メモ: 所謂「モンティ・ホール問題 (Monty Hall problem)」に就いて

以前、図書館から「放浪の天才数学者エルデシュ」と云う本を借りて読んだ時、彼が、所謂「モンティ・ホール問題 (Monty Hall problem)」に引っかかったと云うエピソードが紹介されていて (その後、文庫版を購入した。文庫版 /*草思社文庫 ISBN978-4-7942-1854-4*/ では第6章「はずれ」に書かれている)、その「問題」に就いて無知であった私は、ザッとネットで調べたことがある。 有名な問題らしく、ウィキペディアに項目が立てられていた (「モンティ・ホール問題」)。それに対する印象は、「説明がピンとこない」と云うものだった。実は、「放浪の天才数学者エルデシュ」にも解説があって、それも読んでいた訣だが、キツネにつままれた気分だった。しかし、「読んでいて理解できない・腑に落ちない」と云うことは、私のように超絶的に頭の悪い人間にはデフォルトで発生する現象なので、そうした場合...

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[メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] (2011年6月10日[金])の訂正

本ブログの記事 [メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] (2011年6月10日[金])で、私は、こう書いた。 日付が変わってしまったので、昨日の話になるが、先程、1日遅れでたまたま手にした「2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 (東京本社13版)」を流し読みした所、[天声人語] がこう始まっていた (現時点では、同内容の物がウェブ上の [asahi.com(朝日新聞社):天声人語 2011年6月8日(水)] で見ることができる) ([ゑ]引用時補足:現在ではリンクが切れている)。 〈行き先を知らずして、遠くまで行けるものではない〉。ゲーテの言葉である。目的地が定まらないと足取りが重くなる。そんな意味だろう。逆に、確かな目標があれば急坂や回り道をしのぎ、転んでも起き上がり、大きな事を成せる --2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊...

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岩波書店「位相解析の基礎」 [延長定理] (pp.59-60) の証明における初歩的ミス

自分の疎漏な知識を補強するために測度論や積分論の基礎に就いて書かれた本を拾い読みすることがある。その時に読む本は大体決まっているのだが、岩波書店の「位相解析の基礎」(1960年。吉田耕作・河田敬義・岩村聯) は、その中に入っていない。 それでも、他の本を読んでいて釈然としないときは、手がかりを求めて手を出すことがある。しかし、「位相解析の基礎」の第1編第4章 20.8 の [延長定理] (pp.59-60) の証明を読んで、少し残念だった。初歩的なミスをしているのだ。 [延長定理] は、集合 の冪集合 の部分集合の内、一定の条件 (「位相解析の基礎」p.52) を満たすものである「集合体」 (つまり「有限加法族」) 上の Jordan 式測度 が、 から生成される最小の Borel 集合体 上に延長される必要十分条件として の 上での可算加法性 ならば であること を主張する。 必要なこと...

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「高木貞治 [代数学講義改訂新版] p.194 での4次方程式の3次分解方程式の根の表記の瑕疵」補足 (「検算」篇)

本ブログの記事 [高木貞治 [代数学講義改訂新版] p.194 での4次方程式の3次分解方程式の根の表記の瑕疵] (2016年11月30日 [水]) では結果だけを書いたので、この記事では、その「検算」をしておく。 つまり、4次方程式 の4つの根 に対して の3つを根とし、主項係数が 1 の3次方程式が であることを示すことにする。 まず記号 を導入する。 これらの記号を用いて、改めて本稿の目的を述べれば、それは3次式 が に一致することを示すことにある。 別の言い方をするなら を示せばよい。 我々が求めようとしているのは を根とする3次方程式である訣だが、それを構成する前に、それぞれを で割った、 に就いて、若干検討しておく。そこで、まず、根 の置換が に及ぼす作用を見ることにする。 を2個づつに分けて、それぞれから作った和同士を掛け合わせて得られる積は、 , , の3通りしかないから、...

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高木貞治 [代数学講義改訂新版] p.194 での4次方程式の3次分解方程式の根の表記の瑕疵

[高木貞治]著 [代数学講義改訂新版] (1965年 共立出版 ISBN 978-4-320-01000-0) p.194 では、4次方程式 と、その根 に就いて、次のような記載がある。 四次方程式 を解くことは, 連立二元二次方程式 から を求めるのと同じである. この場合 (3) は すなわち になる. これは を根とする三次分解方程式である。 [以下、引用者 (ゑ) 補足] ただし、ここで (3) とあるのは、[代数学講義改訂新版] pp.192-193 に見られるように、連立2元2次方程式 から導かれる2次式 が2つの1次式の積に分解されるための条件式 を指す。 [引用者補足終了。] しかし、上記引用部分の最後の箇所は間違っている。単純なケアレスミスだと思うが、「三次分解方程式の根」のそれぞれは、係数 を乗じて としなければならない。

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メモ: H.フランダース「微分形式の理論」第X章 問題7「サンヴナンの適合条件」(p.234) の前提に就いて。付け足し: 第X章 問題2 及び 問題3 (p.233) に就いての個人的述懐

以前、H.フランダース著「微分形式の理論」(1967年岩波書店刊。訳: 岩堀長慶) を通読したことがある。 著者自身が [まえがき] で認めているように、本書は、「微分形式」と云う「非常に偉大な力をもった新しい道具を, 工学者や物理学者のお役に立て」(p.vi) ることを主目的としている (「本書の材料を数学科の大学院学生に, 現代微分幾何学への入門として推薦することを躊躇はしない」(p.vii)とも豪語しているが・・・)。 原著発行 (1963年) から、半世紀以上経過しているため、的外れな評価になる可能性が高いことを認めつつも、それを棚上げして言うなら、本書の利点と、読んでいて感じる「歯がゆさ」とは、両方とも、この点に集約されるといってよいだろう。 ただし、「無いものねだり」を諦めるなら、微分形式の具体的利用の見本帖として充分に「お役に立つ」。 理論物理・数学の著作ではありがちなことだ...

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フェルミ、ハイゼンベルク、パウリ3人のカイラリティ

数年前のことになると思うが (2012年のことだったらしい)、近くの図書館で、「アインシュタインの反乱と量子コンピュータ」(発行年:2009年 著者:佐藤文隆 発行:京都大学学術出版会) と云う本を借りて通読したことがある。 「残念! 」と云う読後感だけが残っている (私としては、これは非常に珍しい「症例」)。たしか、著者自身も、内容について弁明めいたものを書いていたようだ。しかし、それだけなら、「『残念感』を味わいたい方には最適」と言う訣にもいかず、ここで取り上げるには及ばない。 しかし、ある一点で、私の記憶の底にコビリついたままのものがあるので、それを書いておく。まぁ、私自身のための厄落としである。 この本の第36ページに、3人の物理学者 (「マスコミ」風に言うと「天才物理学者」) の、所謂「スリーショット」写真が掲げられている。そのキャプションに曰く 1927年にイタリア・アルプスの...

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高木貞治 [代数学講義改訂新版] pp.276-277 に於ける叙述・記号の混乱

周知事項かも知れていが、書いておく。[高木貞治]著 [代数学講義改訂新版] (1965年 共立出版 ISBN 978-4-320-01000-0) 第276頁-第277頁には、叙述・記号の混乱が見られる。こうした「混乱」と関連するかどうかは不明だが、第277頁の式 (12) には錯誤があり、結果として、混乱を輻輳させている。 一応ことわっておいた方が良かろうが、私は、[代数学講義] (現在、発行されているのは、その「改訂新版」)に否定的な評価を試みるもののではない。話題がやや古色を帯びるとはいえ、その故に、内容の生命力が減じている訣ではない。むしろ、活き活きとした知性の動きの現場に参入すると云う体験をすることで、「数学の愉しさ」を教えてくれる本の一冊だとさえ思っている。特に、その悠悠とした筆致など、凡百の類書に顔色なからしむるものだ。しかしながら、それはそれ、これはこれである。 細かい計算...

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『「メモ:「泉声」の語義 (「百谷泉声」に関連して)」』補足

「ココログ」の「アクセス解析」を見たら、最近、このサイトのページ「メモ:「泉声」の語義 (「百谷泉声」に関連して)」を訪問される方が多いようだ。 まぁ、それはそれで良いのだが、実は、あの記事で、私は、当然含めるべき情報を書き洩らすという失態を演じている。脱稿した後も、全く気が付かず、かなり後になってから、予期しないまま、何かのきっかけで、事実を知った。それほど失念していたのだ。 それは、記事中、引用した詩のうちの最後である、菅茶山の詩が、富士川英郎 (ふじかわひでお) の「江戸後期の詩人たち」で取り上げられていることだ (筑摩叢書 [江戸後期の詩人たち] pp.50-51)。 分かる人には分かってもらえると思うが、これは至極ミットモナイ手抜かりで、見過ごしてもらえるものなら見過ごしてもらいたい態のものだ。そして、私は、実際放置してしまった。しかし、この一時期のことであろうけれども、そして、...

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日本語版 Wikipedia の項「ラプラス作用素」の瑕疵

先日、必要があって、Wikipedia の記事、「ラプラス作用素」を、ザッと、読み流したのだが、その時に気が付いたことを書き留めておく。 勿論、ゴクささやかな、どうでもいいことなのだが。。。 初めに、書誌学的注意をしておくと、対象となる記事は、日本語版 Wikipedia の「ラプラス作用素」(タイムスタンプは 最終更新 2016年6月5日 (日) 02:46) である。そして、この記事は、少なくともおおむね、英文版 Wikipedia の記事、"Laplace operator" の訳文であるようだ (英文版の、本稿作成時のタイムスタンプは 7 June 2016, at 19:42)。Wikipedia ユーザーの個人設定の有無等に応じて、タイムスタンプは若干食い違う可能性はあるが。。。 で、私が引っかかったのは、[一般化] のセクションだ (その直前のセクション ...

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坂本龍馬の西郷隆盛評

坂本龍馬の西郷隆盛評「少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く」が、[礼記] 中の [学記第十八] の一節を踏まえた表現であることは、知っている人なら知っているだろう。 これが、[学記] とは別に龍馬の独創であったかもしれぬと云う想像は、論ずるに値しない。同じく [礼記] から特に挙げられて、[四書] 中に並べられている [大学] 及び [中庸] ほどではないにしろ、[礼記] 全体が [五経] の一つなのだから、儒教思想の根幹をなしている。また、卑近な例でいえば、[学記] は、人口に膾炙する「玉、みがかざれば器とならず。人、学ばざれば道を知らず」の出典でもある。「偶然の一致」とするのは迷妄にしかなりえない ただ、だからと言って、龍馬が [礼記] なり、あるいは、その一篇としての [学記] を手に取り「勉強」したことがあるかどうかは、私には断定できない。しかし、そのことは問題にならない...

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魏曹操「短歌行」

今年の年賀状の文案で「没」になったものをリサイクルする。 魏の曹操の「短歌行」と言えば、漢詩のアンソロジーを編むならば、その定番作品となるべき素材と言える。その文の冒頭、酒に及ぶを以って、それなりの料理をするならば、賀詞になりうるかと工夫してみたのだが、うまくいかなかった。 悪筆の私としては、年賀状を色紙に見立てる訣にはいかないので、原文を書いただけでは収まらない。烏滸がましくも、訳詩めいたものを作ったわけだが、それも無駄骨に終わった。ここでは、waste recycling の積りで、その時に作成したものに若干手を入れて、今回の記事とする。 魏曹操「短歌行」 對酒當歌 人生幾何 譬如朝露 去日苦多 慨當以慷 憂思難忘 何以解憂 唯有杜康 眼の前には酒がある。飲むしかないではないか。 人と生まれた、この命 譬えてみれば、朝の露。 それも随分過ぎ去った。 嘆きはつのる。つのった嘆きは言葉とな...

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Ricci の回転係数 (Ricci rotation coefficient) の第2、第3添え字に関する反対称化が満たす恒等式

数式を多く含む文書を作成するのに、気がすすまない状況にあるので、一般相対論的な文脈において、所謂「Ricci の回転係数 (Ricci rotation coefficient)」(Cf. "Christoffel symbols - Wikipedia") の3つの添え字の内、反対称性を有する添え字対とは異なる添え字対に就いての反対称化の2倍として定義されるスカラー場に関連する恒等式が「Bianchi の恒等式 (Bianchi identity)」(Cf. Bianchi Identities -- from Wolfram MathWorld)に「似て非なる」ものだったのが面白かったと云う体験の、その「似て非なる」部分だけを書いておく。 多様体は、異なるマッピングによる異なる「アトラス/地図帳」を許容するが、特に、物理的実在としての、一般相対論的な時空多様体は、異...

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都筑道夫「水見舞」(「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズ) 中の地名「小村井」の読み

都筑道夫の「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズ中の一篇に「水見舞」と云うものがある。本稿は、この作品中に登場する一語のルビに関する。 以下の記載は、光文社時代小説文庫「ときめき砂絵」所収のテキストに依っているが、ことの性質上、この刊本に固有の問題でありうることをあらかじめ断っておく。などと、大上段に構えてしまったが、実は、たかが一文字に就いての話だ。 「水見舞」冒頭の三文が 台風や大雨のために、河川が氾濫することを、出水(でみず)という。出水があった地域の知りびとの家に、様子をたずねにいくのが、水見舞(みずみまい)だ。八月すえの晴れた日、神田白壁町の御用聞、常五郎が東橋(あずまばし)をわたったのも、水見舞のためだった。きのうの嵐で、小梅(こうめ)で植木屋をやっている親戚の様子を、見にいくところなのだった。 --光文社時代推理文庫「ときめき砂絵」p.223 原文のルビを括弧 () に入れて示し...

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「桃夭」私訳試訳

今年の年賀状を書いた際「桃夭」の私訳を作成した(高校漢文の定番「桃夭」に説明はいらないだろう)。「于歸」を初めとして、解釈が微妙なのだが、ここでは年賀状で採用しなかった形のものを書いておく。いづれにしろ、苦し紛れのでっち上げである。 桃之夭夭 桃の若木に 灼灼其華 燃え立つような花が咲く。 之子于歸 嫁となったこの娘 宜其室家 家によろしい妻になる。 桃之夭夭 桃の若木に 有蕡其實 しっかりとした実が出来る。 之子于歸 嫁となったこの娘 宜其家室 家によろしい妻になる。 桃之夭夭 桃の若木に 其葉蓁蓁 枝いっぱいの葉が茂る。 之子于歸 嫁となったこの娘 宜其家人 家によろしい妻になる。

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«「場の古典論(原書第6版)」第11章第96節中の用語「擬テンソル」に就いて