版行した[さかしま砂絵](光文社)所収の[置いてけ掘](この外題は[本所七不思議]から取られている)で、本所に行った「センセー」に「見るからに、顔役というところだの。お太刀をきめているなんざあ、江戸では見られぬすがただ。」(54頁)と言わせています。

また、少なくとも、昭和30年代迄そうした雰囲気があったことは、純正の下町っ子であるなぎら健壱([なぎら]は確か[柳楽]と書いたと記憶するが、いま確認できない。もっとも通用名が開いた形だから、いいか。彼は、銀座木挽町生まれ)の[下町小僧](ちくま文庫)を読むと分かる。

川一本のことなんだけれども、やっぱり、気になりますね。

話題二つだけで、結構長くなったしまった。まだ、二つ・三つ残っているんですが、やめておきます。


最後に今後のことを一つ。

近日中(一両日中? 或いは、一・二週間中)に、極めて長文のアップを行ないます。実は、このフォーラムでの発言を再開するに当たって腹案にあったものです。ぜひ書いておきたかったので、組み立ててみたんですが、思った以上に長くなってしまった。自分でも、ハタ迷惑になりそうなのが分かる。当フォーラムで長文のアップをするのは、これを最後にします。


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NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)


フォースのともにあらんことを

しばらく前に、英国の科学技術政策に関連する公文書を訳したことがあります。

中に、成人向けであったか学生向けであったか失念しましたが、いわゆる公開講座に関する言及があった。そのタイトルが "May the Force be with you." だったのですな。

私、翻訳家として怠慢の誹りを免れないんだが、映画館に映画を観に行くことなど、滅多にない。数年に一度ぐらいでしょう。それでも、TV で放送された時ぐらいなら観ることがある。(勿論、日本語吹き替え版で。)

だから、問題のタイトルが、[スターウォーズ]からの引用又はモヂリであろうことは、すぐに想像がついた。それどころか、実は、私にとっては、映画一篇の中で最も印象的なセリフがあったのですが、その原文であることを確信したのです。

その[印象的なセリフ]と云うのが、私の(誤っていることが多い)記憶によれば、「フォースのともにあらんことを」なんです。

[印象的]といっても、共感したのではない、微妙な違和感があった。

まぁ、しかし、その話は後回しにしましょう。翻訳の時のことに話を戻すと、当然のようにジタバタし始めた。引用句の翻訳は、先行して定訳/流布訳があるならば、出来る限りそれを尊重しなければならない。なぜなら、文章中に引用がある場合には、引用の内容と云うメッセージと共に、引用が行なわれていると云う事実(議論上かなり粗い近似値になりますが、ここでは、これはメタメッセージと呼んで良いはずです)をも[翻訳]しなければならないからです。

[引用が行なわれていると云う事実]を読者に伝えるには、定訳/流布訳(if any)を使うのが最も自然で効果的です。勿論、訳文の文脈上、定訳/流布訳の利用が不可能な場合もありえますが、しかし、それは、翻訳の蹉跌と言ってよいでしょう。

と云う訣で調べてみたら、"May the Force be with you." が、たしかに Star Wars 由来であることは、引用句辞典ですぐに確認できました。

とすると、これに定訳/流布訳と言えるものがあるのか?

これも、TV の吹き替えや、映画のスーパーインポーズで使われた表現なら、良しとすべきで、従って、取り敢えず、問題は「フォースのともにあらんことを」と聞いたような気がすると云う私の記憶力になります。これは大問題だ。裏を取りたいけれども、その手段が分からない。困った。困った。

とは言うものの、時間に全く余裕がなかったから、逆に早く諦めが付いた。記憶が曖昧なまま「フォースのともにあらんことを」で済ませてしまった。


そのしばらく後で、NHK の衛星放送でやっていた輸入物の科学番組を観ていたら、たまたま "May the Force be with you." と云うテロップが出てきた。あるセクション(素粒子間に働く力が話題だったと記憶します)の[見出し]としてだけ使われていたから、上記の[公開講座]のタイトルとは独立している筈。どうやら、この一句はかなりポピュラーらしい。単に、引用句辞典に載っていると云う事実から窺える以上に訴求力のあるような気がする。


このことと私が感じた[違和感]とは、関係がありそうです。

the Force とは何かについて、映画の中で尤もらしい意味付けが行われていましたが、有り様は所謂[念力]で、その基盤となっているのは、「強く念じるならば願望を無媒介的に現実化することができる」と云う呪術的心性です。(現実には、この[無媒介的に]の部分が、様々な粉飾によって見えづらくなっていることが多いのですが。)

呪術的心性は、「科学技術」が「迷信」を駆逐したように見える現代にあっても、我々と無縁ではない。それどころか、我々は、各個人史において[無能な呪術者]として意識を覚醒し、多かれ少なかれ[魔法使いの弟子]として成長し、基本的に不完全な形で[空想から科学へ]の転換を遂げる。

呪術的心性は、我々の精神活動のなかに意外に多量に残存しており、それを意識から締め出すと(フロイト流に言えば[抑圧]すると)、それは[裏口]から進入して、我々の精神活動の足元をすくう。

我々は、自らの内にある呪術的心性を、意識の中であやしつつ、それが増長しないようにしなければならない。

だから[呪術的心性]が窺えるからといって、[フォース] に違和感を抱いたわけではないと云うのが、私の自己診断です。

[違和感]の正体を探ってみると、映画の中で、[フォース]が deus ex machina として働いていることにあるようです。つまり、[神]と[力]とが安易に同一視されてしまっているように受け取られたのです。[愛]と[智]が抜け落ちちゃっている。まぁ、[ヨーダ]なんかに[智]の側面を表させようとしたんでしょうけれども、私の印象では、あれは[老賢者]と言うより、[カワイイ creature]なんですな。

ここまでが、TV で[スター・ウォーズ]を見ただけによる、つまり「フォースのともにあらんことを」を契機とする感想です。それ以上考えは進まず、そのままになってしまった。


しかし、"May the Force be with you." と云うのを読んで、ハタと思い当たったことがある。

この the Force を God で置き換えて "May God be with you." とするなら、英語文化(English literacy)内で非常に自然な文章になるんです。

それは、古臭い言い方をするなら "God be with you." となるのですが(ここで、古格な表現 "God bless you." と、日常的な言い回しにヨリ馴染みやすい "May God bless you." との共存に注意してよいかもしれません)、その形では、まさに古くから使われており、そして、あまりに頻繁に使われるので、現代では goodbye と云う縮約形が使われている。

この フォーラムでは、わざわざ説明するのを躊躇せざるをえないが、一応しておくと、goodbye が "A contraction of the phrase [God be with you (or ye)]" (OED. ただし、原文では [ と ] とに挟まれた部分はイタリック体)であることは[英語の豆知識]として基本に属します。

OED によるなら

1588 Shakes. [L.L.L.] iii. i. 151,
I thanke your worship, God be wy you.

1607 Middleton & Dekker [Roaring Girl] D j b,
Farewell. God b'y you Mistresse Gallipot.

1719 D'Urfey [Pills] III. 135
Good B'w''y! with all my Heart.

1818 Byron [Juan] i. ccxxi,
And so your humble servant, and good-b'ye!

と、まあ、こんな感じですね。
(ただし、原文では [ と ] とに挟まれた部分はイタリック体)

そして、Star Wars の中で、"May the Force be with you." は、まさに別れに際する挨拶であったはずです。少なくともこの局面では George Lucas が the Forceを[神]のメタファーとして使っていると、かなりの確度をもって推定できるでしょう。


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B フレッツ導入ジタバタ記番外編(「『ココログ』に手を出す」の卷)


これは [Bフレッツ導入ジタバタ記番外編(「ウェブサイトを作ってみたものの・・・」の卷)] の続きてす。


「ウェブログ」のことを初めて知ったのは、多分今年(2004年)の5月の筈ですが、どこでだったか、7月にして既に記憶が曖昧です。本屋の店頭で関連書籍を見かけたか、新聞の紹介記事だったかのような気がする。しかし「ココログ」は、「本屋の店頭」だったのは確かです。かなり「ヒイた」ので覚えている。猫なで声で「ココロのスキマ、お埋めします」と呼びかけられたような気がしましたのでね。(まぁ、Nifty-Serve の時も、「日商岩井」と「富士通」でニフティと云うのは安易過ぎると思ったものですが、利用しているうちに結局慣れましたからね、「ココログ」の方も、そのうち気にならなくなるかもしれない。)

なんでそう云う[ココログ]に手を出したのかと云う1番目の理由: 私は、[考えながら書く]と言えば聞こえは良いが、アーでもないコーでもないと、書いては直し、直しは書くという行為を通じないと考えが纏まらない、あるいは、そうして初めて自分が何を考えているかが判ってくる[書かないと考えられない]人間なのです。しかし、ここ二・三年[書く= 考える]ことから遠ざかっていたので、さすがに焦燥が強まってきていました。ウェブログと云うのは、「とりあえず書いてみる」に向いているようです。

2番目: 調べもの(多かれ少なかれウェブでの fact-finding が含まれるでしょう)をした時の結果を記録する、謂わば「電脳野帳」として適している。

と云う訣で、こうしてアカウントをとったのですが、それからまたジタバタしました。一旦ブログ内部に入っても、何かしようとすると、直にログイン画面に弾き出されてしまうのです。後は、何度ログインを試みても

問題が発生しました。

と云うエラーメッセージが出てしまう。

これもカタがつくのにどれくらい掛かったか忘れてしまいましたが(実動で多分せいぜい数時間でしょうけれども)、ヤヤ憂鬱な何日間かを過ごした後に、不図、インターネット・エクスプローラの

ツール > インターネット オプション > プライバシー

の設定を[中-高]まで落としてやると旨くいくことに気がつきました([認証エラーの卷]のジタバタ騒ぎで一旦引き下げていたのですが、その後、元に戻していたのです)。[プライバシー]の設定を、ヨリ以上に上げると [病状] が再現しますから、[病因]との関連性は濃厚です。(一旦上げた[プライバシー]設定を元に戻した場合、インターネット・エクスプローラを一度閉ぢないとエラーが出続けるようです。)

つまり[ココログ]のログインは Cookie を利用しているらしい。ここらへんは少しお勉強する必要がありそうです。

B フレッツ導入ジタバタ記終了

[Bフレッツ導入ジタバタ記(認証エラーの卷)]に戻る。

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B フレッツ導入ジタバタ記番外編(「ウェブサイトを作ってみたものの・・・」の卷)


これは [Bフレッツ導入ジタバタ記(「メールサーヴァにアクセスできない」の卷)] の続きてす。


認証エラーも出ないようになり、メールのダウンロードも出来るようになったので、@nifty 内にウェブサイト "YebisYa's Showcase" も開設しました。

数年前、私が、(@nifty でない別のプロヴァイダでのことですが)インターネットのアカウントを持とうと思った最大の動機は、自分のウェブサイト"Yebisuya's Showcase" (新旧では、サイト名が "YebisYa" と "Yebisuya" とで、微妙に違います)を作って、そこに書いておきたいことにあったのだったので、当然のステップと言いたいところですが、やや問題がある。

サイト・コンテンツの手当てがつかないのです。

本来なら、旧サイトの内容を、新サイトに移せば良いのです(まぁ、結局はそうなるでしょう)が、しかし、現状では、そうしたところで、コンテンツを更新していくのは不可能なのです。たとえば、1週間・2週間の間 "Showcase" の化粧直しに専念したところで、今まで経験から、出来ることがホンの僅かなのは、目に見えている。こちらの方向には、当面発展性が無いので、つい億劫になってしまう。

あともう一つ考えられるのは、私が、NIFTY-Serve 時代に、幾つかのフォーラムで発言したことを詰草代わりに放りこんでおくことです(本体の「商品」が無いのだから「詰草」もヘッタくれもないもんですが)。これは、ツナギとしては、良い考えだと思ったのですが、ある筈のそうした発言の控えのうちの多数が、私のシステムのハードディスクには見当たりません。

特に、嵩があるので「詰草」としては一番都合が良いと思った Donald E. Knuth の "The TeXbook" と "The METAFONTbook" に関する発言の控えも、ハードディスクには残っていないようです。窮余の一策として、ネット上でログを探しかけましたが、発言の時期を失念してしまったので、条件が絞りきれず、時間がかかりそうなのでやめてしまった。(そのうち再挑戦するつもりでいます。)

それでも、その他のものなら、幾らかは出てきたので、改めて見直してみたら・・・うーむ、微妙な疎遠感がある。これは、内容が既に陳腐化してためでもあるでしょうが、また「ワレは昔のワレ爲らず」であるためでもあるのでしょう。その[よそよそしさ]は、まさに「微妙」なのです。しかし、それにめげてはならないな。サイトの方に載せるかどうかは別問題として、このブログサイトの一部として、二つ再録しておきましょう。

  1. NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)「フォースのともにあらんことを」
  2. NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1998年1月7日?)「回顧と展望」

続く

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B フレッツ導入ジタバタ記(「メールサーヴァにアクセスできない」の卷)


これは [Bフレッツ導入ジタバタ記(認証エラーの卷)] の続きです。

認証エラーが出なくなったので、次はメール・サーヴィス廻りの整備です。

当然のこととして、まずメールクライアントに SMTP (Simple Mail Transfer Protocol) サーヴァや POP3 (Post Office Protocol version 3) サーヴァの為に、@nifty の情報を適宜入れました。@nifty のメールボックスにはメールが溜まっているはずなので、早速それをダウンロードしようとしたところ・・・@nifty 自体にアクセスできなかった。

-ERR Can't access via external network. Please use Hyper Road.

と云うエラーメッセージが出てしまった。

メールクライアントの設定入力に、タイプミスがあったのか調べてみましたが、これは見当たらなかった。(まぁ、タイプミスと云うのは、何度チェックしても忍び込んでくるものですがね。それどころか、しばしば最初からすまして紛れ込んでいて、危機的なときになって初めて、あたかも「意地悪な魔女」のように、バァと正体を顕す。しかし、今回はそう云う話をする機会ではない。)

とすると、メールクライアントの設定に基本的な間違いがあるのかもしれないと云うことになります。

ちょっと困ってしまいました。と云うのは、私が使っているメールクライアントは、Datula と云うものだからです。このソフト、私と相性が良かったらしく、インストールした後、自然に使い始められたので、そのまま使いつづけて来ていたものです。しかし残念ながらメインストリームには入れなかった(最近2年ぐらいは開発も中断しているようです)。このためでしょうが、設定例がないかと、@nifty の

会員サポート > 接続・設定マニュアル > メールの設定

を見てみても、そこに列挙されているメールクライアントには、Datula は含まれていません。

設定に間違いがって、それがアクセス不能の原因なら、ほかを探しても無駄なわけで、どうも探索の切っ先が鈍って仕方がない。

しかし、そうこうしているうちに、ふと気がついて、自分自身にメールを送ってみたら、@nifty のメールボックスには届いていることが確認できました。つまり SMPT サーヴァには、アクセスできていると云うことです。ここで元気が出て、ジタバタを続けているうちに、メールのダウンロードも出来るようになりました。

出来るようになった直前にしたことは、Windows (ME) で

コントロール パネル > ネットワーク > ネットワークの設定

で、[優先的にログオンするネットワーク]を[Microsoft ファミリ ログオン]から[Windows ログオン]に変更したことなんですが、元に戻しても、やはりアクセスできたから、ここでもやはりサッパリ訣が分らない。

ちなみに[優先的にログオンするネットワーク]は[Windows ログオン]に決定。

もう一つちなみに、@nifty の POP サーヴァは、APOP (Authenticated Post Office Protocol 又は Automatic Processing Options Protocol) 認証をサポートしているので、私の Datula でも、APOP を利用するように設定しました。

続く

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